第4話 やりたい放題ファンミ



 そしていよいよ、ファンミーティング当日がやって来た。私は眠い目を擦りながら、ボランティアのみんなと協力して朝から会場の新田しんでん公園での設営を手伝った。

 駅からちょっと距離はあるけれど、テントを立てるスペースも十分にあってトイレもある。向かいの会社の駐車場も、お客さんを待機させるスペースとして借りられた。


「舞夏ー」


 汗だくになりながら準備が終わった頃、ファンミーティング開催を知ったゆい明奈あきながやって来た。


「二人とも、来てくれたんだ」

「設営お疲れ。思ったより来てるな。『なし勇』ファン」


 準備をしている最中からファンミーティング目当てのお客さんがちらほら来ていて、今とのころ集まっているのは五〇〜六〇人くらい。駐車場に整列してもらっている。


「て言うか。明奈ってファンミに来るほど『なし勇』好きだっけ?」

「そこまでじゃなかったんだけど、リアル勇者一行に会ってからアニメを最初から観始めたんだよ。今はヴィリーさま推しなんだ〜♡」


 明奈は今日はヴィルヘルムスに会いに来たらしい。キャラクターイメージカラーの青色の推し活バッグも見せてくれて、ヴィルヘルムスの缶バッジを付けてぬいぐるみもしっかり連れて来ている。よくこの短期間に……。もしや、リアルヴィルヘルムスを見て速攻ハマった?


「舞夏も参加するのか?」

「ううん、手伝うだけ。もう一週間くらい一緒に住んでるから、今さら感動はないしね。なんかもう私も普通に、マリウスたちがコスプレイヤーにしか見えないし」

「それはそれで切ないな」


 仕方がない。これは地元民で言うところの、「毎日富士山を見ていると飽きる」のと同じなんだから。日常に馴染み過ぎて、ありがたみがなくなるんだよね。


 そして、ファンミーティング午前の部が始まる五分前になった。待機列に並んだ結と明奈を見届けた私は、マリウスたちがいる公園の隣の建物に行った。真夏に防具とかローブとかガチガチの格好で暑いから、着替えと直前まで待機できるように一部屋貸してもらったのだ。

 私は念のために、準備バッチリの五人にもう一度段取りを確認する。


「みんな。自分たちがやることはわかってるよね」

「ノーラたちは、来てくれた人たちと握手したりお話すればいいニャ?」

「うん、そう。普段通りのままで、いつものように話してくれればいいから。意味不明なこと言われたら、愛想笑いして適当に相槌して」

「ファンミって、そんな感じでいいのか?」

「無理に話を合わせても、お客さんがにわかファンを疑うかもだし。自分の作品の知識とマリウスたちのリアルの知識に違いがあると、それに違和感を覚えて『何言ってるのこの人。こんなガチコスしといて、もしかしてにわか? だったらガチコスしないでよ』って、勘違いさせるかもしれないから」

「友達にいなかったからわからないんだが、アニオタってそんな感じなのか?」

「アニオタはちょっと厳しいところあるからね。作画崩壊には敏感だし、劇場版で芸能人がキャスティングされるとアフレコ下手で作品ぶち壊さないか心配するし。自分が好きな作品のことに関してはナーバスになる一面があるからね。だから今日来てるみんな、マリウスたちをガチコスプレイヤーだと思って期待してるところあると思うよ」

「なんだか怖くなってきますわね」


 ヘルディナが言うと、ヴィルヘルムスたちは顔を合わせて不安そうにした。しまった。ちょっと過激なことを言ってしまっただろうか。


「大丈夫。アニオタは同じ作品のファンには心を開放するから、そんなに心配することないよ。時間も制限してるから、話すのは少しだけだし。何より、感謝の心と楽しむ気持ちがあれば乗り切れるよ!」


 私はサムズアップして、みんなが楽しくファンミができるように元気づけた。マリウスから疑念の目を向けられているような気もするけど、無視しよう。


「とりあえず。ファンミの時のアイドルみたいに振る舞えばいいんだな」

「そんな感じ。マリウスが何となくわかってるみたいだから、他のみんなはマリウスのマネして。で、もし困ったら私にアイコンタクトして」


 間もなく時間になり、私は一行を引き連れて外へ出た。五人が姿を現すと、待ち構えているお客さんたちがざわついた。公園前の駐車場に並んでいるお客さんはさっきより増えていて、明らかに倍増している。と言うことは、百人以上来てくれたということだ。

 マリウスたちには、ブース代わりにテントの下に並べた長テーブルごとに各自スタンバイしてもらった。それぞれのテーブルの側には熱中症対策として、ドリンク入りのクーラーボックスと工事現場でよく見かける大きな扇風機も準備済みだ。

 そして午前十一時。私は拡声器を使わずに、地声で集まってくれたお客さんたちに告げる。


「今日は来てくれてありがとうございます。日差しが強くて熱中症の危険もあるので、水分補給をしたり、気分が悪くなったら近くにいるボランティアスタッフに言って下さい。それでは、第一回目の『運なし勇者』のファンミーティングを開催します!」


 ファンミーティング開催宣言をすると、集まったお客さんたちは拍手をしてくれた。

 先頭の一人目が前に進むと列がどんどん動き出して、それぞれ握手をしたいキャラのブースに並び始めた。ボランティアの中西さんたちの誘導にもちゃんと従ってくれているし、さすがイベントでは規律正しいアニオタたちだ。

 ひと通り見てもお客さんの中に変な人は見当たらないし、初めてのファンミーティングに少し緊張しているマリウスたちも、ちゃんと笑顔でファンと接している。順調な滑り出しだ。勝手にツーショットを撮ってるファンもいるけど、罪に抵触しない程度のことなら時間内に何してもいいことにはなっているし、楽しく過ごしてくれれば何よりだ。


「て言うか。本当にみんな、マリウスたちのことコスプレイヤーさんだと思い込んでるなぁ。町はミックスされたけど、やっぱりさすがに本物のキャラがいるなんて考えてないんだ」


 アニオタにとってこの浦吉町は夢の世界。好きな作品の世界にいられるだけで幸せだし、しかも、二次元にしか存在していない推しと三次元で会えるなんてミラクル。こんな体験ができるって、ファンにとっては死亡フラグが立ったようなものだよ。アイドルとは違って、触れ合えることは一生ないんだから。しかもコンテンツが消滅したら、二度と会えなくなる。二次元のキャラは、この世で一番儚い存在だ。


「まだ死ぬ気はないけどね。『なし勇』の原作はまだ終わらないし、他のマンガやアニメだって続きを追いたいし!」


 死亡フラグが立つくらいなら、これ以上は何も起こらなくていい。『なし勇』ミックスだけで十分に浦吉町の宣伝になってるから、これ以上は何も望まない。貪欲になったら見返りが怖いし、考えるだけで胃が痛くなりそうだ。


 午前の部が始まって半分の時間が経過した頃。私が公園の端っこで休憩していると、小西さんが何やら戸惑った様子で近付いて来た。


「舞夏ちゃん。ちょっと!」

「なに。小西さん?」

「あれ。いいのかい?」

「あれ?」


 小西さんがノーラのブースの方を指差すから、なんだと思って注目した。


贈り物ヒュスヒェンク!」

「わあ! すごーい!」

「触り心地も本物だぁ!」


 ノーラが杖を使って、魔術でお客さんの頭にけも耳を生やしていた。

 わぁ! めっちゃかわいいー! うらやまー! しかも男子の獣族もいるー……って……。

 けも耳……!?


「ノーラッ!」


 私はすぐさまブースに急行して、並んでいるお客さんの流れをいったんストップさせた。


「なんニャ、舞夏?」

「なんニャじゃないよ! お客さんが着けてるあの耳なに!?」

「ノーラみたいなかわいい耳を着けてみたいって言ったから、魔術で生やしてあげたニャ」

「ちょっと萌えるけど、それはサービスでもやっちゃダメなやつ! なんで魔術使ったの!?」

「だって。使ったらダメなんて一言も言われてないニャ」


 確かにそんな注意はしていなかった。私の中で、ノーラが魔術を使ってファンを喜ばすというイメージが浮かんでいなかったから。でもだからって!


「言ってないけど。この世界には魔術使える人なんていないんだから、使ったらダメだってわからなかったの?」

「普通の人間しかいないニャ? それは初耳だニャ」


 そんな純粋な眼差しで自分の非を自覚していないことを主張されると、私が全面的に悪いことを認めざるを得ない。でも確かに、この世界のことは説明不足だった。


「それに。誰もノーラたちを本物だと思ってないニャ」

「そうだけど、さすがに魔術はNGだよ!」

「なんだ。魔術でのもてなしはいけなかったのか?」


 と、後ろからヴィルヘルムスの声がした。私は顔色の悪い表情で振り向いた。


「まさか……ヴィリーも?」

「ああ。女性から要望があったから、背中に鳥の羽を着けてやった。ノーラが魔術を使っていたから、いいものだとてっきり」


 私は頭を抱えた。マンガやアニメならきっと、顔半分が青褪めていて縦線が入っているはずだ。


「心配ない。一応飛べないように仕組んである」

「飛べないからいいって話じゃなくて」


 まともなはずのヴィルヘルムスまで……。

 あれ。ちょっと目眩が……熱中症になったかな……。


「やっちゃダメなのを知らなかったのはゴメンだニャ。でも心配ないニャ。効果は五分くらいで切れるから問題ないニャ」

「そうなの?」

「魔術はあくまでもおもてなしだから、全力は出さないニャ!」


 って、胸を張りながら言われても……。だけど、一時的な効果だと聞いて安心した。ケモ耳を生やしたり背中に鳥の羽を着けたお客さんはみんな、魔術じゃなくてマジックだと思っているみたいだし。なんでそんな現実に遭遇してマジックだと思い込めるのか、不思議でならないけど。


「それなら、まぁ、いいけど……。でも今度からは無断使用は禁止。今回は私のミスだから、おあいこね」

「わかったニャ!」

「すまなかった」


 でも。お客さんがあの反応なら、もしも次またやらかしても、ヴィルヘルムスとノーラは本場仕込みのプロマジシャンだと誤魔化せそうだけど。



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