第5話 登校

 家のベッドで横になりながら、連絡アプリで”ゆうちゃん”とのトーク画面を眺める。


 そのトーク画面の日付は1年と半年に満たないくらい前の日付で止まっていて、最後まで通話履歴の表示でいっぱいだった。


「メッセージ、かぁ」


 中学生の時の私は、ゆうちゃんの声が聞きたいがために、もっともらしい理由をたくさんつけて通話に誘っていたんだっけ。


通話した方が楽しいことをたくさん話せる、だとか。そんな理由だったと思う。


 だから、もとからあまり使っていなかったメッセージ機能を久しぶりに、そして好きな人に使うのはだいぶ緊張してしまう。


「いっそ、思い切って通話の方が良いのかな」


 そんなことを考えたけれど、今の関係だと私のことが迷惑に思われたりしないか、と考えてしまうために、結局ふりだしに戻ってしまう。


 今日を思い返すと、たった1日過ごしただけなのに、私はゆうちゃんにたくさんのものを貰ってしまったと思う。


 もし本人にそのことを言ったとしても、そんなことはないとか、聞こえないふりをしてごまかしたりするだろう。


 でも、そんな前と変わらないそぶりをまた見てみたいとは、ちょっと思ったりする、なんて。


 私がゆうちゃんを振ってしまってからも、自分の”好き”という気持ちが消えることはなかったから。ゆうちゃんなりに歩み寄ってくれたり、私を特別扱いしてくれるその態度に、すぐ甘えてしまいたくなってしまう。


 けれど、また”あの時みたいに辛そうな顔を見たくない”から、無理には近づきたくない。


 たくさん矛盾したことを考える私に嫌気がさして、枕に顔をうずめてしばらくたった頃、スマホのバイブレーションが鳴る。お母さんからだと思って、手だけ伸ばして取ったスマホの画面に映った名前は、私の待ち望んでいた人の名前だった。


「もしもし、ゆうちゃん……?」

「もし、こんばんは。」

「こんばんは、えっと……?」

「電話かけてみた。眠いし、話したいことあんまりないけど」

「ん、じゃあなんで、急に電話……?」

「……こっちの方が好きだって言ってたの、覚えてたから」


「そっ、か」


 こういうところが好き。二人きりの時にだけ見せるやさしさや、適当な言い訳をつけて、私のために何かをしてくれるとか、ささいなことでも覚えていてくれるところが好き。


「おーい。聞こえてる?」

「うん、聞こえてる。あのね、明日の電車、私は7時15分あたりのに乗るつもりだよ」

「分かった。時間見て準備しとく」

「……」

「……」

「じゃあ、おやすみなさいっ」

「はい、おやすみ」


 震える手で通話の終了ボタンを押す。目がさえてしまったけれど、明日の朝から一緒にいられることの方が何よりも大事だから、電気を消して、急いで布団を被って。


 落ち着かないから、もう一度布団から出て。念のために時計のアラームを2重にしてから、もう一度布団の中にもぐりこんだ。



 ―――――――――――――――――――――



「昨日、何で通話きったの」


 隣のゆうちゃんが目をこすりながら聞いてくる。いつも乗っている時間よりも15分くらい早い電車だったようだ。2分に1回のあくびをかみ殺す横顔を見て、ちょっとの罪悪感とほほえましい気持ちが混ざる。


「なんでって、寝るから?」


 時間も遅かったし、と続ける私を一瞥したあとに、ワンマン列車の前方の方を向き直して、ゆうちゃんが話を続ける。


「まさか、もう寝る間際だったとか?」

「ううん、もう少し起きてようとは思っていたけど」

「へぇ」


 1拍置いて、また続ける。


「前みたいにつなげたままかと思ったけど、別にいいや」

「えっ」


 驚いてゆうちゃんの方を見たけれど、向こうを向いたままのゆうちゃんの顔は、少しはねた長い黒髪に遮られている。


「電池持たないから、そっちの方が良いよね」

「そ、そんなこと言ってないから!繋いだままがいい!」


 ゆうちゃんは、私してほしいことをのが本当に上手い。”なんでこんなに私のことを分かってくれるんだろう”と、改めて不思議に思う。


 でも、今回の言い方は少し意地悪な気がしたから、私なりの抗議の気持ちとして、ちょっとだけ横に体重をかけてよりかかる。案の定、私よりも背の高いゆうちゃんの体はびくともしないのを見て、今度は頭を預けてみる。


「眠いの?」

「眠いかも」


 それでもあまり気にしていないようなそぶりをしてるのが少し悔しい。恥ずかしい思いをしているのは私だけなのかなと思って、顔をずらしてゆうちゃんの方を見上げる。


 すると、優しく私の方を見つめるゆうちゃんと目が合った。見つめあったまま、流れる数秒間を平然としていられるのは、きっとこの人といるのが落ち着くと脳が分かっているら。


 それか、幸せにあてられて頭がどうにかなってしまったんだろう。


「……ちゃんと立ったほうが、眠気が覚めると思うんだけど」

「もうすぐ混みだすから、つめた方が良いと思う」


 気になる相手は少しだけ目を見開き、ゆっくり顔を背けてしまった。お互いに見つめ合う時間があったから、少しは意識してくれているのが分かって嬉しい。照れると冷たく接してくる性格も変わってないんだなと思う。


 私と、そして好きな人で出来た1つの形の傍を、学校に着くまでに通る2駅分の時間が流れていった。






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