第5話 ここでも運なし勇者マリウス



 ファンミ午前の部は、十五分延長して無事に終了した。私たちは午後の部に備えて、一度家に戻ってお昼ごはんを食べた。

 ちなみに誰が一番人気なんだろう、とイベント中見守りながら感覚で私の中で順位を付けてみた。

『なし勇』ファンミーティングのキャラ人気第一位は、ヴィルヘルムス。切れ長の目がクールで顔立ちがいい金髪、背も高くておまけに頭が良いって、女子の大好物物件だ。私の推しはヴァウテル様なんだけど、ぶっちゃけリアルで見たら一瞬浮気しそうになった。この前、原作公式でやっていた人気キャラ投票の時にも、ヴァウテル様といい勝負だったからね。

 人気キャラ第二位は、尖ったけも耳と尻尾と語尾が、男性ファンを中心に安定の好感度のノーラ。キャラ付け感もあるけど、けも耳にあの語尾はやっぱりズルい。身長は160センチくらいで私とそんなに変わらないし、胸のあたりにほしいものが足りない感じ。やっぱ人気の秘密はけも耳か。子供っぽいところも妹感あるし、そこがかわいいんだな。

 そして人気第三位に主人公の勇者マリウス。うん。マリウスはこのあたりかなって思ってた。顔はまぁ、普通よりはいい。でも背は高くて、たけちゃんよりも少し高かったから180センチくらいかな。見た目はあんまり特筆するところはないんだけど、人気の秘密はやっぱり、運がなくても不屈の精神で戦いに挑んでいく姿だ。そこはかっこいいんだよねー、そこは。運がなさ過ぎるのがだいぶマイナスなんだけど、でもそのギャップがいいんだよね。愛されキャラって感じで。

 四番目に人気なのが占い師のヘルディナ。ヘルディナも密かに占いでもてなしてたみたいだけど、その的中率に感動したマリウスが勝手に仲間に引き入れた、Mrs.ミセスミステリアス。フードを被ってると素顔があんまりわからないんだけれど、実はなかなかの美人さんだ。彼女の魅力はやっぱり、ミステリアスな大人の女性ってところかな。あの胸もちょっと羨ましい。あと、占いでも使ってる水晶玉が付いている杖で多少の魔術も使える。

 そして、『なし勇』ファンミ人気五番目が怪力のティホ。ティホはめちゃくちゃマッチョで身体デカくて怪力人間なんだけど、もうお気付きの通り、寡黙でほとんどしゃべらないせいでちょっと存在感が薄いキャラ。見た目が厳ついから怖がられがちだけど、しゃべりは優しいし、実際優しい心の持ち主だし、森で寝ていれば小動物が集まって来るから実は癒やしキャラだったりする。本当にいいやつなんだよ、ティホは。小説の五巻にグッとくる過去エピソードが書かれてるから、ぜひ読んでほしい。

 と、こんな感じだ。これをみんなに報告したら、約一名の心境が穏やかではなくなった。


「なんでヴィリーが人気一位なんだ! 主人公で勇者の俺が一位じゃないの、おかしいだろ!」


 自分から訊いてきたくせに、さっきからこの調子だ。厳密にカウントした訳じゃないって言っているのに、納得がいかないらしい。


「仕方がないだろう。オレが一番イケているとファンが判断しているんだ。これが民意なのだから受け入れろ」

「民意って。ファンミは選挙じゃないから」

「しかも、なんでノーラが二位なんだ! 確かに、けも耳でかわいいから男どもは惹かれるかもしれないが、けも耳に騙されてないか? 俺は人間で勇者で主人公なんだぞ!?」

「マリウス酷いニャ! ノーラは騙してなんかないニャ!」

「だって一番人気だと思ったんだよ。主人公だし、勇者だし、それなりに活躍してるから。みんな俺のことそんなに好きじゃないのかよぉ〜」


 不満を並べ立てた次は、そうめんを食べながら啜り泣くマリウス。食べるか泣くかどっちかにして。


「マリウスはもしかして、運なしを汚名返上したかったの? まぁ確かに運のなさの実力を発揮しちゃってるけど、別にみんなマリウスが嫌いって訳じゃないよ。このイベントはただのエンタメだからね。こんなこといちいち気にしてたら、勇者なんて務まらないよ?」

「舞夏……」

「まだ午後もあるんだし、もしかしたら順位逆転するかもだよ。だからそんなにヘコまないでさ、シャキッとしなよ」

「そうですわ。まだチャンスはありますわよ」


 励まされて元気を取り戻してきたマリウスは、箸を置いて真剣な表情でヘルディナに申し出た。


「ヘルディナ、頼みがある。俺の人気を上げるにはどうしたらいいか占ってくれ!」


 ヘルディナの占いに頼り始めた。自分の運命を占いに託すの、勇者としてどうなの。


「わかりましたわ」


 占ってあげるんかい。まぁ、いつものことと言えばいつものことだ。最初の出会いで奇跡的に占いが当たってから、マリウスは時々ヘルディナに頼ってるんだよね。

 ヘルディナは杖を出して水晶玉に手を当てて占いを始めた。水晶玉がほのかに発光して、マリウスの運命を見通した。


「見えました。ファンの皆さまがちゃんと応えてくれますよ、マリウス」

「そうか。なら安心だ!」


 マリウスの目に希望の輝きが戻った。その占いが本当に当たればいいけどね。





 そして二時からのファンミーティングにも、百人以上のファンが集まった。午前中で大体のやり方がわかったマリウスたちは、もう慣れた感じでファンと触れ合っていた。魔術も使わずにいてくれたんだけれど、どうやら午前の部で魔術体験をしたファンがSNSに感想を投稿したらしくて、リクエストをする人もいた。コメントを見ても魔術を疑っている人は一人もいないし、今後もやっていいやつか検討してもいいのかも。

 そして、午後の部も滞りなく進んで、予定を二〇分延長して終了した。


「みなさん。初めてのファンミに来てくださり、ありがとうございました!」


 駐車場にイベント終わりを待ってくれていたお客さんたちに言うと、お客さんたちは拍手を送ってくれた。マリウスたちが退場する時も笑顔で手を振ったり写真を撮っていて、本当に楽しんでくれたんだなと感じた。

 こうして、初回の『なし勇』ファンミーティングは大成功で終わった。

 片付けは大人に任せて私はみんなと一緒に帰宅して、ちーちゃんの料理を囲んでファンミお疲れさま会を開いた。


「みんなお疲れ。慣れないことやって疲れたでしょ」

「ノーラは楽しかったニャ!」

「オレは気疲れした」

わたくしもです。でも悪くないイベントでしたわね」

「ああ。人生で初めての経験ができたしな」

「オレも……」


 マリウス以外の四人は初体験で右も左もわからなかったけど、今回のイベントを有意義に感じてくれたみたいだった。


「来てくれたファンのみんなが喜んでるの見てて、私も嬉しかった。午前と午後で合わせて二七〇人も来てくれたし、初めてにしては上出来だよね。本当、みんなのおかげだよ。これからも、町おこしに協力してくれるかな」

「もちろんやるニャ!」

「悪い気分にはならなかったからな」

「ねえ、マリウスは……って。どこ行った?」

「マリウスくんなら、そこよ」


 と、ダイニングでたけちゃんと一緒に缶ビールを傾けるちーちゃんが、リビングとの境にある柱を指差した。そこには丸まって生気がない何かがいた。


「えっ。DQNいるんだけど」


 マリウスの声がさっきから全然聞こえないと思ったら、体育座りして壁にぴったりくっついて、「どよ〜ん」という効果音がバッチリ合う陰気臭さを漂わせていた。


「マリウス。まだ落ち込んでるニャ?」

「だって。ヘルディナの占い、当たらなかったんだぞ」


 ヘルディナの占いのおかげで、午後のファンミは必ず人気順位一位になってやる! と意気込んでいたマリウスだったけれど、午後も結局順位は変わらずで、主人公として中途半端な結果で終わった。そのショックを引きずっているみたい。


「当たらなかったものは仕方がないだろう。それに、こんなことは一度や二度じゃないとお前も知っているだろう」


 そう。ヘルディナの占いは必ず当たるんだけど、マリウスを占う時だけは“匂わせ占い”になるのだ。今回の占いも「ファンのみんながちゃんと応えてくれる」という結果だったけれど、はっきりと「マリウスが人気一位になる」とは言っていない。マリウスが占ってもらう時は、毎回いい結果を大いに期待して期待外れのカウンターを食らうという、お決まりの流れだ。

 それをもう何度か繰り返しているからそろそろ学習するべきなんだけれど、マリウスはヘルディナの占いを頼り続けている。ヴィルヘルムスたちはそれに呆れ返っていて、流れを知っている私も半ば呆れていた。


「マリウス。いちいち気にしたらダメだって言ったじゃん。別にガチのファン投票じゃないし、マリウスが人気がない訳じゃないから」

「わかってる。わかってるけどさぁ〜……」


 私が励ましても、泣きそうな声が返ってくるだけだ。

 前世からの絶望的な運のなさを引き継いだマリウスは、勇者になる資格があることがとても嬉しかった。だからマリウスにとって勇者の自分は誇りで、自慢なんだと思う。自分のカッコ良さを全てのファンが知ってくれていると思っていたんだろう。それがこの結果だから、期待していた分、余計に傷付いているのかも。

 全く、世話の焼ける勇者だ。私は箸を置いて、マリウスの側に近付いてしゃがんだ。


「元気出しなよ。ファンミは今日だけじゃないから。だから次、頑張りなよ」

「またやるのか?」


 マリウスは潤んだ目を私に向けた。本当に泣きそうになってたんだ。間違っても、「もうそろそろ自分の運のなさを認めた方がいいんじゃないの?」なんてこの顔を見て言えない。微笑んで元気付けてあげるしかない。


「マリウスの活躍はみんな知ってるんだから、嫌いなファンなんている訳ないじゃん。マリウスは主人公で勇者なんでしょ。そんな弱っちい姿見せた方がファン減るよ」

「そうだぞマリウス。たかがイベントに本気になってどうする」

「そうニャ。これは娯楽なんだから、熱くなっても意味ないニャ」

「それにファンの皆さまは、私たちをランク付けするために来たのではないのです。会いたくて来て下さったのですよ」

「……みんな、喜んでた」

「お前たち……」


 ヘルディナとティホの励ましは受け入れられるとして、ヴィルヘルムスとノーラは勝者の余裕が滲み出ていていけ好かない気がするのは私だけかな。そんなことは微塵も気にならないマリウスは、仲間たちの言葉に励まされて元気を取り戻した。


「ありがとう。お前たちのおかげで、次への意欲も湧いてきそうだ」

「その意気だ」

「俺は勇者だ。物語の主人公だ。ファンミ人気三位がなんだ。次こそは人気一位を獲ってやる!」


 元気と気力と闘争心を取り戻したマリウスは立ち上がり、気合の拳を突き上げた。


「いや。だからファンミは人気投票じゃないから」

「余裕こいてるのも今のうちだぞヴィリー。次のファンミでは、お前を遥かに超えたファンを獲得してやる!」

「やってみろ。受けて立つ」

「ノーラも一位を狙うニャ!」

「いいだろう。一位の座を懸けて勝負だ!」

「だから趣旨が違う……」


 もういいや。私の声は耳に入ってないみたいだから。


「一位争いするのはいいけど、平和的にね」


 魔術とか使ったら謹慎処分にしよう。

 何はともあれ。今回は手応えがあったし、SNSの口コミで次はさらにお客さんが増えるかもしれない。来週も集客に期待して開催できそうだ。

 気が付けば私も、自覚がないうちに町おこしに本気になっていた。地味で存在感がない浦吉町は、正直、好きとは言えない。でも、大好きな町の人たちがいて、その人たちが好きなこの町をもっと盛り上げたいと思っている。みんなが笑顔になるなら、私はその手助けをしたい。大好きなみんなのために。



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