第5話 町おこし本格始動
「と言うわけで。勇者マリウス一行の笹木家ホームステイがほぼ決定しました」
「やったニャー! 屋根のあるところに泊まれるニャー!」
「いいのか、本当に?」
「親の片方の許可がおりたからね。きっとたけちゃんもOKするだろうし」
「宿代はいくらだ?」
ヴィルヘルムスが当然のごとく訊いてきたから、私は手を振って拒否する。
「民宿やってる訳でもないし、そんなのいらないから」
「だがオレたちは、民家に泊めてもらう際は一宿一飯の恩を返すことにしているのだ。タダで泊めてもらうことはできない」
そうそう。勇者マリウス一行はそういうスタンスだった。宿もない小さな村なんかだと優しい村人が納屋や空き家に泊めてくれて、その際には雑用を買って出て宿泊のお礼を返していた。ちなみに一行の宿泊交渉は、マリウスだと騙されやすいからヴィルヘルムスが担当している。
「大変な目に遭ってるのに、そんな気を遣わなくてもいいよ」
「そういう訳にはいかない。滞在は数日間になりそうだし、そのあいだ世話になりっぱなしなのは申し訳ない」
と、ヴィルヘルムスに続いてマリウスも食い下がる。そんなことを言ってくれるのは嬉しいけど、手伝ってほしいことは家事以外は特にない。ヘアサロンはちーちゃんとパートさん二人でなんとか回ってるし。それとも、ノーラかヴィルヘルムスに魔術でカットやパーマをやってもらうとか。そんな術があるかは知らないけど。
「……あ」
「どした、舞夏?」
「うーん。一宿一飯の恩返しに、っていう訳じゃないんだけど……」
例の計画が頭を過ぎった私は、ためらいながら結と明奈に話し始めた。
「あのね。町が今この状況でしょ? だから、聖地化して観光客を呼ぼうって話になってて」
「そうなの?」
「ピンチを逆手に取って、町おこしするってことか」
「と言っても、見切り発車で何をやるとか全く決まってないんだけどね。でも、観光案内所のボランティアのみんながもう乗り気とやる気に満ちてて。しかも私も、アニメ好きだからっていう理由で協力することになっちゃって」
「この状況でその発想ができるのすごいな。普通、現実逃避するだろ」
「だよね。アニオタの私がすぐ受け入れるのは納得だけど、アニメも観ないシニアが同じ感覚で順応するのはおかしいよね!?」
「いや。冷静に考えて、どっちもおかしいと思う」
「それじゃあ、わたしたちも同じおかしな人になっちゃうよ、結ちゃん」
「そう。うちらはみんなおかしいんだ」
そんな真顔で肯定されると、おかしいことが普通だと錯覚しそうだよ。結。
「それはいいとして。この状況をうまく利用して町おこしをするのは、いい考えだと思う。SNSの反応はいいし、投稿されてる写真も増えてる。『なし勇』ファンを呼び込む材料にはなってきてるかも」
「わたしも、とてもいい考えだと思うよ」
「だけど、SNSの写真を信じて本当に『なし勇』ファンが来てくれるかはわからないよ」
「全然信じないことはないんじゃないか? こうしてうちと明奈は来てるんだし。中には『本当だったら行ってみたい』って投稿してるファンもいるし」
「そんな単純なアニオタばかりじゃないと思うけど……」
話していると、また家のインターホンが鳴った。今日はやけに来客が多い。出ると、ボランティアの中野さんだった。望月さんからマリウスたちのことを聞いて、その後どうなったのか気になって来たと言った。一応、紹介だけしておこうと思って、私は中野さんをリビングに通した。
「あらまぁ! さっき観光案内所の前を通った時にチラッと見たけど、すごい格好ね! 甲冑はヨーロッパから取り寄せたの? 本物みたいな動物の耳はどうやって着けてるの?」
マリウスたちをコスプレイヤーだと勘違いしてる中野さんに、私は一から説明した。説明の説明をしながらだから、なかなかの労力だった。
「それじゃあみんなは、昨日現れた人たちと同じように浦吉に来たのね。それで、仲良く何をしてたの?」
「今ちょうど、町おこしの計画があるということを聞いていました」
「ノーラたちは何を話してるのか全然わからないニャ」
「あ。ごめん、そうだよね。町を盛り上げるために、他のところから人を呼びたいって話してたんだよ。中野さんたちは、何をするか話したの?」
「ううん。なーんにも。何をしたらいいのか全然わからないし」
そんな開き直ってわからないなんて言われても。言い出しっぺはそっちじゃん。
「まぁ、やるんだったら。まずは観光協会のSNSで宣伝をした方がいいよな」
シニアは頼りないと感じたのか、結がPRのスタートとして効果のあるSNSの使用を提案した。すると明奈も案を出す。
「あとは……宣伝ポスター作るとか?」
「いいわね、それ!」
「ポスター作るのもいいと思うけど、勝手に作れないでしょ。版権とか色々あるだろうから」
「そっか。そうだよね。それじゃあ……イラストが上手い人に頼むのは?」
「この辺で描いてくれる人、誰かいそうか?」
「舞夏ちゃんは描いてないの?」
「私は画力そんなにないから」
残念だけど、美術の一学期の評価は可もなく不可もない「3」だ。
「誰かイラスト上手な人知らないの? 学校の人とか」
「それか、絵師さんに依頼するのもありじゃない?」
「誰かいたかなぁ……」
と長考する間もなく、一人思い当たる人物がいるのを思い出した。私のすぐ隣に。
「結。描いてるよね」
「ま、まぁ。一応……」
「お願い! 『なし勇』のポスター描いて!」
「えっ!? いやいやいや! ムリムリムリ! うちそんな上手くないって! 人様に晒せるようなクオリティーじゃないから!」
突然の私からの頼みごとを、結は全力で拒否した。でも私は知っている。彼女の実力を!
「人様に晒せるクオリティーじゃない? どの口が言ってるの。私、知ってるんだよ。ネットに投稿するだけでなく、コミケでイラスト集を売っていることを!」
「えっ。結ちゃんそうなの!?」
「なっ、なぜそれを……!」
事実を知られていたことに衝撃を受ける結は、よくあるマンガのリアクションまんまのアクションをする。背後に集中線が見えるよ。
「一体誰からそのことを……」
「私の友達の友達の友達が、結の中学の友達の友達で、この前偶然聞いたんだよ!」
「つまり他人から人伝に聞いたんだな」
「お願いだよ結! この地味でぱっとしない田舎町に希望の光を!」
私は、神様仏様と祈る思いで手を合わせた。
「舞夏、さっきは乗り気じゃないように見えたけど」
「マリウスたちの一宿一飯の恩返しには荷が重そうだし手伝いがちょっと面倒くさいだけで、町が盛り上がるのはウエルカムだよ! それにこういうのは、思い立ったらすぐ実行した方がいいんだから!」
私と一緒に中野さんと、なぜか明奈も乗っかって結に合掌する。
「お願い結ちゃん! 力を貸してあげてよ!」
「明奈は関係ないだろ!」
「舞夏ちゃんのお友達。なんとか描いてくれない?」
「もちろんタダでとは言わないよ。アルバイト代も出す!」
「いや。それはさすがに……」
「お願い! 頼れるのは結だけなんだよ! 力を貸してくれるなら……この「清美軒(せいびけん)」のパンあげるから! ひと肌脱いで!」
とりあえず仮契約だけでもと、私はテーブルの上に偶然あった清美軒のクリームパンを差し出した。事態がほとんど理解できていない勇者一行からも視線が集められる。
結は困っていた。私と、初対面のおばさんと、なぜか明奈にまで懇願され、タジタジになっていた。でも、無関係な一人を含むこの三人からの圧のあるお願い攻撃が効いたのか、結は観念した。
「……わかった。いいよ。夏コミ出る予定だけど、もう描き下ろしも描いて印刷所に頼んであるし。でもアルバイト代はいらない。このお店のパン奢ってくれるなら」
と、結は私の手からクリームパンを取った。前に精美軒のパンを学校に持って行った時に、私も大好きなこのクリームパンを結もおいしいと言って食べていた。その時の味を覚えていたみたいだ。
「ありがとう! お小遣いが足りる範囲でいくつでも買ってあげる!」
「いや。一〜二個でいいから」
「ありがとう結ちゃん!」
「だから明奈は関係ないだろ」
絵師をゲットした私と明奈は嬉しさのあまり結に抱き付き、中野さんは拍手喝采した。
「ところで。俺たちの恩返しの件はどうしたらいい?」
「それは今は考えなくてもいいよ。必要とあれば、こっちから手伝ってほしいことお願いするよ。ひとまずは、来たばかりだからゆっくりして」
そんなこんなで、結のイラストで浦吉町
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