第3話 後継人
愛理はローナに尋ねる。
「あの……、後継人って……?」
「教会に入るのに必要なわけではないけど、後継人のいないシスターやブラザー見習いはほとんどいない。親が後継人としての役割を果たすことが多いし、親のいない見習いの後継人になるのは貴族の慈善活動の一種みたいなものでね。貴族が平民出身の魔力量の多い見習いを引き取って後継人になることもあるんだ。ただ、中には後継人になり、教会との繋がりを持ちたいと考えている野心家も多い。アイリは魔力量も豊富そうだし、後継人のいない状態で洗礼式を受けたら貴族たちがこぞってアイリの後継人を申し出てくるだろう。どの道、後継人をつけるなら人柄の良く分かっているイアン様に頼むのが一番だと思ったの」
その説明を聞いて、イアンも納得したようだ。
「後見人を引き受けるのはいいが、うちは騎士の家柄。アイリのためになるのだろうか。教会と繋がりの深い貴族の方がいいのでは?」
「この時期だ。あまり教会と繋がりがある貴族だとアイリには酷だと思うよ」
ローナの意見にジュリアスも同意する。
「僕もそう思います。いずれ元居た場所に帰るかもしれないアイリは、エヴァンス家のような教会と関わりのない家の方が気楽にやれると思います」
ローナとジュリアスに説得されたイアンは頷いた。
「シスターローナとジュリアスがそう言うなら。それに事情を知っている俺が後継人に就いた方がいいか。分かった。引き受けよう。いくつか先に決めておきたいことがある。まず、アイリ、君の名前についてなんだが、ここでは『アイリ』という名は珍しい。……そうだな。似た名前でアイリーンというものがある。今後はアイリーン・エヴァンスと名乗るように」
――外国人の名前であまり馴染まないけど、それが条件ならしょうがないか……。
愛理はそう考えながら頷いた。
「はい」
「それから、アイリの出身は東部ということにしよう。東部には俺の遠戚がいるから、そこから預かったことにする」
「分かりました」
イアンは何度か頷き、それからローナに尋ねた。
「次の洗礼式はいつになる?」
「五月十五日の洗礼式が一番近いと思うけど、参加できるかは戻ってから確認してみるよ」
「よろしく頼む。それから、アイリに服を貸してやってはくれないか? この服装で王都に戻るのは目立つだろう」
「そうだね。私の服を貸そう。持ってくるよ」
ローナが席を立つと、それをラウラが止めた。
「それなら、わたしが貸します」
「身長を考えたらあたしの方がいいよ。ラウラのだと大きいよ」
ローナはそう言って、テントから出て行った。
「アイリ。このあとの予定だが、今日はもう日が暮れるから、このままここで野営にする。テントはそうだな、ラウラのところに頼めるか?」
イアンに尋ねられ、ラウラはこくんと頷いた。
「明朝、王都へ戻る。アイリは、教会に入るまではうちで過ごすことになる。家には妹がいる。アイリの二つ年上か。名はマリアンヌという」
イアンはそう言って微笑んだ。
「ありがとうございます。お世話になります」
愛理はそう言って、深々と頭を下げた。
しばらくして、ローナは服と靴を持って戻ってきた。
「着替えさせるから、衝立の奥を借りていい?」
イアンが頷いたのを見て、ローナは愛理の手を引いた。
「アイリ。おいで」
二人は衝立の裏へ回ると、そこには簡易ベッドが置いてあった。
ローナは持っていた服をベッドの上に置き、床には靴を置いた。
そして、ローナは衝立の向こう側へと戻っていった。
愛理は置かれた服を広げてみた。
上は白いブラウスで、下は踝丈の赤いスカートだった。スカートは前にある紐でウエストを調整するようだ。靴は皮のショートブーツだ。
試行錯誤しながら着てみると、スカートは少し長いが動くのに支障はなさそうだ。なにより、スカートが思ったよりもふんわりとしていて可愛かった。
愛理が衝立から出ると、ローナが近づいてきて、軽く服を直してくれる。
「いいじゃない。ルイスフィールドの人っぽく見えるよ。髪が黒っていうのが、まぁ、珍しいけど、いないわけじゃない」
ジュリアスは立ち上がって言う。
「じゃあ、飯にしましょうよ。腹減りました」
ジュリアスに続いて、ラウラも立ち上がった。
「わたしも手伝う」
ジュリアスとラウラの二人は連れ立ってテントを出て行った。
そういえば、先ほどから美味しそうな匂いが漂ってくる。
イアンは愛理に尋ねる。
「腹は空いているか?」
今までは緊張していたからか空腹を感じなかったが、一通り決まって安心したのか急にお腹が空きはじめた。
ローナは眉間に皺を寄せて言う。
「あんまり期待しない方がいいよ、遠征の料理は」
ジュリアスとラウラの二人が戻ってきた。
机の上にパンの入った籠と、スープの入った小さな鍋を置いた。
ラウラは人数分の木の皿にスープを注ぐ。
ローナは水差しを見て言う。
「水がもうないね」
ローナは腰に差していた杖を取り出して水差しに向けると、杖の先から水が流れ出てきた。
愛理は感嘆の声を漏らす。
「わぁ」
漫画やアニメでしか見たことがないことが目の前で起こっているのだ。愛理は興奮を隠せない。
ローナはそんな愛理を横目で見る。
「そんなに驚く? アイリのいたところでは魔法はないの?」
「ないです。初めて見ました」
「初めてではないでしょう。さっき自分でも爆発を起こしていたじゃない。教会に入ればたくさん訓練するよ」
ジュリアスは愛理の肩を叩いて言う。
「アイリは俺と同い年だから、一緒に訓練するときもあるよ」
「ジュリアスさんは……」
愛理が言うと、ジュリアスは顔の前で手を振った。
「呼び捨てでいいよ。俺もアイリって呼ぶし。いや、アイリーンか」
愛理は頷いてから尋ねる。
「ジュリアスも教会に入っているの?」
ジュリアスは首を横に振ってから、胸に手を当てて誇らしげに言う。
「いや。俺は王立騎士団員だよ。魔法騎士さ」
イアンは苦笑した。
「まだ見習いだろう」
「魔法騎士……?」
愛理はイアンに視線を向ける。
イアンはその視線に気がついて言う。
「俺は魔法騎士ではないよ。そんなに魔力量がないんだ。洗礼式ではDランクだった」
ジュリアスは補足するように言う。
「魔法騎士になるにはシスターやブラザーと同じく、Cランク以上の魔力量がないとダメなんだ。ちなみに、俺はBランク」
ローナは自慢げなジュリアスを茶化した。
「さすがは名門ランドール家のお坊ちゃまだね」
ジュリアスは少しむすっとした。
「家の名前を出すのはやめてくださいよ」
「代々教皇を輩出している名門じゃないさ。姉のアンジェリカだって、今回の教皇選抜試験の候補に挙がっているだろう。なにが不満なのさ」
「だからですよ。生粋の教会の血筋の僕が、教会じゃなくて騎士団を選んだんです。肩身が狭いんですよ」
「なら、教会にすればよかったのに」
ジュリアスは首を横に振った。
「優秀な姉と比べられながら生きていくよりも、憧れのイアン様と一緒に騎士を目指した方がやりがいありそうだなって思って」
ローナは苦笑した。
「苦労しているんだね。ジュリアスも」
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