第6話 派遣先募集中



 大成功したファンミーティングの翌日。この日は、『なし勇』の各キャラの等身大パネルが届いた。もちろんゆいのイラストで作ったものだ。

 パネルを作ろうってなった時に、それならこれを利用して何かやりたいという話の流れになり、スタンプラリーを始めることにした。せっかくなら設置場所は名所にして、建物内の見学もしてもらいたい。だから、観光案内所の前の本陣跡や、旧五十嵐歯科医院、木屋きや江戸資料館、志田邸、浦吉夜之雪よるのゆき記念碑の各所に設置した。クリアの景品は、ご近所さん手作りの『なし勇』クッキーだ。

 等身大パネルを設置してすぐに、発見したファンが正規グッズのぬいぐるみやアクスタと一緒に写真を撮っていて、何組かスタンプラリーにも参加してくれた。少し前から「推し活」をするファンの姿を見かけていたけれど、その光景もだんだんと目立ってきていた。


「浦吉の聖地化も、いよいよ本格的になってきたねぇ」

「なるほど。こういうのがよく耳にする推し活なのね。ああやって撮った写真を、SNSに投稿してるの?」

「そうだよ。アニオタに限らずドルオタとかもやってるよ」

「みんな、ぬいぐるみとか透明な板を持ってるのね」

「佐藤さん。透明な板じゃなくて、アクスタ。アクリルスタンドフィギュアね」

「そういえばうちの娘も、何とかっていう韓国アイドルのグッズ持ってコンサート行ってたわ」


 私もスタンプラリー参加しなきゃ。あー、でも。私の推しのアクスタはあってもパネルがないや。結にヴァウテルさまも描いてって頼めばよかった……。


「あっ。そうだ!」


 またもや何かを思い付いた中野さんが、ファンミーティングを提案した時のようにまた手をポンッと叩いた。三度目ともなると、「ポンッ」て音が幻聴で聞こえた気がする。


「私たちもぬいぐるみとか作らない?」

「あら、いいじゃない! またオリジナルでグッズ作って売ればもっと観光客も来て、リピートしてくれるんじゃない?」


 中野さんの提案に、佐藤さんがすぐに賛成した。シニアだっていうのによく思い付くなぁ、と感心してしまう。悪い意味じゃないけど、強欲と言うか。きっと味を占めたんだろうけど、でもグッズの売れ行きはいいし、追加はアリだと思う。


「そうだね。推し活も常識だし、オリジナルグッズも好評だし。また作れば一度来たファンがまた来たり、ファンミの効果もよさげだから新規観光客も増えると思うよ。でも前にも言ったけど、版権がね……」

「同じイラストを使い回せないの?」

「それだと、このイラストのグッズしかないのかって、飽きられる可能性もあるよ」

「じゃあ、またお友達に頼めない?」

「また?」

「他に頼める人がいないんだよ。ダメ元でいいから、訊いてみてくれないかな」


 ま、そうなるよね。アニメ制作会社とも出版社ともましてや作者ともコネがない、日本の片隅にポツンと存在する地味な町には、絵師として活動するオタ友達を頼る他に選択肢はない。

 私はその場で結に電話して交渉してみた。ポスターに等身大パネルのイラストと頼りまくりだから、さすがに断られるかなと少し期待薄だった。そしたら。


「コミケの方はもう準備万端だから、大丈夫だけど」


 なんということだろう。意外とあっさりOKをしてくれた。夏休みの宿題に部活もあるというのに。仕事の早さから推測するに、部活はサボっているんじゃないんだろうか。さすがにそんなことはないだろうけど、私のオタ友は神様ではないかと電話越しに神々しさを感じた。


「とりあえずキャラ一人ずつと、集合でいいよね」

「うん。あとは全部任せるね。ありがとう、我が友! ギャラもちゃんと払うね!」

「丸投げかい! あと、ギャラはいいよ……って言おうと思ったけど。描くの三度目だから要求していい?」

「おいくらですか、先生。いや、神様」

「神様て……。秋にやる『劇場版 俺と彼女の世界戦ーザ・ラスト・ティアーズー』のムビチケ買って。メイトで売ってるアクスタ付きがいい」

「そのくらいお安いご用だよ!」

「税込みで五千円くらいだけど」

「うっ……。がんばる」


 予想より二千円高かった。でも三度も好意で町おこしに協力してくれているから、ここで腹を括らなければ!

 グッズは何を作るかは、その場で話し合った。新しく作ることになった浦吉町限定グッズのラインナップは、クリアファイル、アクスタ、キーホルダーなどを候補にした。この前のファンミーティングの収入を足しにして製作を依頼して、今度ある盆踊り祭で販売することが決まった。


「こんにちは」

「あら。マリウスくんじゃない」


 軒先の暖簾からマリウスが顔を出した。今日は、サングラスは着けずにキャップを被っていた。


「どうしたの。一人?」

「ちょっと暇を持て余して」

「勇者が暇なの? それはそうよね。こんな町じゃ事件なんて起きないし。商売あがったりよね」

「佐藤さん。報酬はもらってるけど勇者は商売じゃないから」

「商売と言えば。ヘルディナがやっている占いに、列ができているらしい。並んでいるのは地元の人やフーヴェルの人が多いようだが」

「ヘルディナさん、占いやってるの?」

「うん、そう。支那忠でね」


 実は、この前行った中華料理屋の支那忠の店主のおじさんに、観光客に来てほしいから力を貸してくれないかと相談を持ちかけられていたのだ。


「俺たちの恩返しのメインはファンミですが、平日は基本的に時間があり余っているから要望に応えてもいいんじゃないかと、話し合ったんです」

「もちろんボランティアだけどね。支那忠だけじゃなくて、それぞれ派遣先は決まったんだよ」


 話の通り、ヘルディナは支那忠での客寄せ占い。ティホは山田酒店で接客や配達の手伝い。ヴィルヘルムスはヘアサロン・ササキでちーちゃんのアシスタント。ノーラは駄菓子屋で接客をしている。ティホは怪力が役に立っているし、ヴィルヘルムスはその美貌で奥さま方を誘惑しながらちょっと魔術でサービスをしている。地元の人相手だから少しだけ許可してあげたんだけれど、さっきマリー・アントワネットみたいなヘアスタイルのおばちゃんが歩いていた。ノーラも、駄菓子屋を訪れる子供たちと戯れている。


「マリウスくんは、どこに派遣されたの?」

「実は……まだ決まっていなくて……」


 マリウスは、切なそうな居たたまれないような顔をして視線を逸らした。

 どうしてだろう。他の四人はすんなり派遣先が決まったのに、なぜかマリウスだけが行き場がない。私も、どこか猫の手ならぬ勇者の手をほしがっているところはないかと聞いて回ったんだけれど、断られてしまった。勇者だからこき使うなんてできないと遠慮をしているのかもしれないけれど、仲間に置いてけぼりにされたマリウスは、就活に敗北した大学生みたいに覇気が薄れていた。

 申し訳ないけれど、そんな境遇のマリウスが笑えてくる。面と向かって笑ったら絶対に傷付くから心の中だけにしてるけど。


「すみませんー。スタンプラリーやってるって聞いて来たんですけど……」


 そこへ、スタンプラリー参加希望の高校生男子二人組がやって来た。二人はスタンプラリーシートを受け取って簡単な説明を受け、観光案内所を後にしようとした。その時、マリウスの存在に目を留めた。


「なあ。この人……」

「本当だ。似てる」


 二言三言コソコソ話したかと思うと、マリウスに近付いた。


「あの。間違えてたらすみません。もしかして、ファンミでマリウスのコスした人ですか?」

「え?」


 今日のマリウスは素顔はそのまま晒していたから、SNSを見た男子たちも気付いたみたいだ。


「そ……そうだが?」

「マジっすか! SNSの写真見て、めっちゃ似てるから一度会いたいなって話てたんすよ!」

「ファンミでしか会えないと思ってた。まさかこんな普通に会えるなんて思わなかったな!」

「すげー。実際見るとイケメンすね。私服も絶妙」

「そうか? あ……ありがとう」


 イケメン認定されたマリウス。感情が表情に滲み出てる……。


「写真、一緒に撮ってもいいぞ」


 そしてすぐに調子に乗り始めて、柄にもなく格好つける。


「いいんですか?」

「ああ」

「じゃあ、私が撮るよ」


 買って出た私は、男子からスマホを借りて三人の写真を撮ってあげた。


「ありがとうございます!」

「今度はファンミ参加します!」

「ああ。ぜひ来てくれ」


 スタンプラリーに出かけて行く男子たちを、マリウスは爽やかイケメン風に手を振って見送った。


「イケメン勇者さん。顔がニヤけてるよ」

「えっ!?」

「顔バレした上にイケメンて言われてよかったね」

「べっ……別に。イケメンと言われて嬉しいんじゃない。ファンの少年たちに無愛想にする訳にはいかないから……」

「うそ。めちゃくちゃ嬉しそうだよ。ヴィリーだけ顔バレした時、悔しかったもんね。言ったでしょ。マリウスが好きな人はちゃんといるんだよ。だって勇者で主人公だもん」

「そんなことはわかってる」


 と否定しながら、喜びがだだ漏れているマリウス。顔バレしてイケメンて言ってもらえただけで、空を飛びそうなくらい嬉しそうだ。男子に言われてこれだけ喜んでるんだから、女子に言われたら赤鬼くらい赤面するんじゃないだろうか。

 でも。残念なことは異常にあるけれど、小さな喜びがマリウスを支えているんだ。だから、写真を撮る時に微妙にニヤけていてちょっと気持ち悪い顔だったことは、言わないであげよう。あの写真をSNSに載せるかは、男子たち次第だ。


「ファンミに来るってことは。また浦吉に来てくれるってことだよな。やっぱり凄い効果があったんだね、あのイベント」

「私たちも気合が入っちゃうよ!」

「やる気だね中野さん。僕も負けていられないな!」


 気合を競って腕まくりをする中野さんと小西さん。その横で「二人とも頼もしいー」と手を叩く佐藤さん。今日も浦吉町のシニアたちは、町おこしにマイペースに意欲的だ。

 すると、中野さんと二の腕のたくましさ比べをしていた小西さんのスマホが鳴った。電話に出ると敬語で話してるから、たぶん偉い人からだ。

 あ。そうだ。ファンミと言えば……。


「あのさ、マリウス。ちょっと相談があるんだけど」

「何だ?」

「観光協会のSNSに『なし勇』ファンからDMが来てて……」

「ええっ!?」


 その時突然、小西さんは驚愕の声を上げて、驚いた私はマリウスへの相談を中断して注目した。中野さんも佐藤さんも何事かと視線を向けるなか、小西さんは始終呆然とした様子で受け答えをしていて、電話が終わってもその顔は、大事件が起きる予言を聞いたかのような衝撃を受けた表情をしていた。


「どうしたの小西さん。びっくりしたじゃない!」

「ばあさんの心臓止める気?」

「みんな……大変だ」

「何がよ」

「テレビの取材が決まった!」


 まさかの大事件だった!


「うそ! どこの!?」

「東京のテレビとか!?」

「いや。地元の第一テレビ。夕方の番組で紹介したいんだと」

「なんだ東京じゃないの? 芸能人に会えると思ったわー」

「でも、第一の夕方の番組なら『まるシズ』だら(※)。堀ちゃんに会えるんじゃない?」

「そっか! 生のほりちゃんに会えるわ!」


 堀ちゃんとは、地元の超人気ローカルタレントだ。「ちゃん」呼びされてるけど五十代のおば……女性だ。その堀ちゃんに会えるかもしれないと知ったと中野さんと佐藤さんは、文化祭に大好きなアーティストが来ることを知ったJKみたいにはしゃぎ出した。


「あぁ、どうしよう。今から緊張する!」

「当日はオシャレしなきゃ。新しい服買った方がいいかしら」

「それよりもダイエットだら?」

「そうね! 少しでも痩せて、美人に見えるようにダイエットしなきゃ!」


 正直、テレビ局から取材のオファーが来ることは想定していなかった。だけど、地元のテレビ局から見ても取材する価値があるってことだ。ということは。もしかしたらそのうち、本当に東京のテレビ局からも取材の依頼が来たりして。所詮は局地的な突然変異だけど、興味持ったらあり得るのかもしれない。


「観光案内所のSNSをフォローしてくれる人もちょこっと増えたし、浦吉の知名度ももう少し上がるかなぁ」

「ちょうど夏休みで観光客も来てくれてるし、そこにテレビの取材が来たらもっと観光客来るだろうねぇ」

「そしたら今度は何をやろうか?」


 もっと注目されることを喜んで、先のことを考えるのは一向に構わない。シニアが元気なのは町が元気な証拠だって、いつかテレビで言っていたから。だけど、その負担が私にも課せられることをそろそろ考えてほしい頃だ。



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読んで下さりありがとうございます。

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方言補足はこちら


※方言補足

・「だら?」…でしょ?、だろう?

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