第6話 大切なファンのために



 まず。私を含めた数人でリアーヌと一緒に表に出て行く。付き添いたいセルジュは、我慢して屋敷で待機してもらう。そしてリアーヌが事情を説明して、今日のところは帰ってほしいとお願いする。それで全部済めば楽なんだけど、ファンたちはリアーヌを生で見てしまったからにはタダでは帰らないだろう、という明奈の見立てだ。私もそう思う。恐らく、リアーヌが現れた瞬間から撮影は始まるだろう。なので、リアーヌの説得が失敗してファンの欲が止まらなそうだと思った時は、即席撮影会を設けることにした。そうなった時はどういう段取りにするかも一応決めた。

 窓から表を見たところ、さっきより少し増えていた。ということは、百数十人を対応しなければならない。だけどドーヴェルニュ家の使用人たちを手伝わせるのはちょっと大変だから、原さんに協力者を募ってもらった。

 ひと通り決めて、私たちは一階へ下りた。時間は午後一時過ぎ。マリウスたちの方は、今は休憩時間だろう。何も連絡がないということは、午前の部のファンミーティングはつつがなく終えたんだと思う。私の不在に気を緩めて魔術を使わなければ、午後の部も大丈夫だ。


「お待たせしましたー。お手伝いしてくれる人、連れて来たわ」


 原さんが三人のボランティア要員を連れて戻って来た。その一人は、私の中学校からの友達だった。


「あれ。志穂ちゃんじゃん」

「おー! 久し振りだね、舞やん」

「その呼ばれ方も久し振りー」


 大野志穂は、なぜか毎年クラスが一緒になったオタ友達だ。住んでいる地区が離れているから、中学卒業してからは会っていなかったけど、チャームポイントのおかっぱヘアも丸メガネも昔から変わらない。今日はなんで来てくれたのかと訊くと、志穂も『ライオン嬢』のファンだと言った。


「『なし勇』エリアの方での舞やんの活躍、薄っすら聞いてたよー。部活漬け推し活三昧でそっちはなかなか行けてないけど、羨ましかったんだよねー。でもまさかの『ライオン嬢』ミックスで、キターーーーーッ!\(゚∀゚)/ て思って、これあたしの出番じゃね? って待ってたんだよぉー!」

「相変わらずのテンションに、やる気満々だね」

「当たり前だよ! 何でもコキ使って! あっ! リアーヌーにセルジュー! 二人のために頑張るからねー!」


 志穂ちゃんは二人と顔を合わせたことがあるらしく、少し話もしたことがあるみたい。『ライオン嬢』ファンのボランティアが二人もいるのは心強い。


「それじゃあ。心の準備ができたら行こうか」


 スッと背筋が伸び毅然としたリアーヌを先頭に、私たちは正面玄関から表へと出た。



「……えっ。ねえ、ちょっとあれ見て!」

「ちょっと待って。テレビに出てたリアーヌじゃない?」

「本当だ! リアーヌ様ー!」


 リアーヌの姿を捉えた『ライオン嬢』ファンたちは黄色い声を上げてリアーヌの名前を呼び、スマホカメラを連写する音が続出した。まるで、出待ちされる芸能人の気分だ。

 鉄格子の門を開けると、すぐさまピートさんと小西さんと志穂ちゃんがリアーヌとファンの間に壁を作った。視界にある歩道全てにいるファンは全員女子だけれど、なかなか圧倒される。

 ファンの興奮の声もシャッターを切る音も鳴り止まない。そんな中、リアーヌは口を開いた。


「みなさん。私は、リアーヌ・ドーヴェルニュです。今日は来てくれてありがとう。きっと、私に会えることを期待して来てくれたのよね。こんなにファンがいるなんて初めて知って驚いたけれど、とても嬉しいわ。せっかく来てくれたし、できればみなさんにはリラテシュ領の雰囲気を存分に味わってほしいところなんだけれど、現状を考えるとそれはまだ難しいの。屋敷の使用人たちも領民たちもまだこの地になれていないから、あまりストレスを与えたくない。だから今日は、申し訳ないのだけれど帰宅をお願いしたいの。一方的にこんなことを言って、本当にごめんなさい」


 ファンたちへの感謝と謝罪の言葉を述べたリアーヌは、深く深く頭を下げた。当主の娘が多くの平民に頭を下げるなんて、前代未聞だ。屋敷の中の使用人たちは、こんな姿はあり得ないと頭を振っているだろうし、彼女の両親が見たらなんて言うだろう。

 それよりも。リアーヌの言葉は、ファンたちに届いているのだろうか。見回すと、訝しげに友達と顔を合わせたり、首を傾げている。そもそも転移して来たことを知らないから、リアーヌたちの心理状態なんて知る由もないし、なんで町を見て回ってはいけないんだと理解し難く思っているはず。説得の成功の確率は低く見積もっていたけれど、やっぱり理解を得られるのは難しかったかも。

 すると、ファンの一人が「あの」と手を挙げた。


「使用人さんや領民の人たちのストレスになるって……それって、観光案内のボランティアさんの準備がまだできてないってことですか?」

「え?」


 なんかわからないけど、リアーヌの言葉をどうにかして理解してくれてる人がいた! もしかして、「観光案内ボランティアが使用人役や領民役として案内しようとしてくれているけど、研修が間に合っていない」と解釈したんだろうか。それはそれで助かる!


「そ……そうなんです! まだミックスされたばかりなので、みなさんを案内できる準備が整ってないんです!」


 私は、勝手に解釈してくれた人に乗っかった。それを聞いた他のファンは、「なんだ、そういうことなんだ」「何言ってるかちょっとわからなかった」とこっちの嘘の事情を理解してくれた。どこから来てくれた人かわからないけど、助けてくれてありがとう!

 これで帰ってくれる。そう胸を撫で下ろした時だった。


「せっかく電車で来たのに、もう帰らなきゃなの〜?」


 理解を示すファンの中から、そんな声が聞こえて来た。『なし勇』のコス合わせを断ったときのように、私の心がズキンと痛む。

 私たちの目的は、ファンの意志で帰すこと。だけど、本当にこのまま帰らせていいんだろうか。SNSやテレビを観て、きっと近隣の市や県からわざわざ来てくれている。せっかくリアーヌに会いに来てくれたのに、一目会わせるだけで満足させることは諦めた。でも「諦めた」なんて言葉を使うのは私たちの方じゃない。ファンの方だ。私たちは、ファンに諦めさせようとしているんだ。仕方がないとは言え、そんな残念な選択をさせていいのだろうか。その選択はファンの意志じゃないし、私たち自身の後悔に繋がらないだろうか。浦吉町までの距離が近い遠いは関係ない。今日ここにいるファンの気持ちを、蔑ろにしたくない。


「舞夏」


 顔を上げたリアーヌが、私を見ていた。何かを心に決めた、真剣な眼差しで。


「やりましょう。撮影会」

「リアーヌ……」

「これは、この子たちの意志じゃないわ。後悔を残させたくない」


 リアーヌの選択に、私は強く頷いた。


「わかった。やろう」

「本当に大丈夫? 段取りしか決めてないけど」

「それじゃあダメなのよ、志穂。全員が納得してくれないと。ここにいるのは全員、私を推してくれているファンなんだから」


 私は、会議の時のリアーヌの言葉を思い出した。


 ───切ない片思いをし続ける彼女たちは、キャラクター私たちにとっては命そのもの……


『ライオン嬢』ファンとキャラクターは、相思相愛だ。


「すみません、みなさん! このままお帰り頂くのは申し訳ないので、今から即席撮影会を開催したいと思います!」


 私の撮影会開催宣言に、肩を落としていたファンたちは笑顔を取り戻し「よかったね」などの声とともに拍手をした。

 準備はすぐに始めた。と言っても、百何十人いるファンを整列されるくらいだ。小西さんや原さんたちにお願いして、ちょうど屋敷の前にある、浄瑠璃姫のお墓がある六本松公園を中心に並んでもらった。あとは、ファンミーティングと大体同じ手順だ。


「ていうか。いいの、志穂ちゃん? カメラマン役頼んじゃって」

「あたし最近写真に凝ってて、人を被写体に結構撮ってるんだー。だから任せてよ! と言っても、初心者だけどねー」


 ファンの整列は完了したし、それぞれ配置に着いたし、準備は整った。


「では。撮影会を始めますー!」


『ライオン嬢』エリアで初めてのイベントが始まった。私は周囲の住民のことを配慮して、なるべくスムーズに進むように神経を集中させた。


「終わったら向こう側の歩道に渡って下さいねー。駅の北側は『運なし勇者』エリアになってるから、よかったら寄って行って。急いで行けば、まだ勇者一行ファンミーティングに間に合いますよー」


 撮影が終わったファンを立ち止まらせないように、小西さんがさり気なく駅の方へと誘導する。


「いいですねー、その笑顔! リアーヌもかわいいけど、お客さんもかわいいですよー!」「ほら、もうちょっと寄って! 推しだから照れるよねー! でもせっかくなんだからくっ付いちゃいなよ!」


 志穂ちゃんもノリノリで屋敷をバックに写真を撮ってくれていて、おかげでファンの人たちも照れながら笑顔を零している。


「いいねーいいねー! じゃあ、みんでハート作っちゃおうよー! せーの! リアーヌ、ラブ〜♡」


 というか。ファンの乗せ方がパリピっぽいな。ファンも志穂ちゃんのノリにちょっと戸惑ってるけど、一緒に撮ってもらった写真を見てとても嬉しそう。


「すごいね。本当にリアーヌ様に会ったみたい」

「隣に立ったらすっごいドキドキしちゃった!」

「衣装も凝ってたし、下手したら2.5次元よりも再現度高いよね」

「ドーヴェルニュ邸も、そのまんまって感じ。これもう、2.5次元を超えて三次元だよね!」

「今度はセルジュにも会いたいなぁー」


 三次元のドーヴェルニュ邸だし、三次元のリアーヌだよー。教えてあげたいけど、やっぱり信じてくれなさそうだよなぁ。

 快晴の空のてっぺんにいるギンギンの太陽に、わんわん鳴いている蝉の声。目の前には大きな貴族の屋敷に、推しに会いに来たたくさんの人たち……。同じことが二度も起きるなんて、「真夏の夜の夢」ならぬ「真夏の白昼夢」を見ているみたいだ。





 一時間半が経過して、ファンやみんなの協力もあって、即席撮影会の終わりが見えてきた。撮影会というか、これはもう立派なファンミーティングだ。


「さぁ。最後のお二人です! とびっきりの笑顔をお願いしますー!」


 ラストのファン二人との撮影が終わり、リアーヌは彼女たちとハグをした。周囲に残っていたファンは、羨ましげに「キャーッ!」と悲鳴を上げた。

 全てのファンとの撮影が終わり、最後にリアーヌからメッセージが送られる。


「みなさん。今日は本当に来てくれてありがとう。満足なおもてなしをできなくてとても残念だけれど、近いうちにまた来てもらえるように準備を進めるわ。そしたら、ぜひ来てちょうだい。その時にまた会いましょう」


 留まっていたファンたちからは、拍手が沸き起こった。言葉の代わりに送られたリアーヌへの感謝の気持ちは、私たちの心まで満たしてくれた。


「みんな、お疲れさま。急なことだったけど協力してくれてありがとう。リアーヌも、神対応ありがとう」

「私がやるべきことをやっただけよ」

「やってみたら、なかなか楽しかったよー。それにしても、舞やんはいつもこんなことやってんだねー。すごいよー!」

「急にイベントをやることになって緊張したけど、対応の仕方とか参考になったわ。今度は自分たちでなんとかなりそう」


 志穂ちゃんも原さんもイベント開催に前向きな発言をすると、リアーヌはちょっと意外な表情をした。


「手伝ってくれるの?」

「だって、リアーヌちゃんさっき言ってたでしょ。また来てもらえるように準備を進める、その時にまた会いましょうって。またやるつもりなんじゃないの?」

「まさか。自分たちだけでイベントやろうとしてたとかー? そんなの白状だよ、リアーヌー! みんなでやろうよー!」


 志穂ちゃんはリアーヌの腕にしがみ付いて、一緒にやりたいとせがんだ。友達みたいに振る舞ってるけど、いつからそんな仲良くなったんだろう……。


「リアーヌ。みんなでやった方が絶対充実できるし、達成感も半端ないよ」

「それじゃあ、協力をお願いしようかしら」

「そしたら、セルジュたちのこともまた説得しないとね」

「反対なんかさせないわよ。ファンの期待に応えたいもの」


 リアーヌはやる気に満ちているけれど、周囲を説得するのは骨が折れそうだ。領民たちへも話を通しておかなきゃだし、次のイベント開催を知った使用人たちも一苦労しそうだ。


 救援を終えた私と小西さんとピートさんは、ドーヴェルニュ邸を後にした。

 なんにも食べてないからお腹空いたぁー。ビッグ・バリューで何か買って帰ろうかなぁ。

 もう何度か鳴っているお腹を宥めるように擦りながら、停めていた小西さんの車に乗ろうとした時、ファンミーティングを終えた私服のマリウスとヘルディナがこっちにやって来た。珍しい組み合わせだ。


「どうしたの、二人とも?」

「なかなか戻って来ないから、様子を見に来たんだが……」

「もう大丈夫。即席撮影会やって、事なきを得たから」

「撮影会やったのか。それは大変だったな」

「ご苦労さまですわ。あれが、リアーヌさんのお屋敷ですの?」


 目の前に見える白い石壁の建物を眺めてヘルディナが訊いた。


「立派ですわね。さぞ広い敷地なんでしょう」

「本当は浦中があった場所だから、広いよ。屋敷の裏には立派なガーデンもあるし。興味あるなら、今度遊びに来なよ。リアーヌなら簡単に入れてくれるよ」

「そうしますわ」


 マリウスたちにお昼は何を食べたか訊くと、支那忠の出前を取ったらしい。私の分のチャーハンも注文してくれていたらしく、小西さんの車に乗って私を待ってくれているチャーハンの元へ急いで帰った。



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