第4話 盆踊り好きよ、燃え尽きろ
グッズ販売会も終盤になってきて、用意した商品も残り僅かとなった。中にはいち早く品切れになった商品もあるけれど、なんとか最期のお客さんまで購入してもらえた。
「以上でグッズ販売会は終了します!」
午後四時過ぎに販売会は終了。そのあとに抽選会もやって、各キャラとデートするお客さんも決まった。抽選に外れた人たちは残念そうに肩を落としながらも、どこか満足げに見えた。
そして、デートが始まる十分前。新田公園に、ドーヴェルニュ邸からやって来た二台の馬車が停まった。ファンたちがざわめく中、一台から浴衣姿の勇者一行が現れた。一人ずつ降りて来ると、出待ちならぬ出現待ちをしていたファンたちはどよめき、写真を撮り始めた。
「わあ! みんな超似合ってるー!」
ボランティアのみんなからも、一行の浴衣姿に拍手が起きた。
ノーラ以外の浴衣は、ヴィルヘルムスは紺色に青の縦縞、ヘルディナは紫色の生地に花火柄、ティホは緑色の生地に金魚柄、マリウスは
もう一台の馬車からは、リアーヌたちが降りて来た。リアーヌは真っ赤な生地にレトロな菊の柄があしらわれた浴衣を着て、髪はハーフアップにしていた。セルジュも着てくれていて、黒無地と太い白色の縞模様のバイカラーの浴衣が似合ってる。一緒に乗って来たデートに当選した女性は、目のやり場に困ってずっと俯いてる。
「みんなめっちゃ似合ってるよ。ほれぼれするわ」
「リアーヌ様もセルジュも、ステキ……♡」
残念ながら抽選に外れた結と明奈も絶賛。明奈はぽわーんとして目をハートにしながら、スマホカメラを連写してる。
「セルジュ。いつまで眉間に皺を寄せてるのよ。ファンの子がさっきからずっと困ってるじゃない」
「祭だろうが何だろうが、オレのやるべきことは変わらない。お前を守ることが一番優先すべきことだ」
「はうっ……♡」
二人に挟まれてる女性が気絶しそうになってる。最後までもつかな……。
「マリウスたちの方も、もう抽選終わってデートする人は決まってるから。無理にエスコートしてとは言わないけど、ゲストをもてなすつもりで一緒に楽しんであげて」
「盆踊りが始まるまでに会場に行けばいいんだよな」
「うん。ちゃんと始まる前に連れて来てよ?」
「わかってるニャ!」
「こっちに来て一番の仕事だよ。みんな、宜しくね!」
みんなに緩く気合を入れてそれぞれのデートの相手を紹介し、午後四時半、お祭りデートは始まった。みんなは町を散策したり寺社巡りをしながら町ブラデートを楽しんでから、盆踊り会場に行くことになっている。
みんなを見送った私は物販会場の撤収作業を手伝おうとしたけど、小西さんたちに「手伝いはいいから友達と盆踊りに行きな」と気を遣われたから、言葉に甘えて撤収作業は任せることにした。
結と明奈を連れて盆踊り会場に行くと、もう人が集まり始めていた。飲食物を売る露店が十店以上並んでいて、かき氷やたこ焼きを買ってお祭り気分を楽しんでいる。焼き鳥をつまんでいるお兄さんたちも、お祭りだからと昼間から飲んでいたり、今のところ人出はそっちの方が多い。
メイン会場には、フーヴェルの人たちも建てるのを手伝ったという櫓が構えていて、紅白幕と、ピンクと白の提灯で飾られ出番を待っている。特設ステージの脇にも、『盆踊り好きよ、浦吉で燃え尽きろ!』と筆文字のキャッチフレーズが書かれた巨大看板が立てられていて、並べられている観客席には、逸る気持ちを抑えられないのか、おばちゃんが一人ど真ん中を陣取っていた。
かき氷を買った私たちも車止めブロックに座って、閑談で時間を潰した。
「そう言えば、結。夏コミ行くんじゃないの。前乗りしなくて大丈夫?」
「あー。本当は、一日目の今日行く予定だったんだよね」
「今日!? なんでここにいるの!」
「今回落ちたんだよ。そのおかげでグッズ買えたし、抽選会にも参加できたからいいけど。だから、当選した親戚のお姉ちゃんにうちのを託した」
「親戚の人も同人誌作ってるんだね」
「お姉ちゃんも『なし勇』好きで、二次創作マンガ描いてるんだ。いつも落ちるとお互いに委託してて、今回はここでしか買えないグッズを報酬にお願いした」
「だからグッズダブって買ってたんだ。人気ないティホも買ってるから、どうした結? って思ったけど」
「お姉ちゃんはティホ推しなんだよ。描いてるやつも、マリウス✕ティホだから」
「えっ。BLじゃないよね?」
マリウスとティホのカップリングは、人によっては好きなんだろうしアリなんだろうけど、私の中ではちょっとありえなかった。だけど興味が湧いた。でも内容はBLじゃないらしい。
「違うよ。魔王を倒して世界を平和にした二人が、スローライフする話。ほのぼの系で癒やされるし面白いよ。家に既刊あるから読んでみる?」
「読んでみたいかも」
「私も!」
「じゃあ今度貸すよ」
「ちなみに、その親戚のお姉さんはファンミ来たことあるの?」
「二回ともあるって。ティホの肩に乗せてもらったって舞い上がってた」
ファンミーティングでティホの肩に乗ってた女子は何人かいたけど、結の親戚もそのうちの一人だったらしい。ティホだけ触れ合い方がちょっと違うなと思っていたんだけど、舞い上がるほど喜んでたってことはあれで正解なんだ。各人各様ということだ。
明奈からも、さっきまで行われていた『ライオン嬢』ファンミーティングの様子をハート飛びまくりで熱い報告を受け、気付けばメイン会場の方にも人が集まり出した。今年は人手が多い。浴衣を着た女子中高生や、甚平を着たお兄さん、ペットの犬や赤ちゃんを連れた家族や、小学生男子も友達同士で来ている。みんな、出店で買った食べ物を片手に、駐車場を縁取るように場所取りが完了していた。ステージ前の観客席もほとんど埋まっている。よく見回すとフーヴェルの人たちもちらほら来てくれているから、去年より人出が多くなっていた。
そして午後五時になり、女性の司会者の進行で盆踊り祭のオープニングセレモニーが始まった。ステージ上には招待された関係者───副市長や市議会議員のお堅い肩書きのおじさんばっかりがゾロゾロ並ぶ。一体だけいる市のゆるキャラが、存在感だけで雰囲気を和らげようと頑張っているのが健気だ。
「それでは副市長に、『うらよしまつり』の開会宣言をして頂きましょう」
「えー。浦吉の皆さま、待ちに待った日がやってまいりました。天気予報は夕方から曇りでしたが、ほどほどに曇って雨の心配もなく、まるで皆さまの祭りに対する熱意が天に届いたかのようで……」
熱意が天に届いてるなら晴れると思うんだけど。
「小さなお子様から元気なご年配の方々まで、この場に一様に集まることは年に何度もあることでは……」
「もしもし副市長さん。そろそろ……」
司会の女性が副市長の長い前振りを堪らず遮った。副市長は「ンンッ」とわざとらしく咳払いをする。
「私の話はここまでとします。それでは、『うらよしまつり』の開催です!」
副市長が開会宣言をすると、スタンバイしていた地元消防団の華やかなファンファーレが鳴り響き、数発の花火がまだ明るい空に打ち上げられた。
開催宣言のあとも招待されたお堅い肩書きの人たちの紹介が続いた。「偉い人の紹介と挨拶なんか至極つまらないしどうでもいいから早く次のプログラムをやってくれ」という会場の空気が真夏の湿度よろしくむんむんと漂う中、司会の女性は淡々と進行していく。
園長先生のお話以上に興味がない小さい子供たちは、露店で買ったおもちゃ拳銃に夢中だ。走りながらパンッ! パンッ! と鳴らし、なんちゃって発砲事件が立て続けに起きている。退屈な時間が続いて、私たちも二次元の話に花を咲かせていた。
やがて退屈な時間が終わり、日が暮れてきたころ。露店エリアにいた人たちが徐々にメイン会場の方へと移動し始めると、お笑いステージが始まって、ほんのり会場を盛り上げた。
「舞やんー!」
「志穂ちゃん」
『ライオン嬢』エリアの方が落ち着いて、志穂ちゃんが友達を連れてやって来た。一仕事終えた原さんたちも一緒で、リラテシュ領の人も数人だけど来てくれた。
「今日はお疲れー。イベント、なんとか成功したって聞いたよ」
「いやもうバッタバタだったよ! ファンミとグッズ販売とテレビの取材を一緒にやるもんじゃないね!」
「本当に大変だったね……」
「でも。ファンのみんなが観光もできたって喜んでくれたから、すごいやり甲斐はあったよ」
初めての試みだったのに、テレビ取材の対応も重なって本当に大変だったと思う。でも志穂ちゃんの表情は達成感に満ちていて、トラブルもなくやり切った彼女たちに私は心の中で拍手喝采した。
「今日はバラバラでやったけど、今度は『なし勇』と『ライオン嬢』合同でイベントやりたいね」
「そうだね。それこそお祭り騒ぎになりそうだけど」
でも、やるのは楽しそうだけど、想像しただけでぐったりしそう……。コミケスタッフの経験がある人がいると、もの凄く助かりそうだ。
お笑いステージが終わった頃には完全に日が沈んで、すっかり暗くなっていた。駐車場の照明や露店や提灯に明かりが灯されて、夜のお祭りらしさが出てきて私たちの心をウキウキさせる。
見回すと、デート中の勇者一行やリアーヌとセルジュの姿が見えた。会話をしている様子を見ると、デートは上手くいってそうだ。デート中の一同を撮っていた取材のカメラも、次のプログラムを狙って三脚を立ててスタンバイしていた。
昼間に蓄えられた熱がコンクリートから放出されて、なかなか暑さは和らがない。でも集まっている人たちはそんな暑さなんかほとんど気にしなくて、櫓の周りに集まる人たちはメインイベントが始まるのを今か今かと待っている。
「さあ皆さん、お待たせ致しました! 盆踊りの始まりですー!」
いよいよお祭りの本番、盆踊りの時間がやってきた。
「それではスタートです! 今年は『
一曲目は、昔からある盆踊りの定番が選曲された。スピーカーから大音量で流れ始めると、太鼓と鐘の音が櫓の上から降ってきて、私たちの日本人魂をくすぐるように曲に合わせてリズムを刻み、輪を成す人々が緩やかに踊り出す。
「始まった! 行こ!」
私たちも、待ってましたとばかりに盆踊りの輪に駆け寄って踊り始めた。
「開いて開いてシャンシャンシャン、フーッ!」
振りも合間のかけ声も、全員息ぴったりだ。初参加のフーヴェルの人たちも、ワンテンポ遅れてジャンプした。
マリウスたちも、デートの相手と並んで踊っている。マリウスは女性と、ヴィルヘルムスは女の子と、ノーラは男性と、ヘルディナも男性と。ティホだけは同性とだけど、みんな楽しんでるし、デート相手のファンも楽しげだ。リアーヌとセルジュに挟まれた女性も、夢見心地になりながら一緒に踊っている。盆踊りを知らないセルジュは、リアーヌに叩き込まれたらしい。
「次は、『
これも定番の、一曲目より少しアップテンポの曲だ。イントロで笛の音色がゆっくりめに入ったあとに一気にテンポを上げて、歌の始まりと同時に再び踊り出す。
「ア、ヤッサ! ア、ヤッサ! ア、ヤッサヤッサヤッサヤッサ!」
老若男女、参加するみんなが生き生きと踊る。お父さんは小さい子供を抱っこしながら、振りがわからなくても何となく踊っていたり、みんながこの雰囲気を楽しんでいる。
そのあとも、司会の女性が次々とタイトルコールをして盆踊りの曲が休む間もなく続く。懐かしの昭和の邦楽や、盆踊りっぽくないハイテンションな曲が続いても、私も町のみんなも血が沸いて「もっともっと!」と欲するように踊り続ける。
ハイテンションな曲が続いたあとは、休憩用ののんびりな曲調。その次は、おにぎりの振り付けが国民の間で人気になった『恋するフォーチュンクッキー』だ。盆踊りの振りもかわいくて、お尻フリフリ、ツーステップツーステップ。そしてかけ声は、
「ハァ〜ト♡ フーッ!」
全然盆踊りぽくないのがミソ。ちゃんと両手で大きなハートを作る振りなのも私は気に入ってる。これを、思春期の男子もおじさんも一緒に踊るのがいいんだよね。
その曲が終わったところで、盆踊りが始まってだいたい三十分経って、マリウスたちのデートも終わる時間となった。輪を抜けた一同は最後にそれぞれツーショットで写真を撮って、デートを終わらせた。ファンの人たちはとても満足げで幸せそうだった。
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