第2話 盆踊り祭前



 朝から蝉が元気よく鳴きまくるこの日も、勇者一行は子供たちと一緒にラジオ体操に参加していた。フーヴェルの子供や大人も混じって、文化交流はより盛んに行われるようになっていた。

 ラジオ体操不参加の私は、終わったころに目を覚ました。たけちゃんもお盆休みに入ったから、朝ごはんを食べたあとに両親の二人と東漸とうぜん寺にお墓参りに行った。

 東漸寺は我が家の菩提寺で、先祖代々お世話になっている。お寺のすぐ後ろは山だから、殺風景な墓地の賑やかしに蝉がわんさか鳴いている。ほとんど記憶がないころから訪れているけど、山門の両側の桜の木とイヌマキの木、そして本堂の両脇にある梅の木は昔から変わらない。

 同じくずっとあるものと言えば、イヌマキの木のすぐ後ろに兵隊さんの像があるんだけど、ちっちゃいころの私はそれがちょっと怖くて苦手だった。本堂の前に兵隊さんの慰霊碑があるから、関連したものなんだけどね。

 水汲み場でバケツに水を入れて柄杓を持って、我が家のお墓に向かった。それぞれの家のお墓には、白い百合や黄色や紫の菊の造花が供えてある。中には真っ赤なバラもあって、暗いイメージの墓地が少し明るく見える。私の小さい頃はまだ生花の方が多かった気がするけど、今じゃ造花を飾るところがほとんどだ。枯れた花を見たご先祖様が悲しくなるよりはいいのかもしれない。

 私たちは、「後藤家」と彫られた墓石に水をかけたりお掃除をして、お線香を焚いて手を合わせた。私はそこに眠る二人に、元気だと伝えて近況を報告した。

 家に帰ると、ちーちゃんから呼ばれた。


「なぁに。ちーちゃん」

「舞夏ちゃんに渡すものがあるの」


 そう言ったちーちゃんから、指輪のケースを渡された。恋愛ドラマでよく見るやつだ。開けてみると、本当に指輪が入っていた。細工が施されたシルバーリングに水色の宝石が一つ嵌められていて、あまり結婚指輪とか婚約指輪ぽく見えない。


「これ……」

祐未恵ゆみえちゃんが持ってた指輪。ずっと預かってて、舞夏ちゃんが大きくなったら渡そうと思ってたの。もう十年経つから、そろそろ渡そうかなって」

「そっか。この秋でもう十年経つんだ……」

「あっという間だね。舞夏ちゃんがうちに来て、もうそんなに経つんだなぁ」


 たけちゃんが昔を思い起こして感慨深く言った。

 十年か……。色々あったな。一度ダークサイドに落ちかけたけど、たくさんの神様に救われたおかげで生きられた。私にとっては、かけがえのない十年間だ。


「これ、なんていう宝石?」

「何だったかしら。色的にアクアマリンかしらね、武文さん」

「僕もよく覚えてないなぁ」


 夫婦揃って覚えてないって……。

 二人の記憶は曖昧みたいだけど色はそれっぽいし、たぶんアクアマリンなんだろう。宝石が付いた指輪なんて、ちゃんと見るのは初めてだ。私は宝石が輝くのを見たくて、ケースから出してシーリングライトにかざした。片目で覗くと、きれいな海の中を覗いてるようだ。

 こんなものを私に遺しておいてくれてたなんて……。


「大切に持っててくれてありがとう。ちーちゃん」


 大切なものが一つ増えた。この指輪は間違いなく、私の一生の宝物だ。

 午後は小西さんと一緒に、盆踊り祭りの実行委員会と当日の打ち合わせをしに行った。グッズ販売はお祭会場とは別の場所の新田公園だけど、初めて訪れるファンたちへの対応や、推しとのデートの詳細を話して、注意事項の確認をした。

 と言うか。なんで私は大人たちに混ざって真剣に会議をしてるんだろう……。

 途中で疑問が頭にちらついたけれど、実行委員会からも了解をもらって、当日のイベントは無事に行われる運びとなった。





 その翌日。私は、フル装備のマリウスたちを引き連れて駅前に来た。『なし勇』ファンに向けた盆踊り祭のPR動画を撮りたくて、協力をお願いしたのだ。


「たけちゃん、ちゃんと撮ってよ?」

「わかってるよ。みんなをかっこよく可愛く美人に撮るよ。任せておいて」


 撮影はたけちゃんにお願いした。アングルは私が考えて、駅舎とモニュメントの漁船と富士山が入る位置と画角を指定して、スマホスタンドの前に五人に並んでもらった。

 セリフも考えて、昨夜みんなに練習してもらった。私は番組ADみたいにセリフを書いたスケッチブックを持って、カメラマンのたけちゃんの隣に立った。


「みんな、練習通りにね」

「それじゃあ撮り始めるよ。5、4、3、2、1、0」


 たけちゃんのカウントがゼロになると同時に、私は合図を出した。


 全員「みなさんこんにちは!『運なし勇者〜異世界転生しても運はないけど、勇者の資格だけはあります!』の、勇者一行です!」


 五人はカメラに向かって手を振った。ヴィルヘルムスがちょっと恥ずかしそう。


 ノーラ「みんな。浦吉観光協会のSNSは見てくれたかニャ? 今週の土曜日、浦吉町で盆踊り祭を開催するニャ!」

 ヴィリー「浦吉町でしか買えないオレたちのオリジナルグッズの販売があるのも、知ってくれているだろう」

 ヘルディナ「ですが。お知らせはそれだけではないのですよ。マリウス、お伝えして下さい」

 マリウス「驚くなよ。なんと! グッズを購入した人の中から抽選で、俺たちと夏祭りデートをする権利が与えられるんだ!」

 ノーラ「すごいニャ! こんなことまでできるなんて、ファ……ファン……」


 ノーラがカンペの自分のセリフを見失った。咄嗟にヘルディナが耳打ちしてフォローする。


 ヘル「ファンサービスですよ」

 ノーラ「ファンサービスが過ぎるニャ!」

 ヴィリー「だが、抽選はどうやるんだ」

 マリ「グッズを購入した全員に、抽選券が配られる。その時に誰とデートしたいかスタッフに伝えて、各キャラのイメージカラーのシールを貼ってもらってくれ。そして抽選で、券に貼ったシールに書いてある番号が当たれば、デート権ゲットだ!」

 ヘル「もちろん当たるのは、キャラクター一人につきお一人様ですよ」

 ヴィリー「オレたちのイメージカラーはファンなら知っているだろうが、念のために確認しておこう。マリウスは赤、ノーラは黄色、ヘルディナは紫、ティホは緑、オレは青だ」

 ノーラ「抽選券はみんなの分を用意してるから、安心してほしいニャ。グッズの個数制限をするから、みんな買えるはずだニャ。詳しくは、盆踊り祭のホームページを見てほしいニャ」

 マリ「それから。既にSNSでも知らせているが、グッズの販売開始時間は予定を変更して、午後一時からとなっている。早く来てもいいが、熱中症対策をしっかりして来てくれ。最後にティホ。何か言うことはないか?」

 ティホ「……来るの、楽しみにしてる」

 ノーラ「ノーラも楽しみにしてるニャ!」

 マリ「お知らせは以上だ。それじゃあみんな」

 全員「浦吉町でお待ちしてますー!」


 最後に笑顔で手を振る勇者一行。恥ずかしいヴィルヘルムスは笑顔が少しぎこちない。


「……はい。オッケー!」


 たけちゃんの映画監督ばりのカットがかかった。直後にマリウスの笑顔が消えて、胸を押さえて息を吐いた。


「あ"ーっ。緊張したー」

「緊張していたのか、マリウス」

「もう心臓バックバク! 口から飛び出るかと思った」

「この前の取材の時も、ちょっと緊張してたよね。こういうの苦手なの?」

「オレたちは緊張しないのに、カメラを知っているお前が緊張するのは意味がわからないんだが」

「この世には、カメラが苦手な人や映っちゃいけない人もいるんだよ」


 そうだね。前世のマリウスを事故に見せかけて葬った人たちとかね。


「舞夏。ノーラ、セリフつっかえちゃったけど、やり直さなくて大丈夫ニャ?」

「全然大丈夫! 逆に可愛かったからバッチリだよ☆」


 もっとカミカミだったら撮り直すところだけど、あのくらいなら全然問題ない。ティホが離れたところから何か言いたげにじーっと私の方を見てるけど、気にしない。ティホは今くらいのセリフ量でちょうどいい。

 動画は洸太朗に頼んで編集をしてもらって、観光協会のSNSで公開した。その動画とホームページの詳細を観た『なし勇』ファンは次々と喜びの投稿をしてくれて、イベントに期待を高まらせていた。





 盆踊り祭のPR動画も撮って、デートの告知もした。あとは、マリウス以外の盆踊り初体験勢に振り付けを覚えてもらうだけだ。数日前からもと地区会館で練習は始まっていて、興味を示してくれたフーヴェルの人たちも参加してくれている。リアーヌたちも誘ったし、今年の盆踊り祭の会場は一層賑やかになりそうだ。

 それから抽選券の用意だけど、それはもちろん私が作ることになった。シニアのみんなはパソコンに疎いから、言い出しっぺ(本当の言い出しっぺは明奈だけど)の私が作成することになった。

 というか。


「やっぱさぁ、面倒なことは全部私がやってるよね。これは私が作ることになるのはわかるけど、こんなことばっかりやってられないんだよ。まだ夏休みの宿題残ってるし、リアーヌたちのとこへも様子見に行きたいし、ちーちゃんの代わりに買い物だって行くし、自分の時間がほとんど取れないんですけど!」


 と文句を言いながら、ちーちゃんのパソコンを借りてリビングで作っていた。頼られるのは嫌じゃないとは思っているけど、限度というものがある。みんな老いてきて、遠慮と限度の概念がなくなったのかな。


「独り言がダダ漏れだぞ」


 盆踊りの練習から帰って来たマリウスが、また愚痴ってると言いたげに私に教えてくれた。そりゃ独り言くらい出るよ。


「お帰り。汗かいてるでしょ。勝手にシャワー使っていいよ」


 私はパソコンをガン見しながら言った。


「なんかイライラしてるな。そんなに嫌なら断ればいいだろ」

「まぁ、断ろうと思えば断れるけどね。洸太朗に押し付けることもできるし。ボランティアだって、町がこんなことにならなければ毎日行かずに演劇部の手伝いを優先したんだけどね。三年の先輩たちの舞台、文化祭で最後だから完璧にしたいし」

「舞夏は本当は帰宅部なんだろ。だったら、演劇部の先輩とは縁がないはずだよな?」

「そうなんだけど。去年の文化祭前、クラスの演劇部の裏方の子が怪我して部活出られなくなって、その影響で人員不足になったんだよ。その時に私に手伝いの話がきて」

「なんでいきなり手伝いの話が来るんだよ」


 マリウスの声が怪訝そうだったから、私はパソコン画面から目を離さないままいきさつを説明した。


「ちょうど夏休みに2.5次元の舞台を観に行って、クラスで結とその話をしてたの。照明とか演出がめちゃくちゃよくてさ、思わずヒートアップしてたのよ。そしたらその話を聞いてた他の演劇部の子が、私が裏方に興味があると勘違いしてスカウトしてきたんだよ。演劇部がやるのもちょうど某有名アニメのオマージュでさ、アニメ好きなら手伝ってよって感じで」

「で、引き受けたのか」

「何度も頭下げられて神様仏様みたいに熱心に手を合わせられたら、断れなくて」


 クラスメイトの前でそんなことをされたら、断りたくても断れなかった。めちゃくちゃ目立っちゃって恥ずかしかったし。


「でも経験はないんだろ」

「そ。だから一から教えてもらった。アシスタント的な位置だったから、そんなに仕事はなかったけど」

「それから手伝いを続けているのか」

「ズルズルとね。照明やらせてもらってるんだけど、セリフが変更になって場面の雰囲気が変わると照明も変更しなきゃならないから、素人なりにアドバイスするようになっちゃった」

「それもう演出家じゃないか?」


 私が心の中で薄々思っていたことをマリウスは代弁した。


「でも、楽しいんだ。先輩の演技がかっこよくて好きだし。だから手伝いだけど、手伝いなりに全力でサポートしたいんだ。それなのに、浦吉の状況を心配して無理して出なくていいよなんて言われてさ。地元のテレビ出ちゃったから余計に気にかけてくれるんだよ。宣伝隊長でしょ? って。いやいや、宣伝隊長は勝手に指名されただけだし。手伝いは、ちょっと片足突っ込むだけだったつもりがオタクの血が騒いじゃってるだけだし。むしろ文化祭でやる演劇の手伝いも両方やりたいし。先輩の最後の舞台を私の照明で照らしたいんだってば!」

「なら行けばいいだろ。町の人たちも話せば理解してくれる」


 マリウスは、なんでそうしないのかと不思議そうな口調で言った。


「それもわかってる。だけど、頼られたら手伝いたくなるんだよね。どうしても」

「どうしても?」

「あっ! 変換間違えた!」


『運なし勇者キャラとデート抽選券』て打つはずが、『運なし勇者キャラ都date抽選犬』になってしまった。


「ごめんマリウス。気が散るからあっち行ってくれる? プリントアウトしたら切るの手伝って」


 イラついて当たらないように、私はマリウスを追い払った。

 廊下には一緒に帰って来た他の四人がいたみたいで、私とマリウスの様子をこっそり窺っていたようだった。なぜかノーラはニヤニヤしている。


「マリウスは舞夏が気になるニャ?」

「手伝ってやればいい。お前もパソコンあれを扱えるんだろ」


 ノーラと一緒にヴィルヘルムスまでからかった。マリウスが「茶化すな」と言っても、ノーラは肘で小突いた。


「隠さなくてもいいニャ。マリウスは時々、舞夏を気にしてるニャ」

「だから、そんなんじゃない。大変そうだから少し気にかけてるだけだ」

「ほんとかニャ〜?」


 ノーラがしつこかったマリウスは、彼女の尻尾をギュッと握った。尻尾を掴まれるのが苦手なノーラは「ニ"ャッ!?」と驚いて飛び上がった。


「何するニャ!」

「お前はシャワー一番最後な」

「それは嫌ニャ! 最初がいいニャー!」



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