第7話 行き先、決まらない

「行きたいところは決まった?」

「まだ決まってない……」


 毎日の習慣になりつつある夜の通話中。ゆうちゃんからの質問に、私は答えることができなかった。行きたいところはあるけれど、何度考えても1つに絞り切れない。久しぶりに会ってからずっと、行きたいところとか、やりたい事ばかりが増えていくから。


「ずっと決められなくてごめんね」

「いいよ、いくらでも待つ」


 ゆうちゃんは、慎重な私を優しく待ってくれる。でも、もう2週間と少し経ってしまっている。


あのあと相談して、1週間に1度と決まった”2人の購買パンの日”は今日、金曜日をもって2回目を迎えてしまった。最低でも3回目が来る前には、決めなきゃいけないと思う。次のパンの種類よりも先に、行き先を1つに決めないと。


繋ぎっぱなしの通話アプリから、ゆうちゃんの声が聞こえてくる。


「じゃあ先に、私の行きたいところに行ってもいい?」

「ゆうちゃんの行きたいところ?」

「そう。私が先に決めた場所に行けば、真冬のイメージも湧くかなと思って」


 確かに、ゆうちゃんの行きたいところを先に知ることができれば、ゆうちゃんと2人で楽しめるような場所に絞り込めるかもしれない。私は、スマホに向かって首を縦に振る。


「そうかも。じゃあ、ゆうちゃんのいきたいところに行く。一緒に行きたい」

「え?」

「?、ゆうちゃん、何かあった?」

「いや、真冬は出掛けないよ。私が真冬の家に遊びに行くから。」

「え、え、え、」


 どういう話の流れか全くわからない!なにより、急に私の部屋に来るなんて、想像しただけでドキドキする。顔が熱くて、うつぶせになっていたか姿勢から飛び起きて、思わず正座してしまう。


「真冬と最初に出かける機会を別に取っておけるのもいいでしょ。明日行くけど、昼はコンビニとかで良いよね」


 話が決まるスピードが速すぎて、頭が混乱してしまう。何とか頭をフル回転させて通話を終えることができたが、なにより一番大変なのは。


「今から部屋の掃除しないと~!!」


 日ごろから掃除をきちんとするようにしていて良かった。1か月に1回、お母さんが来てする部屋チェックの行事に、今回はとても感謝の気持ちでいっぱいになった。


「あとすることは……」


何となく。何となくだけど、机の上に置いてあるケースの中からカットばさみを取り出してみた。




 ―――――――――――――――――――――




 私の家までの道にある、高架下の景色は同じように見えて迷いやすい。私は駅でゆうちゃんを待つことにした。駅前にはコンビニがあるし、2人で好きなものを選んで家に帰るのが良いだろう。


 ホームにつながる階段をちょうどのぼったところのわずかなスペースでゆうちゃんを待つ。休みに会うのは久しぶりだから、ホームに立ってお迎えするのは恥ずかしい。


しきりにスマホの時間を確認していたら、30秒だけ遅れて電車が到着する。土曜日は人が少ないのもあって、綺麗で目を引く、目当ての人をすぐに見つけることができた。


「お待たせ。1本遅い電車で来ちゃった」

「全然待ってないよ!休みも会えるの嬉しい」

「わたしもそう思う。」


 その言葉に口角が上がるのを止められない。大人っぽいゆうちゃんの微笑む姿に見とれる。ブラウンの大きめなシャツと、淡い色のストレートジーンズが似合っていてすごくかっこいい。


「この近く、コンビニ近いよね。先に寄っていこう。それと、真冬」


 ゆうちゃんが私のすぐ前に立って、目と目が合う。


「今日、凄く可愛い。前髪切ったんだ」



 心臓が止まりそうで、階段を降りるときの足がおぼつかなかった。おしゃれするか朝から迷っていたけど、頑張ってヒールを履いたりしなくてよかったと思った。







 高架下の、ほぼまっすぐな長い道を通って、私住む部屋につくまでは5分と短いから、あっという間に私たちは到着した。ポケットから取り出した鍵で順に2つの鍵を回し、家の中に入る。


「おじゃまします」

「いらっしゃい。玄関狭くてごめんね」


 1人暮らしだし、あまり家に人を呼ぶつもりはなかったから、玄関は靴箱がなく、かなり狭いタイプで妥協していたのがちょっとだけ悔やまれる。


「そう?2人きりだし、別に気にならないけど。」


 ゆうちゃんはそういいながら、靴を脱ぐ前の私の腰に手を回し、少し抱き寄せてくる。


「ゆ、ゆうちゃん、どうしたの……?」

「転びそうになったから」

「靴、脱げなくなっちゃうよ?」

「真冬はこういうの苦手だったりする?」

「苦手、じゃないけど……」


 今日のゆうちゃんは距離感がとても近い。1年以上ぶりに2人で遊ぶから、テンションが上がっているのかな。そんなことを思っていたら、一度強く抱きしめられて、腰に回した手がパッと離れる。


「こういうの、前はいつもやってた。」

「前は、ほら、色々あったし……」


 しどろもどろになる私の横をさっと通って、ゆうちゃんが中へ入っていく。


「真冬、洗面所はどこにあるの?」

「こ、こっちだよ」


 顔が沸騰しすぎて、面と向かってゆうちゃんを見れない。だから顔を少し伏せて洗面所に案内した。わたしが先に手洗いを早く済ませて、さっさとゆうちゃんの後ろ側に回る。


 そうすると、鏡越しに真っ赤な顔をしたゆうちゃんと目が合う。人のことを言えない私の顔と合わせて、反転した世界に赤い丸が並ぶ。


 ゆうちゃんがタオルで手をふき終わるまでの間に続く無言の時間が長くて、振り向いてくるまでの間、体がカチカチに固まってしまっていた。

 それから私たちは、爆発しないよう慎重に、8畳の部屋へと入っていくのだった。

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