第5話 尊い推しのために



 浦吉町の特集は金曜日の『まるシズ』で放送された。ごちゃごちゃっとしたシーンも、ナレーションベースでちょっとだけ使われていた。遠目から撮影した『ライオン嬢』エリアの方も、最後に少しだけ紹介されて特集は終わった。

 そのロケから三日後の日曜日。『なし勇』のファンミーティングは二回目を向えた。先週よりもお客さんが来ることを見越した私たちは、ボランティアを増員した。その中に、フーヴェルの人も三人協力を願い出てくれた。


「ずっと世話になりっぱなしだし、勇者様たちばかりに恩返しをさせたくないからな」


 そう言ったのは、ミックス初日に私と話をしたあのガタイがよくて服がパツンパツンの顎髭のおじさんだ。名前はピートさんと言う。ピートさんは周りにも声をかけてくれて、青果店の長男と、宝石加工職人さんを連れて来てくれた。


「ありがとう。じゃあ、もうそろそろ始まるから。宜しく」


 そして第二回『なし勇』ファンミーティングが始まった。今日のお客さんの数は、ざっと見ても先週の2倍はいる気がする。午後の部も同じ調子なら、今週の集客は予想以上になりそうだ。

 ヴィルヘルムスもノーラも、約束を守って魔術は使っていない。だけど人気は相変わらずで、リベンジを誓っていたマリウスは今週も中途半端な順位になりそうな予感。

 何事もなくイベントが進行していくのを見て、私の心には余裕が生まれていた。ところが、そんな余裕など許さないとばかりに出来事は突然やってきた。


「えっ。何だって!?」


 誰かと電話をしていた小西さんが、驚き困惑したような声を出した。そして電話を切ると、私の方へ駆け寄って来た。

 来た……。なんか来た!

 私の第六感が敏感に反応して危機回避のアラートを鳴らす。


「舞夏ちゃん。ちょっと向こうが大変なことになってるみたいだよ」

「向こうって?」

「新栄地区の、この前新しくミックスしたところだよ。テレビで紹介された影響で、何十人も屋敷の前に押し寄せてるんだって!」

「ええっ!?」

「原さんが、どう対応したらいいかわからないから助けてほしいって。だから一緒に来てくれないかな」


 テレビで紹介されたのが一昨日。ファンが観ていれば近いうちに来るだろうとは思っていたし、恐らく『なし勇』ミックスの時と同じようにSNSの拡散も原因の一つだろうけど……。昨日の土曜は全然だったのに、よりにもよってなんでファンミーティングと同じ日に……!?

 でも、応援要請があったなら行くしかない。新栄地区の人たちには「二次元ミックスHow to」なんて教えてないし。『まだ観光客の対応はできません』てテロップを出してもらうように、ディレクターさんに言っておけばよかったなぁ……。


「舞夏。何かあったのか?」


 異変に気付いたマリウスが私と小西さんを気にかけた。


「『ライオン嬢』の方に結構ファンが来ちゃってるらしくて、応援要請があったんだけど……」

「それなら行って来い。こっちは大丈夫だ」

「いいの?」

「先週でやり方はわかった。ヴィリーもノーラも約束を守ってるし、何かあればボランティアさんたちもいるから問題ない。リアーヌたちを助けてやれ」


 なんて頼もしい面構えで後押ししてくれるの、マリウス……。


「わかった。じゃあ、小西さんと行って来る」


 私はマリウスの言葉に甘えることにし、私たちの様子を察してくれたピートさんも同行を申し出てくれて、三人で新田公園を後にした。





 小西さんの車でドーヴェルニュ邸付近まで行くと、歩道にびっしりと人が立っているのが見えた。いずれも女子で、写真を撮ったり何かを期待する眼差しで屋敷の方を見ていた。電話だと数十人て話だったけれど、百人近くはいそうだった。

 屋敷の手前で車を停めて、私たちは歩いて近付くことにした。


「すごいなぁ……。向こうがミックスされた時よりも、ファン子たちの反応が早い気がするよ」

「そうかもね。地元オンリーだけど、今回はテレビで紹介されたし。リアーヌが出たのもかなり影響してるんじゃないかな」


 SNSで投稿されたことも明奈が言っていたし。だけど今回は、『なし勇』と同じように徐々に噂が広まるはずが、テレビというブーストがかかったからファンの反応も早かったんだろう。今はSNSの方が情報提供元としてメインなのかと思ってたけれど、テレビの影響もまだ全然あるみたいだ。


「あっ。舞夏ちゃんー!」


 群れをなす『ライオン嬢』ファンの中から、知った声が私を呼んだ。明奈だ。

 そうだ。金曜の夜、明奈から

 「日曜なら行けるからリアーヌ様とセルジュに会わせて!*。・+(人*´∀`)+。.:*♡」

 ってLINE来たんだった。『なし勇』のファンミーティングがあって案内できないから断ったんだけど……そりゃあ来るよねぇー。


「来てたんだね、明奈。結は?」

「結ちゃんは部活。ていうか、今日『なし勇』のファンミじゃなかったの?」

「ただいま好評開催中。ちょっと救援要請があってね」

「……あ。原さんだ」


 小西さんが、ファンが群がっていない道の50メートルくらい先にいる原さんをみつけた。セルジュの姿も見える。


「本当だ。セルジュもいる」

「えっ! セルジ……ムゴッ!」


 うっかり口にしてしまった私は、焦って明奈の口を塞いだ。


「しーっ! まだ興奮しないで明奈。私たち、これからドーヴェルニュ邸に行かなきゃならないんだ。その前にみんなに騒がれるとちょっと困る」


 明奈は数回頷いたから、塞いだ手を退かした。


「わかった。なるべく興奮しないようにする。でも、お屋敷に何しに行くの?」

「突然のこの状況を解決する会議」

「あ。そっか。突然押し掛けちゃったから、リアーヌ様たちも近所の人たちも困ってるんだね」


『なし勇』の時から浦吉町の状況を知っている明奈は、すぐに理解してくれた。


「だから早く行かないと」

「待って舞夏ちゃん。わたしも一緒に行っていいかな」

「明奈が?」

「私たちのせいでリアーヌ様やセルジュが困ってるなら、何かさせて」


 明奈は、責任感のようなものを表情に覗かせていた。マナーやモラルの間違いを責任に感じているのかもしれない。


「……わかった。それなら、一緒に行こう」

「いいの?」

「うん。ファンの心情を解消するなら、ファンに訊いた方がいいしね。あ。でも、くれぐれも騒がないようにね」

「わかった!」


 そんな訳で、明奈も連れてドーヴェルニュ邸へと向かった。案の定、生セルジュを目の前にした明奈は発狂しそうになって、私が再び口を塞いだ。

 屋敷の裏から敷地へ入った私たち四人は、前回通された時と同じ客間へ案内された。そこには既に、リアーヌと執事他使用人が待っていた。


「キャーッ! リアーむほむ!」


 屋敷に足を一歩踏み入れてからも私に注意された明奈は、セルフで口を塞いだ。

 リアーヌたちに初対面のピートさんと明奈を紹介して、さっそく会議が始められた。


「とりあえずは、追い払うのはNG。こっちの事情もあるけど、ファンはそんなことを知らずに来てるから罪はないし、気配りが足りなかった私の責任でもある」

「急なロケを決めてしまった私もよ。このくらいなら大丈夫だろうって安易に判断してしまったから……。お父様がいたら説教されていたわ」

「ま……まぁ、でも。あのロケはごちゃごちゃでみんな大変だったし。誰が悪いとか決めない方がいいんじゃないかな」

「そうだ。俺たちの代わりに頑張ってくれてるやつを責められるはずがない」


 この事態の責任を感じる私とリアーヌを、小西さんとピートさんがフォローしてくれた。でもいつもなら、ファンへの気配りができていたはずだ。小西さんの言う通り、ロケがごちゃごちゃしなければ……。タイムマシンがあったら戻ってやり直したい……!


「そんなことはどうでもいい。とりあえずなんとかするぞ」


 目の前のことしか見えていないセルジュの一言で、私とリアーヌは気持ちを切り替えた。


「追い払うのはダメだと言ったけれど、私はそんなことをするつもりはないわ。私たちが出ている作品のファンなら説得して……そう。彼女たちの意志で帰ってもらえるようにしたいわ」

「そうだね。事情を話して納得してくれれば一番いいんだけど……。明奈はどう思う?」


 この事態の解決策を見出すべく、この会議の場にいる唯一の『ライオン嬢』ファンの明奈に意見を尋ねた。『なし勇』の時とは状況の推移の仕方が違うから、私や小西さんだけだと最善の解決策が見つかるか不安だったから明奈を連れて来た。こういう時はどうしてほしいのか、ファンの彼女ならわかるはずだから。

 私やリアーヌやセルジュ、集まっている全員からの視線が集中すると、明奈は顔面を徐々に紅潮させて手で覆った。


「リアーヌ様とセルジュに見られてる……!」


 推しカプにガン見されて恥ずかしくなっちゃったみたい。


「どうしよう! わたし、もう死んでもいい!」

「まだ死んじゃダメ! 頑張って明奈! これは明奈の推しのためなんだよ! 推しが困ってるからここに来たんでしょ!? 挫けないで!」

「でも! 二次元で満足してた推しがガチで現れて、しかも二人揃って見られてると思うと、恥ずかしくてちゃんとしゃべれないかも……!」

「しっかりして、明奈! 大丈夫だよ!」


 そんな、窮地にいるシチュエーションのようなやり取りをする私たちを見ていたリアーヌは、明奈を真っ直ぐ見ながら口を開いた。


「ファン代表として、あなたの意見を聞かせて。今はあなたの気持ちが一番大事なの。だからお願い」

「……」


 リアーヌから直々に頼られた明奈の目に、「リアーヌ様ステキ♡」の文字が見えた。


「……わかったよ、舞夏ちゃん。わたし、死んでもいいから頑張ってみる!」


 だから命は懸けなくていいんだって。でもリアーヌが声をかけてくれたおかげで、明奈に『ライオン嬢』ミックス耐性ができあがったみたい。理屈はわからないけど。


「じゃあ、明奈。明奈なら、どうしたら諦めて帰れると思う?」

「諦めるかぁ……。うーん………………。無理かも」


 あっさり過ぎる回答!


「無理って。考えるのを諦めてどうするの!」

「だって、本当に無理だよ。SNSで作品と同じ建物を見て、テレビでは動くリアーヌ様が出てきたんだよ? 推しに会えるってわかったらすぐに駆け付けるのは当たり前だし、来たんならその姿を一目でも見たいよ」

「まぁ、そうだよね……。ガチコスで“ほぼリアル”が実在してるなら、会いたくなるよね……」


『なし勇』ファンがいい前例だ。一行のコスチュームのクオリティーを見たファンはみんな、興味を持ってファンミーティングに来ている。そして、“ほぼリアル”の勇者一行に会えたことを喜んでいる。これは現実だと認識していても、二次元とミックスされた世界観でキャラクターがその中にいれば、「本物の推しがそこにいるんだ」と錯覚するのかもしれない。

 すると、リアーヌが再び口を開いた。


「ファンの気持ち、私にもわかるわ……。私、転生する前はアイドルグループのファンだったの。本気で彼女になりたいくらい大好きだった推しがいて、死にものぐるいでコンサートチケット争奪戦に参加して、落選すると泣いて悔しがったわ。彼氏の六股が発覚した時は、婚姻届を書いて事務所に乗り込んで推しに直談判して結婚を申し込もうかとも考えたわ」


 リアーヌ。それはもう純粋なファンじゃなくて、事務所のブラックリストに乗るやつだよ。


「私は思うわ。きっと二次元でもアイドルでも、ファンの推しへの愛は本物。日々の心の支えで、テレビや雑誌越しでしか会えない推しに実際に会えるのを、夢のように思っている。でも、二次元の推しだけは現実に会うことは一生叶わない。そんな切ない片思いをし続ける彼女たちは、キャラクター私たちにとっては命そのものなのよね。きっと」

「リアーヌ……」


 私たち二次元オタクがキャラクターの命そのもの……。二次元キャラからそんな言葉を聞くなんて……。なんか、気持ちが通じ合ってる気がして、胸がいっぱいになりそう……。


「そうやって屋敷の前にいる彼女たちのことを考えると、解決策は一つに絞られるわね」

「まさか、リアーヌ……」

「私が出て行って、彼女たちを説得するわ」


 ファンのことを考えたリアーヌは、彼女たちが満足する方法を選んだ。けれど執事たちは、その決断に顔色を変えて反対した。


「何を仰っているのですか、お嬢様!」

「お嬢様が出て行くのは危険です!」

「そうですよ、リアーヌ様。表にいる者たち全員があなたに会いに来ているとしても、あなたが直々に説得する必要はありません」


 他の使用人もいる前でタメ口が聞けないセルジュも、険しい顔付きでリアーヌの意志を拒んだ。しかし、強情なリアーヌが使用人たちの反対で引っ込む訳がない。


「あなたたち、一連の話を聞いていなかったの? 二次元の話は理解不能だとしても、屋敷前に集まっている子たちが私に会いに来ていることくらいわかったでしょう? あの子たちは私を慕ってくれているのよ。それなのに迷惑の一言で追い払うつもりなの? 言ったわよね。追い払うつもりはない、彼女たちの意志で帰れるようにしたいと。それともあなたたち、私があの子たちの思いを無下にしてぞんざいに扱って、そのせいで私の悪評が広まってもいいと言っているの?」

「いいえ! そんなことは……」

「そんなことになっていいのかしら。「ドーヴェルニュ家の娘が害のない民をぞんざいに扱った」と、まずここにいる領民に広まるでしょうね。そして私たちへの不信感が募り、その誤解が解けないまま向こうの世界に帰ったら、当然その話はお父様とお母様の耳にも入るわ。それを知った二人は、どう思うかしら……。でも、これだけはわかるわ。たった一度の誤った選択が、ドーヴェルニュ家を窮地に追いやる。私のこの意志を抑え付けるということは、そういうことよ。

 私たちはこの町の人たちに……この世界の人たちにお世話になっているのよ。その恩に仇なすような考えを持った者は、この屋敷にはいらないわ」

「も……申し訳ございませんでした。お嬢様」


 リアーヌが使用人たちを説き伏せる様に、私たちは圧倒されてしまった。威圧感もありつつ、抑え付けるのではなく起こりうるデメリットを示しながら、貫きたい自分の意志を伝える。これが、リアーヌ・ドーヴェルニュだ。

 彼女がそこまで応えようとしてくれているなら、私が動かない訳にはいかない。


「わかったよ、リアーヌ。私がフォローする」


 その私の意思表示を機に、


「舞夏ちゃんがやるなら、おじさんも協力しなきゃなぁ」

「わたしも何かやらせて!」

「俺にもできることがあれば、遠慮なく言ってくれ」


 小西さん、明奈、ピートさんが協力を申し出てくれた。


「舞夏。それにみなさん。ありがとう」


 リアーヌは私たちに深々と頭を下げた。彼女の私たちに対する低い姿勢もその選択も、セルジュたち使用人には理解し難く、いずれも渋い顔をしていた。けれど、ドーヴェルニュ家が没落するかもしれないなどと脅迫されたら、首を横には振るはずがない。


「……かしこまりました。お嬢様の仰せのままに」


 執事のため息混じりの同意も聞けたので、さっそく作戦を練り始めた。



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