第4話 波乱のテレビロケ・後編



 ロケを見学していた観光客たちの視線は私たちにではなく、首を90度回転させた先に注がれていた。私も注目したその時、浦吉町では聞いたことがない音が聞こえて来た。

 多くの視線の先からしていたその音は、「カッポカッポ」という軽快な音と、重いものを乗せて「ガラガラ」とコンクリートの上を車輪が回る音だった。

 私たちの前に馬車が現れた。浦吉町にあるはずのない乗り物が……。間違えた。今はあるんだよね。

 堀ちゃんももりやんも番組スタッフさんたちも、突然現れた本格仕様の馬車にあ然とした。そして私は、もう取り返しがつきそうにないと愕然とした。

 馬車は公園の前で停まった。そして扉が開くと、セルジュのエスコートでドレス姿のリアーヌが可憐に下りて来た。だけど、二人の表情はなぜか不機嫌だ。


「えっ、嘘。リアーヌじゃない?」

「えっ。リアーヌ? じゃあ一緒にいるのは、もしかしてセルジュ!?」


『なし勇』好きな観光客の中に『ライオン嬢』を読んでいる女子がいるらしく、予告なしの二人の登場にザワザワし始めた。その反応で、「どうやらこの二人も二次元キャラのガチコスプレイヤーだぞ」という認識が広まり、他の観光客も沸き立った。知らない人は作品を検索し、写真と比較してその半端ない再現度にざわつき、金髪美少女にみんなが釘付けになった。

 全一般人が大注目する中、慌てた私はダッシュで二人に近付いて事情を問い質した。


「ちょっと、リアーヌ! こんなところで何してんの!? て言うか、堂々と馬車に乗って現れるなんて何考えてるの!」

「色々と相談に来たのよ。それで舞夏の家に行ったら、お母様がこっちの方にいるって教えてくれたから来たのよ」

「なんで他の人に相談しようと思わなかったの」

「だって一昨日、困ったことがあったら遠慮なく言ってって言ってくれたじゃない」

「確かに言ったけど……」


 て言うか、ちーちゃん。ロケしてるんだから、馬車が現れたらいろいろと大変になるって思わなかったのかな……。まぁ、たまにうっかりするから仕方がないか。


「頼ってくれるのはいいんだけど、なんで馬車で来ちゃったの? リアーヌは現実世界にいたんだから、こんなのでロケしてるところに現れたらダメなのだいたいわかるでしょ!?」

「それは謝るわ。でも、悪いのは私じゃなくてセルジュよ」

「はあ? オレは悪くないだろ!」


 それを皮切りに、二人は口を尖らせて喧嘩を始めた。


「私は徒歩で行くって言ったのよ。だけどセルジュが馬車に乗れって煩くて。私は迷惑をかけないように徒歩で行くって言ったのに、危険だからって無理やり乗せたのよ!」

「煩いってなんだよ! こっちはお前の身の安全を考えてやってるっていうのに!」

「危険なことはないって言った私の言葉を信じないからよ! どこにも野蛮な族なんていないし、二日で治安がいいことはわかったでしょう? セルジュは心配し過ぎなのよ!」

「お前が警戒しなさ過ぎなんだよ! その非常識さ、あり得ないな! それでもドーヴェルニュ家の娘かよ!」

「私はリアーヌ・ドーヴェルニュよ! あなたこそ、主の私を信じられないの!? それこそ非常識よ!」

「ああ!? お前の基準をオレに押し付けるな! わがまま短気女!」

「なんですって!? もう一度言ってみなさいよ。股間を思い切り蹴り上げてやるわよ!?」

「ストーーーップ! ここで喧嘩しないで!」


 なるほど。だから不機嫌だったのか。というか、ただでさえ迷惑かけられてるのに、さらに大きくしないで。仲が良いことは十分知ってるから。


「相談ならあとで聞くから。お願いだからひとまず……」

「そちらのお二人は、どなたなんですか?」


 退散してと言おうとした時、ごちゃごちゃっとしている間に堀ちゃんともりやんが背後まで迫って来ていた。そして、カメラにも完全にリアーヌとセルジュがロックオンされていた。


「ノーラも気になるニャ!」

「もしや、先日転移して来たという?」


 ブレーキを失ってまた現場を荒そうとするノーラとヴィルヘルムスは、ティホが二人の首根っこを掴んで引き取ってくれた。だけど、もうこの状況から逃れることはできなそうだ。


「テレビカメラ……。もしかしてロケ中だったの?」

「そうだよ。町おこしPRのね。だからお願いリアーヌ。ここは私に合わせて。セルジュは取り敢えず黙ってて」


 時既に遅しと判断した私は、仕方なく適当に対処することにした。マリウスが空気を読んで加勢してくれる。


「急に話しかけてすみません。お名前はなんて言うんですか?」

「私は、リラテシュ領を治めるドーヴェルニュ家の娘、リアーヌ・ドーヴェルニュと申します。こちらは私の専属の使用人で、セルジュ・ロワ」

「おお〜。なりきってる〜」


 リアーヌの毅然とした自己紹介に感動して、もりやんが拍手した。


「お二人も『運なし勇者』のコスプレイヤーさんなんですか?」

「二人がコスプレしてるのは違う作品で。『やさぐれライオン嬢は勝ち組になって人生大逆転をしたい!』っていう小説の登場人物で……」

「ちょっと! 私が出てる作品のタイトルってそんななの!? 酷過ぎ……むぐっ!」


 自分が主人公の物語のタイトルを初めて聞いたリアーヌは不平の声を上げたけど、隣のマリウスが咄嗟に彼女の口を塞いだ。セルジュからマリウスへ、威嚇する鋭い目が向けられる。


「お嬢様なのか〜! だからドレスもステキなんだ〜!」

「馬車に乗って現れるなんて、こだわってますね。設定を忠実に再現してるんですか?」

「そうですね。やっぱり観光客のみなさんを喜ばせるためには、リアルを追求することも大事ですから」

「『なし勇』の世界観も相当追求されていますもんね」

「ちょっとまって舞夏! そのタイトルだと私の性格に誤解が生じるわ! 訂正させ……むぐっ!」


 抗うリアーヌは物語のタイトルに再び不平の声を上げようとして、またしてもマリウスに封じられた。そしてセルジュからマリウスに、さらに鋭い視線が送られる。あと、読者に誤解はされてないよリアーヌ。


「あっ! 別の作品のキャラがいるということは。もしかして、違う二次元エリアもあるんですか?」

「えっ!?」


 鋭く察したもりやん。堀ちゃんも「そうなの?」と興味津々の眼差しだ。


「えっと。そのぉ〜……」


 私は明後日の方向を見て、空気を読んでほしい空気を出した。『ライオン嬢』は転移して来たばかりだから、さすがにまだ紹介は遠慮したいところなんだけれど……。


「あるならぜひ見てみたいです! もちろん、できたらで構わないんですけど、ちょっこっとだけでも見せてもらうことはできませんか?」

「えぇ〜……」

「本当にちょこっとでいいから、見てみたいなぁ〜。作品はわからないけど、ボクたちめちゃくちゃ興味あるなぁ〜。ね。堀ちゃん?」


 作品を知らないのに興味があるって、ちょっと矛盾してない? でも確かに、他にも二次元とミックスされたエリアがあるなんて聞いたら、リポーターとして取材しない訳にはいかないんだろうな。

 すると。拒否をためらっていた私を見兼ねてか、ここでマリウスの封印から逃れたリアーヌから、とんでもないことが提案される。


「少しくらいならいいわよ」

「リアーヌ!?」

「だって舞夏は、マリウスたちと一緒に町おこしをしているんでしょう? 私たちも一時的ではあるけれどこの町の一員になったんだから、少しくらいは協力するわよ」

「だが。まだこっちの世界に来たばかりだろ? 気持ちは嬉しいが……」


 私もマリウスも、リアーヌたちの負担を考えた。だけど彼女は、憂慮を少しも表情に表さなかった。


「マリウスたちが協力しているのに、私たちもやらないのは後ろめたいじゃない。それに条件を出すから大丈夫よ。セルジュもいいわね?」

「いいわね? って。何の話だ」

「今からこのスタッフさんたちを、私たちの屋敷の方へ連れて行くわよ」

「は!? 得体の知れない物体を持ったどこの馬の骨ともわからないやつらを屋敷に連れて行くのか!?」


 セルジュ、一人娘が突然連れて来たチャラい彼氏を拒否する頑固親父みたいな言い回し……。


「失礼なこと言わないの。彼らは、ちゃんと偉い人に雇われて賃金を得ている人たちよ。しかも、民に情報を提供するという重要な役目を担っていて、あなたよりも上の身分よ」

「じゃあこいつらは、その重要な役目のために得体の知れない物体を担いているのか」

「あれは仕事道具。気になるなら、また今度説明してあげるわ。と言うか、今日は屋敷が見えるところまで連れて行くだけよ。さすがに、領民たちのストレスになるような軽薄なことはしないわ」

「じゃあ。どこを撮影OKにするの?」

「遠目から屋敷の外観を映すだけなら構わないわ。セルジュも、それならいいでしょう?」


 それなら領民たちのストレスにはならないし、必要以上の情報を与えることもないからファンが一気に押し寄せる心配はないだろう。素材も少ないから、使うかどうかもディレクターさん次第だ。

 ということで。リアーヌが出した条件を提示して、『ライオン嬢』エリアの撮影が急遽決まった。

 撮影場所はリアーヌが指定して、ドーヴェルニュ邸から200メートルくらい離れた場所からにしてもらった。開けてはいるけれど樹木がいい感じに遮ってくれて、屋敷の全貌はほとんどわからないし他の建物もはっきりとは見えない。ディレクターさんはちょっと不服そうではあったけれど、どうにかこうにかロケは終わった。



「おい、お前! リアーヌに気安く触るな!」


 と思いきや。堀ちゃんたちが帰った途端に、セルジュがマリウスに噛み付いた。


「触るなって……口を塞いだことか。仕方がないだろ。リアーヌが騒ぎ立てようとしてたんだから」

「だからって触り過ぎだ! 勇者だか何だか知らないが、違う世界の者が触れていいと思うな! 今後はオレの目が不埒なことは見逃さないからな!」

「不埒って……」

「いいからオレに謝罪しろ!」

「なんでお前に謝らなきゃならないんだよ!?」


 セルジュは番犬のごとく吠えるけれど、マリウスは威嚇され続ける意味がわからなくて困惑している。

 なんでセルジュがここまで怒っているのか。それは、彼がリアーヌに密かな思いを抱いているからだ。出会ったころからの片思い中で、身分の違いで簡単に触れられないし思いを打ち明けることも許されないから、マリウスに嫉妬の炎を燃やしているのだ。リアーヌはその思いをまだ知らないから、読者は毎回やきもきしている。


「騒ぎ立てるって、失礼ね。私は自分が出てる物語のタイトルが不満なだけよ。本当にどうにかならないのかしら」

「原作者の先生に手紙出してみる? 主人公が作品タイトルに納得いってません、て。無駄だと思うけど……。あ。そう言えば、私に用があるんだよね」


 ごちゃごちゃのおかげで、すっかり後回しになってしまった。ごちゃごちゃの半分はリアーヌたちのせいなんだけど。


「そうそう。食料の調達は、どこに行けばいいのか訊きたいの。あと、領民たちの心のケアをしたくて。カウンセラーがいたら助かるんだけれど」

「食料調達は、駅前にビッグ・バリューがあるよ。名前は聞いたことあるよね。この町、他にスーパーないからそこに行って」

「あそこね! そっか。行く時にオレンジ色の看板を見て、見覚えがあったんだけれど思い出せなかったのよ」

「でも、カウンセラーはいないかな……。それじゃあ、フーヴェルの人に協力してもらおうかな。領民の人たちの気持ちがわかるはずだし、環境に慣れるまで話し相手になるかも」


 現実世界の住人よりも同じ経験をした人の方が気持ちを共有できるだろうし、同じ境遇ということに親しみを持って心を開きやすいと思う。リアーヌもそれがいいと言った。


「リアーヌとセルジュは、カウンセリング大丈夫?」

「私は大丈夫よ。故郷に帰って来たくらいの心持ちなのか、不思議と落ち着けているわ。周りのことが最優先でそれどころじゃないしね。でもセルジュは、平気そうにしてるけれど少し無理をしているわ」

「オレは大丈夫だ。こんな時に休んでなんていられるか」


 リアーヌに見抜かれたみたいだけれど、格好悪いところを見せたくないセルジュは男気を見せた。リアーヌへの思いを隠しながらも、使用人として側にいて彼女を守ることを幸せだと感じているセルジュ。なんて健気なイケメンなんだろう。


「男前なこと言うじゃない」

「当然だ。お前の使用人だからな。もう二度とお前を不埒な輩に触れさせない」


 マリウスはセルジュの中で、「勇者」から「不埒な輩」に降格していた。


 私の神経が削られた一日は、こうして何事もなかったかのように明日を向かえ、リラテシュ領の領民たちも周囲の地元の人たちの協力もあって少しずつ町に馴染んでいった。

 そのはずだったんだけれど。私はすっかり油断してしまっていた。



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