第3話 盆踊り祭、当日
そして、盆踊り祭当日の朝になった。
小西さんの軽トラの荷台に大量のダンボールを積み込んで、グッズ販売会場の
販売するグッズのラインナップ表の準備もバッチリだ。もちろんこれも私が作った。ちなみに今日販売するグッズは、クリアファイル、ミニアクスタ、キーホルダー、缶バッジだ。ミニアクスタは各キャラクターごとの五種類で、他はキャラクターごとと集合の六種類を用意した。それから、缶詰工場の営業所兼直営店から提供の、やきとりの缶詰『なし勇』パッケージ版三個セットもある。
「なんで僕までぇ〜。クーラーが恋しいよぉ〜」
今日は、猫の手代わりに洸太朗も無理やり連れて来た。Tシャツにハーフパンツに麦わら帽子って、夏休みを謳歌するゲームのキャラみたい。
「あんたは引き籠もり過ぎ。こんな時くらい手伝いなさいよ。今日はテレビの取材もあって大変なんだから」
「えっ。テレビ!?」
目立ちたくない洸太朗は私の後ろに隠れてカメラから逃げようとした。こういう時の俊敏さは猫と同等だ。
「今は『ライオン嬢』エリアの方を取材してるから、こっちにはいないよ。だから離れて暑い」
東京のテレビ局も午前中から来て、町を一回りして素材を撮り始めた。リポーターはいなくて、イベントや盆踊り祭の様子を勝手に撮るみたいだ。コメント撮りもあるけど、今回は小西さんに押し付けた。ボランティアリーダーなんだから、そろそろそれなりの働きをしてほしかったし。
「あんたは整列の方担当ね。これも世のため、人のため、浦吉のため。ほら。行ってらっしゃい」
ポカリを渡すと、洸太朗はブツブツ文句を言いながら、ミーティングする佐藤さんたちの方へふらふらと向かった。
ちょっとバタバタしながら着々と準備を進めている間にも、購入希望のお客さんが次々とやって来ていて、徐々に正面の会社の駐車場に溜まり始めた。販売開始時間が迫るに連れてお客さんは続々と集まり、まるでコミケの壁サークルの列みたいに駐車場はいつの間にか待機する人でいっぱいになり、道に溢れ出していた。今日の気温も35℃以上は確実だというのに、オタク魂は酷暑をものともしない。さすがだよ、同士たち。
「そろそろ時間だね。準備はOKだよね」
「こっちはスタンバイできてるわよ」
「こっちもいいぞ」
みんなピンク色の法被を着て、それぞれの持ち場についた。確認した小西さんは、拡声器でお客さんたちに伝えた。
「では今から、グッズ販売を開始します。スタッフの指示を聞いてゆっくり進んで下さい」
午後一時。グッズ販売会が始まった。お客さんたちは慌てず騒がず気持ちだけ先走らせて、五つ並んだ販売テーブルに並び始めた。
マナーを弁えてくれているおかげで、行儀よくグッズを買っていく。さすが、コミケの入場待機列の整然さを海外メディアに褒められただけはある。個数制限があっても、誰一人として文句もわがままも言わない。
イベントをやる側になって感じたけど、参加する側の理解と協力があってこそできるのがイベントだ。混乱なんて起きたら、こんなちっぽけな町なんかは次回開催に臆病になってしまう。やりたい町側と、興味を持ってくれる人たち両方が成功を望んでいないとイベントを楽しくできない。来てくれた人たちはみんな『なし勇』が好きだから、今日のグッズ販売会は成功するはずだ。
「舞夏ー」
いつ来たのか、駐車場の購入待機列の中に結がいた。
「来てくれたんだ。ありがとー」
「キャラとお祭りデートができるなら、ファンなら死んでも来ないとだからな」
「結は本当に並ばなくてもよかったのに」
「そういう訳にはいかないよ。うちはただ作品が好きだから描いただけだし、推しに還元してこそ意味を成すんだから。町の文化財保護にも役立つなら金も落とすし、いくらでもイラスト描くよ」
なんていい友達なんだ。女神様か。
「明奈の姿が見えないけど、『ライオン嬢』の方に行ってるの?」
「うん。リアーヌとセルジュにまた会える〜♡ って、背中に羽でも生えてそうなウキウキスキップで行ったよ」
今日は『ライオン嬢』エリアも、初解禁&初イベント開催の日だ。取りまとめは、原さんと志穂ちゃんが中心となってやってくれている。向こうもそろそろ、ファンミーティングとグッズ販売が始まるころのはずだ。
さてここで。数日前に開催が決まったばかりなのに、なぜグッズが用意されているのか? という疑問が沸く。なんとなく想像がつくだろうけど、その通り。ノーラ協賛である。私がいないあいだにグッズを爆速で作りたいと小西さんたちに相談が来たらしく、それならノーラが複製魔術が使えるよと
それを聞いた時、私は怒ろうとしたけど開き直って、誰かに何かを問い質されようとも知らぬ存ぜぬを押し通すことにした。町おこしが成功すればそれでよし!
それから。リアーヌにデートの話もしてみたらノリノリで参加を表明して、セルジュは眉間に深ーい皺を寄せてデートの同行を希望した。というわけで、急遽リアーヌ(セルジュの監視付き)とのデートの抽選も行われることになった。
「それにしても、大盛況だな」
「本当だよ。駅の方からまだ来るもん」
列の後方を見ると、男子たちや痛バを持った女子たちが並びに来ていた。少し多めにグッズを頼んでおいてよかったかも。
「公式に認められたおかげだな」
「本当だよ。足向けて寝られないよ」
私は、原作者の近藤バイク先生を始めとした関係者一同がいらっしゃる東の方を向いて、手を合わせて拝んだ。確実に影響出てるし、菓子折りか何か送った方がいいのだろうか。
グッズ販売会が行われていたその頃のマリウスたちは、笹木家でのんびり出番を待っていた。
ヘアサロンの午後は、お祭りで浴衣を着る中高生のヘアアレンジの予約がいくつか入っていた。一段落したちーちゃんは、パートさんにお店を任せて家に戻った。そこでまた、ひと仕事待っていた。
「ノーラちゃんもう浴衣着るの? デートの時間まで、まだ時間あるのよ?」
テンションが上がり過ぎた自称十五歳は浴衣を着たいと駄々をこね始めて、幼稚園児並に面倒臭くなっていた。
「楽しみでじっとしていられないニャ! 早く浴衣着たいニャ!」
「先程からこの調子で、落ち着いてくれないのですわ」
「ノーラの駄々には、ほとほと呆れる」
どうやら、だいぶ前から浴衣を着たいと言い出していたらしい。こんな駄々をたびたびこねる幼児のような仲間がいては、勇者一行も大変だ。マリウスも、娘を宥め疲れた父親みたいに疲れを見せていた。
「すみません
「いいわよ。ちょうど落ち着いたところだから。ノーラちゃん、こっち来て」
「やったニャー! ゆ・か・た♪ ゆ・か・た♪」
少し休みに戻ったつもりだっただけのちーちゃんは、嫌な顔を一つもしないで二階の部屋に連れて行った。ノーラはスキップして付いて行った。
数十分後。着付けが終わったノーラがリビングに戻って来た。
「みんな、どうだニャ!」
ノーラは、みんなの前でくるりと一回転して浴衣姿を披露した。彼女のイメージカラーの黄色い生地に、夏らしいひまわりの柄の浴衣だ。浴衣はレンタルで、私と結と明奈が勇者一行とリアーヌとセルジュそれぞれに似合う柄を選んだ。
「なかなか似合ってるな」
「かわいいですわ。ノーラ」
褒められたノーラは尻尾をぶんぶん振って上機嫌だ。
「みんなも早く着るといいニャ。楽しい気分が倍増するニャ!」
「どうする? ついでだからみんなも着ちゃう?」
「……では、オレもお願いしていいか」
「
「……おれも」
「マリウスくんは?」
「じゃあ……俺もお願いします」
ノーラのテンションに釣られたマリウスたちも、浴衣に着替えて早々にデートの準備を始めた。
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