二次元さん、いらっしゃい!?〜転移して来た勇者一行とひと夏の町おこし!

円野 燈

第1章 二次元ミックスは突然に!?

第1話 ここは、ドコデスカ?



 待ちに待った夏休み初日の朝。私を起こしたのは目覚ましじゃなくて、母・ちーちゃんの激しい揺すりだった。


舞夏まいかちゃん! 舞夏ちゃん起きて!」


 言っておくけど、私は朝はめちゃくちゃ低血圧で、無理やり起こされると不機嫌になる。ちーちゃんもそれを知っているくせに揺するのをやめない。


「なぁに、ちーちゃん。私、今日はお昼まで寝るって決めてるのぉ〜」


 私は耐え切れなくなって、目付きの悪い顔をタオルケットから覗かせて文句を言った。昨日は、明日から夏休みだ! 深夜アニメリアタイできる! その前に、録画してた春アニメの『なし勇』1クール目一気観しとかなきゃ! って、十二話分を徹夜でノンストップで観たから私の睡眠はまだ全然足りないのだ。


「のん気に寝てる場合じゃないのよ! 早く来て!」


 それでも、いつもおっとりのちーちゃんが「早く!」としつこいから、不機嫌ギリギリセーフをキープして、ボサボサの頭にTシャツ短パンのまま手を引っ張られて家に隣接するヘアサロンに連れて行かれた。


「見てよこれ!」


 お店の扉を開けてちーちゃんが指差した外を、私は眠気まなこで見た。

 山と海に挟まれた浦吉町うらよしちょうは、市街地みたいな高い建物なんて一つもないし、知名度もほぼ皆無の地味で寂しい小さな町だ。「見て!」と言われて改めて見ても、驚くほどの変化なんてあるわけない。

 ほら。いつも通りの家の前の旧街道。いつも通りの殺風景の町並み……


「……ん?」


 お向かいさんの家が。四角くて奥に細長い鉄筋コンクリートの家だったのが、木造の骨組みに、よろい戸に漆喰の壁、しかも三階建てで、おまけに煙突までニョキッと生えていて、メルヘンチックな家になっている。

 その隣の家も普通の家だったのに、同じメルヘンな造りの家に変わっている。私ん家の隣の家も。しかもなんか、いつも人通りが少ないのに今日は朝からわんさかいて賑やかだ。


「私、寝ぼけてる? 夢見てるのかな? ちーちゃん、私のほっぺたつねって」


 お願いすると、プチパニックしてるせいか、ちーちゃんは力加減を考えないで私の頬を思いっ切りぎゅーーーっとつねった。


「ちーちゃん痛いって!」


 でもおかげで目が覚めた。その覚醒した頭でもう一度町並みに目を向けたけど、やっぱり、夢じゃないとあり得ないくらいおかしかった。


「……え?

 えっ……

 えーーーーーっ!!!???」


 驚いた勢いで道に出て町並みを左右見渡せば、三軒に一軒の割合で民家がメルヘンハウスに変わっていた。しかも、普段の何倍もの人が道に溢れていて、どの人もヨーロッパをモデルにしたテーマパークのキャストみたいな服装をしていた。

 私は目を疑う光景に唖然とする。だけど、つねられた痛みがあるんだから間違いない。地味な町並みが、ヨーロッパのメルヘンな建物とミックス状態になっていた。


「嘘でしょ……どうなってるの、これ」

「なんでご近所さんのお家が変わってるの? この人たちも、どこから来たのかしら」

「て言うかこれ、本当に現実?!」


 私は今度は自分で思いっきり頬をつねったけど、やっぱり痛い。両方同時につねったらその倍痛い!

 どういうこと? 一体なにが起きたの!? これが夢や幻覚じゃなければ何なの!? そもそも、この大量の人はどこから湧いてきたの? 見た目からして外国人みたいだけど、観光で来たハイパー団体客? でも、こんなインバウンドの期待ゼロの町にこんな大量の外国人観光客が来るはずない。


「でも、なんだろう。この既視感……」

「舞夏ちゃん、舞夏ちゃん!」


 突然の景観変化と外国人大量発生に何も考えられなくて呆然と立ち尽くしていると、私を呼ぶ頼りない声がした。見ると、角の家の門の内側から幼馴染みが顔を半分だけ出して私を手招きしていた。


洸太朗こうたろう?」


 笹木家の二軒隣に住んでる村瀬むらせ洸太朗は、私と同い年でアニオタだ。そしてこの通り、臆病で内向的な性格である。

 私は謎の外国人たちを避けながら、洸太朗の側に駆け寄った。


「なんなのこれ! 一体なにがどうなってるの!?」

「僕にもわかんないよ。夜更ししたから今日は夕方まで寝てようと思ったのに、お母さんとお父さんがうるさくて目を覚まして、そしたら外がなんか騒がしくてカーテン開けたら周りの家がヨーロッパの建物になってて、それだけじゃなくて変な格好した外国人がたくさんいたんだよ。もう怖くて外出られないよぉ」


 洸太朗は、敵に怯えて巣穴から出られないウサギみたいに震える。


「この外国人たちは観光客なの?」

「知らないよぉ。だけどさっきからなんか揉めてる。助けてよ舞夏ちゃんー」

「私に助けを求めないでよ。私だってこの状況に混乱してるんだから」


 いつにも増して小動物っぽく泣きそうな目で助けを求めてきた。洸太朗は昔からこんな感じだ。

 すると洸太朗が、あることを言った。


「そういえば。あのニュース関係あるのかな」

「どのニュース?」

「なんか、異常現象で時空の歪みが起きるかもって言ってたんだ」

「あ。それ私もチラッと観た。今日の未明に凄い太陽フレアが発生してオーロラも凄いのが現れて、しかも太陽フレアが地球の磁場に影響して時空の歪みが生じやすいとか何とか、ってやつでしょ?」


 お風呂上がりに、一人で晩酌中のちーちゃんに飲み過ぎを注意しながら聞いたことだから、覚えてる内容は曖昧だけど。


「この異常事態、そのせいとかなのかな」

「時空の歪みが起きたって言うの? まさか」


 そんなことが現実にあるはずがない。もしも本当に時空の歪みが起きたって言うなら、この人たちも家も時空を超えて来たということだ。ファンタジーアニメは好きでたくさん観てきた私だけど、さすがにそれは信じられない。


「あっ。舞夏ちゃん!」


 洸太朗と話していると、観光案内所でボランティアをやっている中野のおばさんが慌てた様子で走って来た。


「よかった! こっち来て助けて!」

「助けてって、なに?」

「いいから早く!」


 中野さんは説明もしないで、肩が抜けそうなくらい思いきり私の腕を引っ張った。


「ちょっと待って! 説明くらいしてよ!」


 そのまま引っ張られて行ったのは、すぐそこにある観光案内所だった。江戸時代に「和泉屋いずみや」という旅籠だった建物だ。ちょっとしたお休み処にもなっていて、ここでいつも地元のおじちゃんやおばちゃんが観光案内のボランティアをやってくれている。その建物の前に、たくさんの外国人が詰め寄せていた。


「柴田さん、佐藤さん! 舞夏ちゃん連れて来たわ!」

「よかった、助け舟が来てくれて!」


 困惑していた柴田さんと佐藤さんは、私の顔を見てホッとした表情をした。勝手に連れて来られた私も困惑してるんだけどね。


「助け舟のつもりじゃないんだけど。これどういう状況?」

「おばさんたちにもわからないのよ。だもんで(※)、もうどうしたらいいのか」

「この人っち(※)、あたしらの言うこと聞いてくれないのよ。舞夏ちゃん、どうにかできない?」


 と、唐突に助を求めてきた。クレームだったら私に対処できることじゃいんだけど。


「て言っても、私だって英語聞き取れないよ。一学期の英語の授業の成績、リスニングのおかげで「2」だったんだから」

「大丈夫。この人っち、日本語しゃべってるから」

「え?」


 言われてよくよく耳を傾けてみると、確かに流暢な日本語が聞き取れる。


「ほんとだ。めちゃくちゃ外国人顔なのに、日本語ペラペラ」

「そうしょ?(※) おばさんよりも若い子の話の方が聞いてくれそうだから。お願いね!」

「ちょ、ちょっと……!」


 柴田さんに背中を押され、私は外国人の人たちの前に押し込まれた。そこには、ボランティアリーダーの小西のおじさんが半泣きして立っていた。


「よかった。助け舟だ!」

「だから助け舟じゃないって」


 無理やり巻き込まれたから、私はすぐに断って帰ろうとした。だけど外国人たちの訴えが、私を引き止めるようにひっきりなしに耳に飛び込んでくる。


「なあ。だから、どうにかしてくれと言ってるんだ!」

「あんたじゃ話にならない。もっと偉い人を連れて来てくれ!」

「知らない土地に来てみんな不安なの!」

「子供が帰りたいと泣いてるの。私たちを町に返してください!」


 苛立っている人も困惑している人も、どの人も訴えているのは同じことだった。


「帰りたいって……この人たち、観光客じゃないの?」

「どうもそうじゃないらしいんだよ。でも帰りたいと言ってもなぁ……」


 小西さんは、困り顔で薄くなった頭を掻いた。

 観光客じゃないのなら、なんでこんなところにいるんだろう。しかもこんな大勢が、同時に。町の風景が一部変わってしまったことと関係があるのだろうか。

 そんなことを考える暇さえくれず、外国人たちはしきりに「帰らせてくれ」と訴え続けてくる。これじゃあ、いつまで経っても収拾しそうにない。ひとまずこの人たちを落ち着かせて、どうして浦吉町にいるのか説明してもらわないと。


「あの。いったん静かにして! 私の話を聞いてください!」

 

 声を張って訴えかけると外国人たちは徐々に静かになってくれて、私の方に注目した。


「なんかすごい混乱してるみたいだけど、いったん落ち着いて。私たちも、急にこんな大勢の人が現れて戸惑ってるの。だから、なんでここにいるのか教えてほしい。誰か代表して、話を聞かせてくれませんか?」


 外国人たちはお互いの顔を見合わせて、誰が話すかを空気で譲り合った。すると後ろの方から、四十代くらいの顎髭を生やした男性が人を掻き分けて出て来てくれた。ガタイがよくて服がパツンパツンの、リーダーっぽいおじさんだ。

 立ち話はなんだから、案内所の中で座って話を聞いた。


「まず。どこから来たか教えて」

「俺たちはみんな、フーヴェルという町の住人だ」

「フーヴェル?」


 なんか、どこかで聞いたことがあるような……。ちょっと気になったけど、おじさんが話を続けたから私は耳を傾けた。

 話を聞くと。いつものように朝起きて、それぞれ仕事に行く準備や商店を開く準備をしていた。ところが外に出ると景色は見知らぬ町並みになっていて、全く知らない土地にいることに気付いたと言う。しかも家の中にも知らない人がいて、大混乱して家から飛び出た人も多々いるらしい。


「これじゃあ困るんだ。みんなそれぞれ仕事もあるのに、こんなよくわからないところにいられないんだよ」

「でも、そんなに悲観することもないんじゃない? どういう経緯でこんなことになったかはわからないけど、普通に飛行機で帰れるじゃん」

「ヒコーキ?」


 おじさんはぽかんとした顔で聞き返した。


「うん。飛行機」


 するとおじさんは、おかしなことを言い始める。


「なんだそれは。移動魔術か何かなのか?」

「魔術?」

「使えるやつがいるなら、頼むから今すぐどうにかしてくれ。俺は知識はないが、凄い魔力を持ってるやつがいれば魔法陣か何かで町に戻れるんじゃないか?」

「魔力? 魔法陣? なに言って……」

「そうだよ。頼む!」

「お願い。私たちをフーヴェルに帰らせて!」


 側で話を聞いていた他の人たちが、また騒ぎ始めた。魔力とか魔法陣を信じてる国の人たちなんだろうか。


「わかった! みんなの気持ちはわかったよ。だけど、帰らせてあげたいけど、今すぐは無理だよ」


 そう言うと、外国人たちはあからさまに落胆した。誰かがおぶっている赤ちゃんまで泣き出した。でもしょうがない。帰らせようにも、飛行機の手配とかいろいろ時間と手間がかかる。

 だけど、それよりも。普通に外国人だと思っていたけど、この人たちはどうも様子がおかしい。飛行機を知らないなんて、現代人でそれはありえない。ジャングルの奥地に住む民族じゃあるまいし。

 と考えたところで、あの時空の歪みが起きると言っていたニュースがちらりと頭を過った。まさかとは思うけど、本当に時空の歪みが起きたっていうのだろうか。



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読んで下さりありがとうございます。

応援や★を頂けると大変嬉しいです。

(※)自称ご当地小説で所々に方言を使っているので、補足をしています。

方言補足はこちら。


※方言補足

・「だもんで」… だから、それで

・「人っち」… 人たち

・「そうしょ?」… そうでしょ?

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