第6話 頼れる幼馴染みボカロP



 話し合いのあと中野さんは、「今日はこの辺の子じゃない子たちをよく見る」と言い残して観光案内所に帰って行った。それが気になって表を見に行くと、確かに見慣れない中高生が数人歩いていた。

 もしかして。SNSのあの写真の真相を確かめるために近隣から来た『なし勇』ファン? もしもこの人たちが先遣隊として『なし勇』ミックスが本当だと広めてくれたら、他のファンも来るかもしれない……。これは絶好のチャンス!? 観光協会のSNSの簡単な宣伝だけじゃ、効果が足りないかも。


「そうだ」


 ふと思い付いた私は洸太朗(こうたろう)に電話した。だけどコールの途中で拒否された。もう一度かけたけどまた切られて、三度目も切られた。


「あいつ……」

「舞夏ちゃん、どうしたの?」

「ごめん結、明奈。用事を思い出したから、ちょっとだけ出て来る。そのあいだ、マリウスたちの相手お願い」


 結と明奈にマリウスたちのことをいったん任せて、私は洸太朗のところへ向かった。私と同じ帰宅部だから家に絶対にいるはず。

 村瀬家に上がっておばさんへの挨拶もそこそこに私は二階へズカズカのぼり、洸太朗の部屋の扉をノックもせずに開けると、開口一番こう言い放った。


「洸太朗! この町のPV作って!」

「突然押しかけてきて何!? 唐突すぎるよ!」


 ボサボサ頭の幼馴染みは、フィギュアやタペストリーに囲まれてマリオカートをやっていた。洸太朗が動揺したせいでマリオが盛大にコースアウトしたのも目に入らない私は、テレビを遮って洸太朗の正面に座った。


「今、浦吉がキテるの、あんたもわかってるよね?」

「なんか、『なし勇』の世界とミックスしたんでしょ?」

「だからこの波に乗って、もっとアピールした方がいいと思わない?」

「そうだね。でも僕は関係ないからゲームやらせ……」

「だから、あんたにPV制作を頼みたいの!」


 私は洸太朗にぐっと詰め寄った。だけど洸太朗は嫌そうな顔をして仰け反る。


「だからって何でそうなるんだよ! 僕があんまり関わりたくないって思ってるの、わかってるでしょ。みんなで何かするのは苦手なんだよ」

「知ってるよ。昔から内向的で臆病で注目されるのが苦手で、授業では絶対に挙手しない、運動会は玉入れしか出たくない、修学旅行もプランは任せっきり。だけどなぜか、挙手してないのに先生に当てられて、組体操のてっぺんに選ばれて、修学旅行の道案内をさせられる。洸太朗は目立ちたくなくても注目を浴びる運命なんだよ!」


 私は、どこぞのラノベのツンデレヒロインぽく「ビシィッ!」と洸太朗に人差し指を突き出した。あんまり男子向けの恋愛系ラノベは読んでないから、あくまでもイメージだけど。


「だから高校生活は一生懸命ひっそり生きてるんだ。僕は太平洋のど真ん中の島で生きてる絶滅危惧種のように、静かに生きられればいいんだよ!」


 どうしても目立ちたくない洸太朗は、これからも目立たない地味人生を歩むと宣言した。生まれた瞬間からネガティブが友達の洸太朗の気持ちを前向きにさせるのは、骨がバッキバキに折れるのは重々承知している。だけど私は、悪あがきをしようとする洸太朗を鼻で笑った。


「フッ。どの口がそれを言ってんのよ」

「え?」

「私、知ってるんだからね。洸太朗が実はボカロPをやっていることを!」


 私は再び洸太朗に人差し指を「ビシィッ!」と指した。事実を知られた洸太朗は驚愕して顔面蒼白し、ニンテンドースイッチのコントローラーを床に落とした。


「だ……誰にも言ってないのに。何で……」

「手伝いに行ってる演劇部のボカロ好きの後輩男子が、友達から勧められたって言ってある楽曲を聞かせてくれたの。名前はshadシャド。あんたのボカロP名だよね」

「何で。一体誰が……」

「あんたの正体を知ってたのは、その後輩の従兄弟の友達のはとこのオタ仲間が、あんたの同級生の従兄弟の友達と同じ塾通ってる子で、あんたの数少ない友達だったのよ」

「辿ったルートがよくわかんないけど、僕の友達が知ってたってことだね。でも、僕の友達と後輩の子が何で接点があったの?」

「それは、私のクラスメートの……」

「あ。やっぱいいや」


 洸太朗は何かを察して私の説明を断った。


「と言うわけで、あんたの隠された裏の顔はもう知ってるのよ。認めるよね?」


 私はドラマで犯人を問い詰める刑事ばりに迫った。事実を認めたのなら私の依頼に応えてくれると考えていた。だけど、洸太朗はそこまで簡単じゃなかった。


「認めるよ。でも、PVは作らない」

「何で。どんだけ目立つのが嫌なのよ」

「こう見えてそんな暇じゃないんだよ。溜まってる新作ゲームの攻略と、アキバでやるイベントでしか手に入らない『トワ∞カノ』劇場版の数量限定ブルーレイBOXを買いに行かなきゃならないし、明後日には『未来が崩壊する異世界でキミと』の劇場版が公開するから入場特典の書き下ろし小説収録の小冊子とグッズのために朝から映画館に並ばなきゃならないし、今月中に新曲も上げたいし……」

「全部オタクの用事じゃない。劇場版グッズなんてオンラインショップでも買えるでしょ」


 そう言うと、洸太朗は呆れたように深くため息をついた。


「アニオタの風上にも置けないね。舞夏ちゃん」

「私をあんたと同レベルのアニオタだと思わないで」


 オタクってなんで自分のテリトリーになると、キャラ変わったみたいにマウント取りたくなるんだろう。さすがに私はそこまでじゃない。……はず。


「とにかく。私だって、行きたい演劇部の手伝いキャンセルしてまでボランティアして町に貢献しようとしてるんだから、引き籠もってないであんたも少しは手伝いなさいよ。ギャラも出してもらえるようにお願いするから」

「ええ〜〜〜っ」


 死んでも食べたくない嫌いな食べ物を目の前に出されたかのように、洸太朗はあからさまに拒絶する。ここまで嫌な顔をするということは、本当に嫌なんだろう。人間不信にでも陥っているのか……。いや。たぶん陰キャを拗らせてるだけだ。


「手伝わないと、浦吉のみんなにあんたがやってることくまなく教えるよ。それでもいいの?」


 もはや脅迫に近いけど、洸太朗を動かすにはこのくらい強引にいかないと。私が睨みをきかせて選択を迫ると、ものの数秒で洸太朗は折れた。


「……わかったよ、やるよ。その代わり、僕がこの町に住んでるってことだけは伏せてよ?」

「そこは信用して。プライバシーは絶対に守るから」


 あと、素材はこっちが用意する条件をプラスして、私のちょっと力尽くなお願いで洸太朗が浦吉町のアピールに協力してくれることになった。「持つべきものは友」ならぬ、「持つべきものは幼馴染み」ってやつだ。





 その夜。父のたけちゃんが出張から帰って来て、着替えたマリウスたちと対面した。出張先で、連絡を取っていたちーちゃんから町に起きたことを聞いていたらしいけど、まさかと真に受けていなかったみたい。だけど、二週間前と様変わりした町並みを実際に見て驚いて、その上、家には話に聞いていなかったガチコスプレイヤーっぽく見えるガチ勇者一行が上がり込んでいて、しかもホームステイがほぼ決定している話にぽかんとしてメガネがズレ落ちた。

 でも、おっとりした性格のちーちゃんと似てたけちゃんも穏やかな人で、


「そういうことなのか。わかったような、わからないような……。でも。泊まる所がないならいいよ」


 と、たぶん頭の中では混乱しているだろうけど、人助けになることは理解したみたいで、マリウスたちがホームステイすることは柔軟に受け入れてくれた。


「家族が揃ったから、改めて紹介するね。お母さんの笹木千弦ちづると、お父さんの笹木武文たけふみ

「自分の家だと思って寛いでくれていいからね」

「ありがとうございます。お世話になります」


 マリウスは二人に一礼した。やっぱり日本人だっただから、礼儀が正しい。マリウスの所作を見て、他の四人も真似て頭を下げた。

 それから、みんなで夕ご飯を食べた。マリウスは忘れかけていた和食の味に感動して、他のみんなもちーちゃんの手料理を喜んで食べてくれた。旅の話もしてくれて、物語の裏話を聞けた私はこの異常事態も満更でもないなって、神様にちょっと感謝した。

 お酒が入ると、マリウスはまた自ら不運まみれの人生に触れて勝手に泣き出して、それをみんなで笑って励ました。笹木家がこんなに賑やかなのは、とっても久し振りだった。大人たちの賑やかな晩酌は、夜遅くまで続いた。





 日を跨ぐ一時間前。お風呂から上がった私は、勇者一行が寝泊まりする隣の部屋をこっそり覗いた。みんな、布団に横になってすっかり寝息を立てていた。ずっと旅をして来て疲れも溜まってるはずだから、この町にいる間だけでもゆっくり休んでもらおう。


「……あれ。マリウスがいない」


 雑魚寝する中に、マリウスの姿がなかった。まだリビングで晩酌をしていたちーちゃんとたけちゃんに聞くと、外に出て行ったらしい。

 夜風に当たりにでも行ったのかな、と玄関を出て通りまで様子を見に行くと、マリウスはヘアサロンの店先で体育座りをして夜空を見上げていた。通りには心許ない街灯しかなく、ヘアサロンの入口の小さな照明しかない。暗く物寂しい夜更けに一人でいたら、幽霊と間違われそうだ。


「どうしたのマリウス。眠れない?」

「舞夏……いや。ちょっとな」


 はっきりとは見えないけれど、マリウスの表情はなんだか複雑そうだった。マリウスは異世界に転生して勇者になって、世界の平和を守るために頑張っている。納得のいかない転生だったけれど、異世界で生きる理由を見つけて前世のことは忘れるつもりだったはず……。


「転移して来たの、嫌だった?」

「え?」

「もしかして、複雑な気持ちなのかなって」

「……そうだな」


 一度目を伏せたマリウスは、再び夜空を見上げて肯定した。


「ま、そうだよね。異世界から急に現実世界に転移なんて……」

「それもあるが、そっちじゃなくて」

「違うの?」


 複雑な表情をしていたのは、私が想像していたのとは違う理由みたいだった。マリウスはそれを、静かに打ち明けてくれた。


「『帰って来た』と思ったんだ。駅前に立って、見覚えのある文字や人を見た時に」

「……うん」

「だからすごく懐かしくて、胸がいっぱいになった。だけど、オレが知る日本とは違うと知った時は、少しだけがっかりした」

「うん」

「けど、帰って来た嬉しさはあるんだ。異世界に転生したとは言え、故郷の風土を感じると、どこか落ち着く」


 複雑な表情をしていたマリウスは、そう言ってほっとしたような顔をした。


「そっか」

「オレが知る日本じゃないが、この町の人たちは優しそうだし、千弦さんの料理はおいしいし。だから向こうに帰るまで、楽しむ気持ちでいようと思う」

「うん。今ちょうど夏休みだから、私も付き合えると思うし。せっかくだから楽しい思い出作ろ」

「ああ」


 ちょっとホームシックになりかけていたみたいだけれど、一人になって気持ちの整理をつけていたみたいだ。状況を前向きに捉えられているなら、私もひと安心だ。

 でも、平気そうに振る舞っているけど、マリウスたちも環境が突然変わったことに不安を抱いているはず。私が力になって、一緒にこのおかしな状況を楽しめるようにしてあげたい。

 ……と言うか。これ以上は何も起こらないよね?



─────────────────────

ここまで読んで下さりありがとうございます。

応援や★を頂けると大変嬉しいです。

さて第2章は、

勇者一行大活躍!? マリウスは現実世界でもやっぱり運なし!? そしてラストには……!

どうぞ引き続きお楽しみ下さい。

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