第2話 お嬢様の責任感



「ここはドーヴェルニュ邸で間違いないよね。今、何人くらいいるの?」

「私とセルジュの他には、執事、家庭教師、料理長たち、他にも侍女とかがいて……全部で十人ちょっとかしら」

「当主様と奥方様は?」

「お父様はお客様と一緒に狩りに出かけて、お母様も侯爵夫人たちとサロンに出かけたわ」

「ちょうど主がいない時だったのか」

「リアーヌは何をしてたの?」

「私は踊りの習い事をしていたわ。その最中に足元が歪んだ気がして立っていられなくなって、気付いたら外の景色が変わっていたの」


 たぶんマリウスたちと同じで、空間の歪みが起きたんだろう。屋敷の周囲の領民たちを巻き込んで。周りが見知らぬ土地になってしまったことで、フーヴェルの人たちのように使用人や領民たちは混乱しているはずだ。


「領民も巻き込まれているようだから、どうしているか心配だわ。早く様子を見に行かなきゃ」

「リアーヌが?」

「そうよ。お父様もお母様もいないんだもの。代わりに私が率先して動かないと」


 作中では気が強くてキリッとしてて時々優しいけど、心の中でついた悪態が口から漏れてしまったりしてやさぐれ令嬢まっしぐらなリアーヌだけど、教育が行き届いているおかげで自分の立場や、こういう時に何をすべきかをちゃんと理解していた。

 地理はわからないだろうから、新栄しんえい地区の原さんを強制的に付き合わせて、私とマリウスも状況把握に同行することにした。リアーヌは使用人たちにも協力を仰いで、どこまで領地が巻き込まれたのか確認するよう指示した。小西さんと原さんは使用人たちと、私とマリウスは馬に跨ったリアーヌと調査に向かった。

 と言うか。馬って公道歩いていいんだっけ? 警察の許可っている? ……ま、いっか。今さら馬に跨ったお嬢様が町を歩いてても、誰も不審に思わないよね。


「わお、富士山! 懐かしい〜!」


 馬上から見えた数年ぶりに拝む富士山に、リアーヌは感動の声を上げた。


「浦吉からはよく見えるんだよ。この町の自慢ポイント」

「リアーヌ様。あれは有名な山なのですか?」


 馬の手綱を持つセルジュが訊いた。


「そうよ。世界中の人が知っているんだから。日本が誇る世界遺産なのよ」

「世界遺産……」

「と言うかセルジュ、あなたも敬語やめたら? お父様もお母様もいないんだし、いつものようにしゃべってよ」

「じゃあ、そうする」


 言われたセルジュは素直に敬語をやめて、使用人の顔から幼馴染みの顔になった。ドーヴェルニュ家に奉公に来たセルジュとリアーヌの付き合いは、彼女がよく屋敷から脱走して来て遊んでいた幼少期からだから、十年以上の付き合いだ。落ち着いているように見えるけどセルジュもなかなか口が悪くて、リアーヌとケンカになると暴言大会になる。

 私たちはドーヴェルニュ邸の西側を調べていったけれど、旧街道と同じような状態で、元々ある民家と転移して来た建物が混在している状況だった。領民も一緒に転移して来ていて、みんな建物の中に籠もっていた。でもリアーヌが通りかかると出て来て彼女を頼った。突然の環境の変化で不安で仕方がない領民たちに、リアーヌは「心配ない、大丈夫」と毅然な態度で一人一人に声をかけた。中には自分の家の中にいても落ち着かない人もいて、そういった人たちにために屋敷の部屋を開放して受け入れる準備をするよう、リアーヌは使用人に伝えた。

 リアーヌはただ見回るだけじゃなく、ちゃんと領民全員の顔を見たり声を聞いて、早急の対策を考えて行動に移した。作中ではほとんど描写されていない知らなかった一面を見て、私の彼女に対する印象はガラリと変わった。


 ひと回りして屋敷に帰還して小西さんたちと合流し、どのあたりまで変わっているのかを地図上で確認した。するとどうやら、屋敷を中心に半径約200メートルの範囲が『ライオン嬢』とミックスされているようだった。


「舞夏の家の方もこんな感じなのね」

「あっちは、二日くらいの間に範囲が広がった感じ。初日はこっちと同じくらいじゃないかな」

「それじゃあ、私たちの方も範囲が広がる可能性があるのね」

「異常現象が起こらなければ、大丈夫だと思うけど」


 さらなる転移はリアーヌも困るだろうけど、私たちも困る。二次元キャラに会えるのはとても嬉しいんだけど、もう本当にお願いだからこれ以上は何も起きないでほしい。私たちにできることは、そう強く神様にお願いするしかない。どこの神社にお願いに行ったらいいのかな。八坂神社? 若宮さん?


「ねえ。そっちのエリアを見に行ってもいいかしら。元いた住民と転移した住民がどんなふうに暮らしているか見たいわ」


 ひと息つくのかと思いきや、リアーヌは全く休もうとしなかった。


「いいけど。休まなくて大丈夫? リアーヌだって、まだ状況に慣れた訳じゃないんだし」

「何か必要なことがあれば、早めに準備をしておきたいの」

「無理するなリアーヌ。少し休憩しろよ」

「何を言っているのセルジュ。休んでなんかいられないわよ」


 やさぐれた令嬢はどこにいったんだと思うくらい、今のリアーヌは別人だった。使用人たちに出す指示は的確だし、渋ろうものならちょっと威圧感を出せばみんな背筋を正して行動する。普通の同世代はこうはいかないだろうけど、前世でアラサーの年齢まで生きていたからその分の経験値が生かされてるんだろうか。


「お父様とお母様の代わりを私が務めなきゃいけないんだから。使用人たちや領民を守らなきゃ」


 両親の代わりに課せられた責務を果たそうと、リアーヌは走り続けようとしていた。そんな彼女を見て、マリウスは口を出さずにはいられなかった。


「そう急ぐことはないぞ。この町は安全だから危険に襲われることはない。周囲の人々を守りたいなら、まずは休め。混乱した状態の使用人たちを無理に働かせるのもよくない。それに。リアーヌも本当は、まだ心が落ち着いていないんだろ?」

「そんなことは……」

「俺は先人だぞ? お前たちの心情は、手に取るようにわかる。今はまだ、無理はしない方がいい」

「そうだよ、リアーヌ。領民のことが一番の気がかりなんだと思うけど、きっとみんな、リアーヌの気持ちに感謝してると思うよ」

「一度に全部解決しようとせず、一つずつやっていけばいい」


 マリウスの言う通りだ。リアーヌは現実世界のことを知っていると言っても、転移して来た全員が被害者なんだから。確かに、みんなをまとめて引っ張ってくれる存在は必要だけれど、今はまだ、全員で困難な状況を乗り越えることが最優先だ。


「……そうね。早くみんなを安心させたくて、焦ってしまったわ……。セルジュ。使用人たちにあまり無理をしないでと伝えて来て。急がせてごめんなさいって」

「お前の口から謝罪の言葉が出るなんて、珍しいな」

「いいから行って来て!」


 リアーヌはセルジュのふくらはぎあたりを蹴って、伝達に行かせた。知ってるリアーヌが戻って来た。


「見学はいつでも来ていいよ。私が『なし勇』ミックスエリア案内する。連絡手段は人伝でもいいけど、家に直接来てもいいよ。「ヘアサロン・ササキ」って名前のお店だから、駅の交番で聞けば道もわかるだろうし」

「ありがとう、舞夏。マリウスも。こっちが少し落ち着いたら、行かせてもらうわ」


 とは言え。落ち着かない一部領民を受け入れるための準備は、早めにしておく必要がある。だから私とマリウスは残って、受け入れ準備を手伝った。部屋のテーブルや椅子を移動させてできるだけスペースを開けて、厨房では軽食に配膳するスープの調理が始まった。リアーヌから無理はしないでと言われた使用人たちも、率先して動く彼女に触発されるようにテキパキと働いた。

 午後には希望する領民を少しずつ受け入れ始めて、夕方五時のチャイムが鳴る頃にはだいたいの受け入れが完了した。


「二人とも、お疲れさま。もう大丈夫よ」

「手伝わせてすまなかったな」

「気にするな」

「じゃあ私たちは帰るけど、困ったことがあったら何でも相談して。近所の人もそのうち首を突っ込んでくるかもしれないけど、悪い人はいないから親切に甘えるといいよ」

「そうするわ。本当に今日はありがとう」


 私たちは門前でリアーヌとセルジュに見送られて、ドーヴェルニュ邸を後にした。

 それにしても。石造りのおかげか屋敷の中は幾分かマシだったけど、猛暑の中の準備はキツかった。こんな屋敷は『なし勇』エリアにはないから、途中でここは日本なのか外国なのかよくわからなくなったし。


「そう言えば。テレビ局のロケは明後日だったか」

「うん、そう。急に特集組むことになって、すぐ放送になるんだって。何か事情があったんだろうね」

「俺たちも出るってことでいいんだよな」

「うん。当日改めて打ち合わせあるみたい」


 二次元ミックスになってから初めての取材受け入れ。不安要素があるのは拭えないけど、浦吉町うらよしちょうPRのために腹を括らなければ。インタビューはマリウスに任せるから問題ないと思うけど……。


「当日失敗しないでよ、マリウス?」

「なんだよそれは」

「運なしキングだから、何か不運を持ち込みそうだなーって思って」

「そうやって言うのやめろよ。フラグが立つだろ」

「でも、インタビュー受けるのマリウスだし。持ってる運なしフラグは鉄骨で錆びなそうじゃん。あのさ。転生する前に全く厄払いやってなかったんじゃないの?」

「毎年お祓いしてたに決まってるだろ。前厄も後厄もきっちりお祓いして、木札も厄除守りも破魔矢ももらった」

「それなのに、不運続いてるんだね……」


 やっぱりマリウスは神様から見放されていた。そんな彼に、同情以外に何をしてあげればいいというのだろう。私は慈しみの眼差しを向けた。


「なんだよ」

「大丈夫。マリウスは生きてる。それだけで十分だよ」

「なんか悟ったような言い方はやめてくれ」


 まぁ、何だかんだでこれまで大きな問題もないし事件も起きてないし、心配はないと思う。ヴィルヘルムスたちも協力的な姿勢を見せてくれたし、明後日のロケは滞りなく終わるはずだ。





 その晩。今日起きたことをゆい明奈あきなにLINEで報告した。『ライオン嬢』が大好きな明奈は大興奮だ。


  「羨ましい! 会いたい!!ヾ(o≧∀≦o)ノ゙」


 興奮のあまり、スタンプを連打してくる。


  「落ち着け明奈」

  「明日行っていい?゚+.゚(´▽`人)゚+.゚」

 「ちょっと無理。現地まだバタバタしてるし、数日待って」

  「えーっ!? 今すぐ行きたいー! リアーヌ様とセルジュに会いたいー!!O(≧□≦)O」


 ヤダヤダと、またスタンプを連打する明奈。駄々っ子になる明奈を、結が宥める。


  「しょうがないだろ。行けるようになるまで我慢しろ」

  「はぁーい(*´・ω・)」


 すぐに諦めてくれた。明奈はノーラと違って、大人の対応ができるいい子だ。リアーヌたちが落ち着いたら、真っ先に連れて行ってあげよう。


  「と言うか。何でまた二次元の世界がミックスされちゃったんだよ」

 「オーロラ出たの知ってる? もしかしたら磁場が影響してるかもしれないんだけど、まだ謎」

  「SNSで見た。専門家が時空の歪みが発生するとか言ってたんだろ。それが関係してるかもってとこか」

 「でも、まぁ。ミックスされて大変は大変だけど、また観光客が増えて町が盛り上がるならあんまり文句はないけどね」

  「二次元のキャラに会えてうちらも嬉しいし」

 「それなw」

  「だったら私、他にも転移してほしい作品があるんだけど!」


 その明奈の発言から、行きたい二次元作品の話で盛り上がった。今起きていることはとんでもないことだっていうのに、現実との違和感なんてすっかり忘れていた。実際楽しんでしまっているから、二次元オタの性は恐ろしい。



─────────────────────

読んで下さりありがとうございます。

応援して頂けると嬉しいです。宜しくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る