第3章 一難慣れてまた一難!?
第1話 ようこそ、やさぐれお嬢様
『やさぐれライオン嬢は勝ち組になって人生大逆転をしたい!』とは、最近注目を集めて人気急上昇中の令嬢ものラノベ小説だ。
主人公の
そんな彼女の父は次から次へと婚約者候補の男性を連れて来て、もう男はうんざりした彼女は、見合い相手が自分との決闘で勝ったら婚約してもいいと宣言。文武両道の彼女は、前世の憂さ晴らしに結婚を申し込んで来る相手を片っ端からぶっ飛ばしていく。果たしてリアーヌは、自分の婚約を阻止できるのか?!
「───て言う話。コミックも出てるよ」
作品を知らないマリウスに、私は親切丁寧に内容を説明した。
「ぶっ飛ばす……。舞夏は転生モノとかジャンプ系以外にも、女性主人公の作品も読んでるんだな」
「私、面白ければ何でも読むし観るから。この『ライオン嬢』は明奈から勧められたんだ。でもまさか、ドーヴェルニュ邸に入れる日が来るなんて!」
門扉越しに「ここはどこか説明してちょうだい!(突然のことで混乱しているのですが、ここが一体どこなのか教えて頂けませんか?)」とリアーヌに求められた私たちは、彼女の家であるドーヴェルニュ邸に招き入れられて、客間で待たされている状況だった。
屋敷の玄関や一階はさほど派手ではなさそうだったけれど、二階の部屋は豪華だった。シャンデリアや、絵が描かれた陶器の花瓶、そして高そうな調度品の数々。今私たちが座っている椅子も長いテーブルも絶対に高いし、目の前に置かれている紅茶が注がれたティーカップも繊細な柄で、割れたら弁償のプレッシャーで誰も手を付けていない。庶民はこういう高級感溢れる空間にはとことん弱い。
一緒に案内された小西さんと、助けを求めてきた原さんはカッチコチに固まっていて、お地蔵さんみたいだ。だけど、二人のお地蔵さんに打って変わって、私はずっと落ち着きのない幼稚園児状態だ。
「マリウスは、こういうお屋敷に入ったことあったよね」
「当主から魔物退治の仕事の依頼をされる時とかな。お礼に豪華料理をご馳走になった」
「いいなぁ〜。私はヨーロッパ旅行も行ったことないから、こんなお屋敷初めてだよ〜」
私はアニオタ魂が落ち着かなくて、「キラキラ」という効果音が相応しい豪華な部屋の中をキョロキョロする。本当は周りにあるもの全部触りたいけど、壊せないから我慢してる。マリウスはそんな私を見てちょっと呆れていた。
「なんか、テンション違くないか? さっきはげんなりしてたじゃないか」
「だって、小説で読んだ世界がここにあってリアーヌが現実にいるんだよ? テンション上がるでしょ! マリウスたちが交番に揃ってた時も嘘でしょって思ったけど、やっぱ嬉しかったもん!」
「目が輝いてるな……。と言うか、あの時笑ってなかったか?」
「『なし勇』ミックスの時は一度は現実逃避したけど、でもまさかの二次元ミックス第二弾が来るなんて! 私はもう、この状況を心行くまで謳歌するしかないと思うんだよね!」
「……オタクってみんなそうなのか?」
ついて行ける気がしない、とマリウスは表情で語っていた。アニオタがみんなそうなのかはわからないけど、状況に慣れて免疫が付いてしまったと言うべきなんだろうか。とにかく私は、状況を前向きに捉えていた。
部屋の中をうろつくことなく待ち続けていると、ドレスを着替えたリアーヌがようやく現れた。
「お待たせしてごめんなさい」
さっきの真っ赤なドレスから、黄色いドレスに変わっている。私にはどっちも同じドレスにしか見えないけど、こっちが私服用ということなのだろうか。
リアーヌのドレスに視線がいったのも束の間、私は彼女の後ろにいる黒髪の男子に目が行った。
「セルジュだ! セルジュもいるの? マジで!?」
セルジュ・ロワ。農家の生まれの彼は、リアーヌ専属の使用人だ。彼女の一つ下で、少年と青年の狭間の見た目が未熟さを感じさせているけれど、キリリとした顔付きに頼りがいを感じる。そしてイケメン!
私のリアクションに、リアーヌとセルジュは一瞬だけ怪訝な顔をした。けれど客人に失礼な態度は取れないので、心の内は隠して私たちの向かいに座った。セルジュは座らず彼女の傍らに立った。そのすぐあとに執事がやって来てリアーヌの紅茶を淹れると、すぐに退出した。
「紅茶に口を付けていないようだけれど、嫌いなの?」
「あ……。いいえ。好きです」
「冷めてしまっているでしょ。セルジュ。暖かいものに淹れ直してあげて」
「いいえ! 結構です!」
半ばリアーヌの圧に負けて、私たちは素早くかつ繊細に高そうなカップを持って温くなった紅茶を飲んだ。リアーヌも紅茶を上品に口にすると、大きなアメジスト色のツリ目をこちらに向けて話を切り出した。
「ササキマイカと言ったかしら。あなたは私たちのことを知っているの?」
「はい。知ってます」
「でも、初対面よね。しかも私は、こんな場所に来たこともなければ全く知らない。それに、なぜ私たちがここにいるのか原因を知っていると言ったわね。説明してくれる?」
リアーヌに求められた私は、代表して説明した。ここは現実の日本で、私たちにとってリアーヌは二次元の存在であること。恐らく、この世界で起きた異常現象のせいで転移して来てしまったこと。それから、マリウスたちも同じ理由で転移して来たけれど、現状、確実に戻る手段は不明だということも話した。
リアーヌは黙って聞いていたけれど、信じ難い私の説明に困惑する様子が窺えた。でも否定したり拒絶することはなくて、現実に起きていることを落ち着いて自分の中に落とし込んでいるみたいだった。
「───つまり私は物語の中の主人公で、二次元から現実世界に転移してしまった。だから、私が知っている日本とは同じようで違う。そして戻る手段はなく、今はここに留まるしか為す術はない……」
「そういうことです」
「はぁ……」
深く大きな溜め息をついたリアーヌはテーブルに両肘を突いて俯き、エヴァの
「リアーヌ様。大丈夫ですか?」
傍らに立つセルジュは、酷く落ち込んだ様子のリアーヌを心配した。落ち込むのも無理はないし、受け入れろなんて言われて素直に受け入れられる現実でもない。気持ちの整理をつける時間は必要なのは、フーヴェルの人たちを見て理解している。
ところが、俯くリアーヌからは気落ちした言葉や啜り泣く声が聞こえてくるどころか、「クツクツ」と笑う声が漏れてきた。
「ふふふふふっ……あーっははははは!」
碇司令だったリアーヌは顔を上げて突然
「やったわ! これでお父様からしつこく婚約者を押し付けられることはなくなる! 自分から言っておいてなんだけど、正直、百八人も蹴散らすの面倒くさかったのよ! どいつもこいつも私より全っ然弱いし、それでよく挑んで来たわねって程度だったし! 一時的だろうけどすっきりするわ! ざまぁみろ!」
口調はさっきまでと全く違うけど、気違いにはなっていなかった。大丈夫。通常運転だ。
リアーヌの二重人格のような変わりように困惑するマリウスは、私に小声で訊いてきた。
「こんなキャラなのか?」
「そ。タイトルにもある通り、やさぐれキャラだから」
「前世の恨みをだいぶ引きずってるな……」
その恨みのおかげで、異世界転生をしてから一度も心が折れていない。リアーヌは超タフガールだ。
「領地から出るっていう目的が果たせたし、窮屈な世界から抜け出せて満足だわ」
「なんか意外です。もっとショックを受けるかと思ってました」
「ショックはショックよ。色々と。私が知っている日本と違うと言われて驚いたけれど、転生モノがあるのも知っているし、ちょっと読んだこともあるから。それと同じことが起きているということでしょ?」
「まぁ、そうですね。とりあえず落ち込まなくて安心しました」
するとリアーヌは、私に対してなんだか不満げな顔をした。
「ねえ。さっきから固くない? もっとリラックスしてよ。私とあなたは年齢も近そうだし、タメ口で話してくれていいわよ」
お嬢様だから身分の違いを意識して自然と敬語で話していたけれど、リアーヌの言う通り、確か彼女は私と同い年くらいの設定だ。一時的にしがらみから抜け出せて“素”を晒したリアーヌにも親近感が湧いたし、私も緊張が少し解れたから、ここからはタメ口で話すことにした。
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