第7話 オーロラの夜



 その晩。夏休みの宿題の息抜きにアイスを食べたくなった私は、一階に下りて行った。何味のアイスを食べようと考えながら廊下に下りたところで、ばったりマリウスと鉢合わせた。


「わあっ! ビックリしたぁ!」

「そんなに驚かなくても。と言うか、こっちも驚いたし」


 お風呂上がりのマリウスの濡れた髪から、雫が滴り落ちている。Tシャツ短パンから覗く腕と足には陸上選手みたいな筋肉が付いていて、意外と胸板もある。

 一緒に住み始めて結構経つけど、こう、無防備な姿で突然目の前に現れると、私の中の乙女心が少しざわつく。水も滴る良い男と言っても差し支えない面構えに、思わずガン見してしまう。


「なんだよ。人の顔ジッと見て」

「な……何でもない」


 しまった! マリウスごときにトキメクなんて不覚。ごめんなさいヴァウテル様!

 て言うか、洗面所のドライヤー使っていいって言ったのに。異世界にはそんなハイテク機器はないし前世でもドライヤーは使ってなかったから、ずっと自然乾燥が自分の常識だって言ってたけど。それただのズボラじゃん。


「あ。て言うかちょうどよかった。昼間、言いそびれたことなんだけど」

「もしかして、相談のことか?」


 相談があったのに、小西さんのせいですっかり言いそびれてそのまま忘れてしまっていた。


「あのね。ファンミに参加したお客さんで普段はコスプレイヤーをやってる人たちが、どうしてもコス合わせしたいって観光協会のSNSにDMくれたんだ。実はイベント中にも私に言いに来てて一度断ったんだけど、あの時も結構やりたそうだったんだよね。たぶん、かなり『なし勇』好きなんだと思うんだ。だからさ、一度だけコス合わせしてくれないかな」


 一度は適当な理由を付けて断ったけれど、熱心にアピールされて、同じ『なし勇』ファンとしてその熱意に応えたくなってしまった。最初に断った時もちょっと心が痛んだし。


「コス合わせって、同じ作品に出てるキャラのコスプレで集まって写真撮るやつだっけ」

「そう。一緒に撮るのは、その人たちとだけ」

「なんで一度断ったんだよ」

「ファンミが終わるまで、ファンの人たちがどの程度マリウスたちのことをコスプレイヤーだと信じるのかわからなかったから。でも、ヴィリーやノーラが魔術を使っても本物の勇者一行だって信じなかったみたいだし。今日も、男子たちはマリウスと普通に写真撮ったでしょ。だから、ファンの希望を叶えてあげても大丈夫かなって」

「そうか。だから写真撮る時、舞夏は何も言わなかったのか」

「もし嫌なら断るよ。みんなで相談してもらってもいいかな」

「わかった。言ってみる」

「ありがと」


 これでヴィルヘルムスたちからもOKが出れば、あのお姉さんたちも喜ぶし、私の胸のつかえも下りる。


「じゃあ、俺からもひとついいか」


 マリウスからも何か話があるみたいで、私たちは廊下でそのまま立ち話を続けた。


「あのさ。今度、テレビの取材あるだろ。その時たぶん、俺たちへのインタビューの要望あるよな」

「うん。たぶんね」

「もしもインタビューあるなら、受けようか?」

「えっ。でも……」


 マリウスが気を利かせて自ら言ってくれたのに、私は渋る顔をしてしまった。私の表情を見て、マリウスは苦笑した。


「その顔……。こっちの世界に慣れてないヴィリーたちが、ファンミの時みたいに勝手なことをしたり変なことを口走ることを心配してるんだろ。俺も同じだ。だが俺は、もともと現実世界の人間だったんだし、舞夏が心配するようなヘマはしないぞ」

「そうだけど」


 私が仲間のことを信用していないことに、マリウスは少しも腹を立てていないのだろうか。私は決して、全くヴィルヘルムスたちを信用していない訳じゃない。だけど、テレビで魔術なんか使われたら取り返しがつかないし、平穏な町おこしはめちゃくちゃになる。だから不安が頭を過ぎってしまう。


「それとも。出演は俺だけにしておくか?」

「それはそれでヴィリーたちに角が立つよ。そんな選択はしたくない」

「俺もだ。ファンミではやらかしてしまったが、注意したあとは魔術を使わなかっただろ? だから事前にルールを決めておけば、あいつらも守ってくれる。せっかくの町おこしPRのための取材だ。できれば俺は、勇者一行全員で出演したい」

「マリウス……」

「なんなら、しゃべるのは俺だけでも十分だろ。俺も変なことを口走られるのは困るし」

「そしたらヴィリーたち、不満に思わないかな。ノーラとかしゃべりたいって駄々こねそうだし……」


 せっかくのテレビ取材。町おこしに協力的なヴィルヘルムスたちにも、スポットが当たるようにしてあげたい。恩返しをしたいという気持ちを無下にするような選択はしたくない。勇者一行も一緒に町おこしをしていることをアピールしたい。

 私が決めあぐねていると、マリウスが全く関係のないことを訊いてきた。


「舞夏。脇腹は弱いか?」

「え? ……うん。弱いけど……」


 素直に答えた次の瞬間、マリウスは私の脇腹をくすぐり始めた。


「えっ! ちょっとなに!? ふふっ。やだ、くすぐったい! やめてよマリウス! ふふっ……あはははは……っ!」


 私は腰を引いたり身をよじったりして、イタズラをするマリウスの手から逃れようとした。くすぐったくて笑いが止まらなくて涙が出始めたら、マリウスはスッとイタズラをやめた。


「もおっ! なんなのマリウス!」

「ちょっとは肩の力が抜けたか?」

「え?」

「ずっと俺たちのことや町おこしのことを考えてるだろ。考え過ぎて、脳ミソまで凝り固まってたんじゃないか?」

「……そうなのかな……」


 自覚はないけれど、くすぐられて笑ったら、なんか気分が軽くなったかも。


「色々と頼られているみたいだが、町おこしは俺たちみんなでやってるんだろ。できることは、各々ができる範囲でみんなで分担すればいい」


 自分はこの町の一員のつもりだ。まるで私の兄にでもなったつもりのように微笑むマリウスが、そう言っているような気がした。

 マリウスはお客さんでいることをやめていたんだ。そもそも、一宿一飯の恩返しの気持ちがあるのは、最初から自分がお客さんだという意識がないのだ。助け合いが未来を繋ぐ世界で生きているから、勇者だから、人のために役に立ちたいと常に考えているんだろう。それはこの世界でも同じで、奉仕と感謝の気持ちを忘れていないからなんだ。


「そうだね」


 マリウスが気付かせてくれたおかげで、自分で勝手に背負っていた荷物が少し軽くなった。頼られているなら頑張りたい、頑張らなきゃって、ちょっと神経質になっていたのかもしれない。

 マリウスは運なしキャラだから頼りがいがないと勘違いされがちだけど、実際はそんなことはない。なんだかんだで打たれ強いし、どんなに追い込まれても必ず弱者の盾になるし、みんなに慕われている。運がなくても、マリウスは主人公の輝きを放っている。


「じゃあ。もしもインタビューの要望があったら、マリウスに任せるね。他のみんなには、ロケの秩序を乱さないように誓約書でも作ろうかな」

「そこまで厳しくしなくてもいいと思うが……」


 するとその時。ちーちゃんと晩酌中のはずのたけちゃんがリビングから顔を出して、立ち話をしていた私たちを呼んだ。


「あっ。ちょうどいいところにいた。舞夏ちゃん、マリウスくん、来て!」


 何か事件でもあったかのような表情で手招きをしている。まさか、酒豪のちーちゃんがストックしてあった日本酒やウイスキーを全部飲み干して、手が付けられなくなったんだろうか。

 私とマリウスはリビングへ行った。


「ちょっとちーちゃん、大丈夫? 飲み過ぎはダメだって、いつも口を酸っぱくして言ってるじゃん」

「え? なぁに、舞夏ちゃん?」


 てっきり床に死んだように寝ているのかと思ったけれど、ちーちゃんは微塵も顔色を変えずにいつも通りに晩酌を楽しんでいた。


「それより二人とも、テレビ観て。また異常現象が起こるみたいよ」

「えっ!?」


 テレビでは夜のニュース番組が流れていて、『明日にも再びオーロラか?』という見出しが出て、女性アナウンサーが原稿を読んでいた。


「先月十九日と二〇日未明に日本列島上空にも発生したオーロラですが、明日の未明に再び現れると発表がありました。先月と同様に太陽のプロミネンスが大量に噴出し、大量のプラズマが地球に届き、再び東日本でもはっきりと観測できるそうです。宇宙や自然現象に詳しい専門家の方に改めてお話を伺うと、再び磁場の歪みが起きることを懸念しており……」

「また同じことが起きるの?」

「そうみたい。また時空が歪んで、二次元から転移して来たりするのかしら」

「それはちょっと遠慮したい……だけど、二日連続だったんだ」


 フーヴェルの町が転移して来た時は何となくニュースを聞いていたけれど、二日続けて起きていたことは知らなかった。

 ……まさか。

 私はふと、ある可能性に気付いてしまった。


「そうか……。俺たちが来た前日に、フーヴェルの町が転移して来たんだよな。そして両日とも、異常現象が起きていた」


 ニュースを聞いて真剣に思考するマリウスもどうやら、私と同じ可能性を考えているようだった。


「予告された通り、実際にプロミネンスの影響で日本で観測することはほぼないオーロラが現れ、磁場が歪んだ。そしてその磁場の歪みが、繋がるはずのない時空を繋げることになったのか?」


 そう。異常現象のオーロラが現れたあとに必ず二次元から転移があったということは、二つの事象が関連していると考えてもいいと思う。二度も同じことがあったんだから、転移の原因はたぶんそれしかない。


「で。同じ現象が明日未明に起きる。もしかしたら、みんなが向こうの世界に戻るチャンスかもしれない」

「戻れる、のか……」


 不明だった転移の原因がわかって、マリウスは喜ぶだろうと思った。だけどマリウスの顔を見ると、嬉しそうではあるけれど、複雑な表情をしていた。


「これは絶好のチャンスだな。逃す訳にはいかない。ヴィリーたちにも知らせてやらないとな」


 そう言って部屋に戻って行ったマリウスは、いつもの様子と変わらなかった。複雑そうな表情に見えたのは、私の気のせいだったんだろうか。

 マリウスから転移の原因を聞いて、帰れる方法があることを知ったヴィルヘルムスたちは、突然のことに驚きながらも喜んだ。

 このチャンスを逃すまいと、一行はすぐに帰還の準備を始めた。未明だから、起きる時間は決まっていない。だから私も一緒に起きて、いつでもその時が訪れてもいいように待つことにした。





 そして午前〇時を過ぎて、オーロラが現れると予告された日になった。いつもならもうとっくに真っ暗な町は、今晩だけは夜が深くなっても家の明かりがぽつりぽつりと灯っていた。

 珍しいオーロラが見えると知ったちーちゃんとたけちゃんも、晩酌をしながら現れるのを待っていた。私とマリウスたちも、小腹が空いたからカップ麺を作って食べていた。フル装備で麺を啜るマリウスたちを見ていると、『なし勇』とカップ麺のコラボCMみたいだ。


「て言うか。戻る場所って元いた洞窟になるのかな」

「恐らくそうじゃないか?」

「魔物がいなくなったことを、早く町の人に知らせてあげたいニャ」

「そうですわね。きっと喜んで下さいますわ」

「そう言えば。あの町は確かフーヴェルに近い町だったな」

「そうなんだ。もしかしてフーヴェルの人たちも、そこで採掘してたりするのかな」

「同じ山だと思うが、採掘場所は別のはずだ。場所を争わないよう協定が結ばれているからな。なぜそれを?」


 カップ麺のスープまで飲み干したヴィルヘルムスが訊いてきた。


「フーヴェルの人たちが最初、採掘の仕事に行けないって言ってたから。て言うか、魔物が棲むくらいだから、そこは魔物が苦手な魔法石の採掘場じゃなかったんだ?」

「その山は、宝飾品に使われる宝石が採れることで有名なんだ。まれに魔法石が見つかることもあるらしいが、五〇年〜百年に一度とも言われている」

「振り幅大き過ぎない? じゃあ、その洞窟は転移に関係してる訳じゃないんだね」


 こっちの世界の異常現象だけが原因なのかと少し疑問があったんだけれど、話を聞く限り洞窟は無関係ぽい。


「だが、関係しているかわからないが。退治の帰りに、マリウスが転がっていた原石を見つけて拾っていたよな。その時に転移が起きた気がするが」

「何それ。初耳」

「言ってなかったか」

「聞いてないよ。その原石、持ってないの?」

「転移の瞬間に掴んでいたから持ってるぞ」


 マリウスはそう言って、麻でできた貴重品袋の中から出して見せてくれた。

 大きさはマリウスの手にすっぽりと収まる、大福くらいのサイズだ。原石だから、周りには岩のかけらが付いていて無骨な形をしているけれど、そのものの色が確認できる程度に宝石は見えていた。太陽の光が注がれた透き通った南国の海のような水色をしている。覗き込むと、照明の反射で砂粒みたいな小さい星が瞬くような輝きを放っていて、私は見惚れた。


「原石見るの初めて。きれい……」

「転移する瞬間、この原石が光った気がするニャ」

「本当に? 光ったってことは、これ魔法石ってこと?」

「魔法石だったらわかるニャ。でもこれからは魔力を全然感じないから、たぶん違うニャ」


 ヴィルヘルムスにも訊いてみたけれど、ノーラと同じく魔力は感じないらしい。

 この原石も関係がないとなると、こっちの世界と同じような現象が起きたのだろうか。でも考えようにも、こんなことはお互い初めてで原因究明は不可能だ。だけど今晩みんなが帰ることができれば、謎のモヤモヤは残るけれど全て解決する。

 時計を見ると、時刻は午前一時半を過ぎていた。カップ麺を食べたせいで、私とノーラはだんだんと眠気に襲われる。このまま寝落ちする訳にはいかないので、深夜アニメを観て眠気を覚ます作戦を取った。

 やっていたのは七月からの新アニメで、男性向けのやつで初見だったけれど、観てみたらなかなか面白かった。主役を演じているのも、最近注目されている若手の男性声優さんだ。今期の他の作品にもメインどころで出てるから声でわかった。確かネットでも作品の評判がよかったし、もう物語も中盤だけど来週からは録画して観よう。

 そのアニメのエンディングのキャスト一覧をチェックして、気持ち的には寝る準備に入ることろだった。その時。


「みなさん、あれを!」


 カーテンを開けたままにしていた窓の外を、ヘルディナが指差した。

 目を凝らすと、真夏の深夜の空に薄っすらと緑色の帯状の何かが揺らめいている。それは一秒ごとに少しずつ幅を広くして、窓枠から見える濃紺を侵食していく。


「オーロラだ!」

「本当にオーロラが現れた!?」


 マリウスたちが部屋を飛び出して、呆気にとられていた私もそのあとに続いた。



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