第8話 デジャヴ
暑さが心地いい程度に冷やされた外に出て見上げると、その大きさは明らかだった。
緑色のオーロラは風に吹かれるように揺らめきながら、北の山の向こうから
「信じられない。この地域でオーロラを見られるなんて。しかも夏だよ? 夏真っ盛りの八月なのに……」
現実を疑いながらも、私はその神秘に目を奪われた。
でも、真冬だったとしてもこんなことは本当にあり得ない。だって浦吉町は、東日本にある地域だ。一年を通して過ごしやすいと言われていて、平地に雪が積もることは滅多にない海沿いの町だ。プロミネンスの影響だとしても、浦吉町の上空にオーロラが現れるはずがない。
マリウスたちも、神秘が現れた真夏の夜空を不思議そうに見上げている。近所の家からも人か出て来ていて、私たちを真似るように空を見上げていた。
神秘の現象はしばらく続いた。私たちは町にどんな異変が起きるのだろうと、心臓の鼓動を少し早めていた。
そして、五分ほどが経過したあと。
「……終わった?」
何も起きなかった。マリウスたちの身体が透けたりとか、空間が歪むこともなかった。
「関係していると思ったが、違ったのか?」
「そうみたいですわね」
「期待してたのに、残念だニャ……」
期待が外れてヴィルヘルムスたちは肩を落とした。私も何か起きるんだとばかり思っていたから、拍子抜けしてしまった。でも、意気消沈しても仕方がないし、前向きな気持ちでいなきゃ。
「何も起きなかったのは残念だけど、大丈夫だよ。きっとまた起きるって。だから元気出そ」
「……そうだな。きっとチャンスは今回だけじゃない。次を期待しよう」
せっかく準備万端で待っていた五人は、少しだけ背中を丸めて家の中に戻った。
私たちが期待していたことは起こらなかった。けれどこの時、誰も気付いていなかった。マリウスが持っていた原石が、ほのかに光を放っていたことを。
昨夜は結局ただの夜更しになったから、私はお昼までの爆睡コースを決めていた。演劇部は今日は休みだしボランティアもさぼると心に決めて、蝉がわんさか鳴こうが猛獣が吠えようが、目覚ましが鳴るまで目を開けないつもりで寝ていた。
「舞夏ちゃん、起きて! 舞夏ちゃん!」
あれ。前にも、ちーちゃんのそんな慌てた声で起こされた気がする。きっと夢だ。そんな三度も同じことが起こる訳ないんだから。
「舞夏ちゃんてば! 起きて!」
おかしい。夢のはずなのにはっきりと聞こえる。身体もめっちゃ揺すられてる。
「なぁに〜、ちーちゃん……」
またもや睡眠を妨げられた私は、またもや不機嫌な顔をタオルケットから覗かせた。
「小西さんが
「ぇえ? 救援要請ってなに?」
既視感が面倒臭い案件回避不可な予感をさせていたから、私は仕方なく起きた。時計を見ればまだ八時。あと三〜四時間寝かせてほしかった。
小西さんたちは玄関先で待っているらしいけど、せめて朝ご飯を食べさせてほしかったからもう少しだけ待ってもらった。
「小西さん、お待たせー」
「やっと来た。のんびりし過ぎだよ舞夏ちゃん!」
そんなに怒らなくても。こっちはまだ寝てたんだから、強引に起こされた分の猶予くらいはほしい。て言うかそっちだって、出されたお茶のんびり飲んでるじゃん。
「だって、朝ご飯食べないと目も覚めないし。で。またどうしたの?」
「とにかく一緒に来てほしいんだよ!」
この焦りようは、やっぱり……。嫌な展開が待っているに違いない。
「ただいまー」
そこへ、ラジオ体操に参加していたマリウスたちが帰って来た。寝たの私と同じくらいの時間なのに、なんで早起きができるんだろう。みんな見た目に反して実はシニアなの?
「ちょうどいい! マリウスくんもついでに来てくれ!」
帰宅早々のマリウスが小西さんに捕まった。
「えっ。何ですか!?」
「なんか、救援要請だって」
「救援? と言うか。勇者を捕まえておいて、ついでって何だよ!」
使えると考えた小西さんに捕まったマリウスは、腕をホールドされて連れ去られてしまった。もはや「勇者」という肩書きも忘れられている。
「一体何なんだニャ?」
「わかんない。とりあえず行って来る」
私とマリウスは、ぽかんとするノーラたちとちーちゃんに見送られて、小西さんと一緒に新栄地区のおばさんの車に乗って出発した。恐らく向かうのは
国道に出た車は踏切を渡り、
日経金は敷地がとても広くて、道路に沿って白い塀が長く続いている。向かいの従業員用の駐車場も同様に広くて、景色を邪魔するものがないから富士山もよく見える。快晴の今日も、真っ青な夏富士が拝めている。
日経金の敷地がようやく途切れるくらいになると、浦中がちょっと見えるはず。だけど私は、後部座席から見える景色が明らかに
これを見ると、もうヤバイことしか想像できなかった。
そこから公園を左に曲がると、すぐ正面に浦中があるはずだ。けれど、私たちの目の前に現れたのは見たことのない建造物だった。
その敷地にあるはずの母校の四角い校舎も、屋外プールも、「市立浦吉中学校」の看板すらもなくなっていた。その代わりに、敷地を高い鉄格子に囲まれ、白い石壁と青い屋根のシンメトリーの三階建ての立派な屋敷が建っていた。
謎の屋敷の門の前で車は停まり、私たちは降りた。地味な町には似つかわしくない建造物を前に、口を閉じるのを忘れてしまいそうになる。
「ねえ……私の母校は? 白昼夢でも見てるのかな」
「白昼夢だったらここにいる全員ヤバイぞ」
私は脱力して膝から崩れ落ちそうになって、マリウスの肩を借りた。
「ごめん。半日でいいから時間ちょうだい」
「……そうしてやりたいところだが、そういう訳にもいかなそうだぞ」
「え?」
私は、目の前の現実を直視したくなくて逸していた顔を上げた。見ると、鉄格子の門の向こうから誰かが歩いて来ている。
ウェーブがかかった金髪に、レースが施された真っ赤なドレスと、銀色に輝くネックレスを身に着けた女の子だ。コンクリートから石畳に変わった地面を、こっちに向かって真っ直ぐに歩いて来る。その足音は「スタスタ」というよりも、歩幅が大きいから「ズンズン」という音の方が合っていた。そのくらい背筋も伸びて堂々とした足取りだった。
みんな、近づいて来る女の子に注目した。けれど私だけは、その令嬢の姿に見覚えがあることに気付いて、目を見開き口をあんぐりと開けた。
「……嘘でしょ」
門の前で立ち止まった彼女は、胸を張って両手を腰にあてた。そして、気位なんて微塵も隠さずプライド全開に言い放った。
「ちょっとアナタたち! ここは一体どこなの!?」
この屋敷に住む令嬢である、小説『やさぐれライオン嬢は勝ち組になって人生大逆転をしたい!』の主人公リアーヌ・ドーヴェルニュは、一見して困っているようには全然見えない態度で私たちに現在地を尋ねた。
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読んで下さりありがとうございます。
応援して頂けると嬉しいです。宜しくお願いします。
次回は第3章!
舞夏やマリウスがリアーヌに翻弄される!?
テレビ取材もめちゃくちゃに!?
引き続き読んで頂けると嬉しいです。
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