第30話 新年会と表彰式

 年が明けた一月一日、王城で開かれる新年会当日である。

 愛理は朝から支度に追われていた。


 今回の新年会は討伐で多くの人が亡くなったため、少し規模を縮小して行われるという。

 愛理たちもドレスは新調せず、愛理は洗礼式で着たドレスに合わせたコートだけ新調した。

 今回の新年会は表彰式も兼ねており、愛理が表彰されるため、エヴァンス家は特別の招待を受けていた。王城から迎えの馬車が来ているのだ。

 愛理、イアン、マリアンヌは馬車に乗り、王城へ向かう。

 愛理は緊張した面持ちである。

 表彰を受ける際の礼儀作法は教会でも仕込まれ、エヴァンス家に戻ってからはイアンとマリアンヌとも一緒に確認した。


 王城に着くと、専属の使用人がついて、愛理たちを会場へと案内した。

 今回は着席形式で行われる。

 他の出席者よりも少し早めに来ているので、会場にはまだあまり人はいない。

 会場の前方には一段高い席が設けられていて、そこは王族の席である。

 そのすぐ正面にエヴァンス家の席が設けられていた。

 愛理が着席しようとすると、椅子を使用人が引いてくれた。

 それから、使用人が今日の式の流れを説明してくれる。愛理は真剣に聞き入った。

 それが終わる頃には、会場は賑わいはじめていた。

 マリアンヌが愛理の肩を叩いて落ち着かせる。


「大丈夫よ。練習してきたじゃない」

「うん」


 けれど、まだ愛理の表情は硬いままだ。


 しばらくして会場に王族が入場してくると、全員起立してお辞儀をする。

 王族が席に着くと、全員席に座った。

 使用人が尋ねる。


「アイリーンお嬢様。ワインと葡萄ジュースどちらになさいますか?」

「葡萄ジュースでお願いします」


 愛理のグラスに葡萄ジュースが注がれた。

 新年会の開始が近づいてくると同時に、愛理の鼓動は早くなっていく。

 王であるジャレッドが立ち上がった。


「昨年は討伐で多くの犠牲者を出し、悲しみはいまだに癒えない。まずは、亡き英雄たちに哀悼の意を表して祈ろう」


 会場にいる人々は黙とうを捧げる。

 しばらくしてジャレットは言葉を続ける。


「そして、王都をファイアーバードの襲撃から守った者たちへ感謝の意を表する。中でも、雷の魔法を操り、多くのファイアーバ―ドを落としたアイリーン・エヴァンスの活躍は本当に素晴らしいものであった。その功績を称え、ここに表する。アイリーン・エヴァンス。ここへ参れ」


 愛理は立ち上がり、ゆっくりと王家の前へ出る。

 ジャレットはテーブルの前まで移動した。愛理はその前に跪く。

 ジャレッドが言う。


「よくぞ王都を守ってくれた。心から感謝する」

「身に余る光栄に存じます」

「顔を上げよ」


 愛理は慎重に顔を上げた。

 ジャレッドは側仕えから杖を受け取る。それは式典用の大きな杖で、精巧な細工が施された杖だった。大きな精霊石が付いている。

 ジャレッドはそれを愛理に差し出す。


「これは余からの感謝の品である」


 愛理は恭しく杖を受け取った。


「過分なお心遣いの品を頂き、誠に感謝いたします」


 会場からは拍手が起こる。立ち上がって、拍手している者もいる。

 愛理は立ち上がり、ジャレッドにお辞儀をした。それから、会場にもお辞儀をする。

 愛理はゆっくりと席へと戻ると、イアンとマリアンヌは頷いて温かい拍手をくれた。

 使用人が賜った杖を預かって行った。

 一仕事を終えた愛理はほっと息を吐く。

 ジャレットも席へ戻り、今度はグラスを掲げると、会場にいる人々も立ち上がり、グラスを掲げた。


「新しい年を迎えた。女神ララーシャ、地の精霊ノーム、水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフ、火の精霊サラマンダーのご加護がみなにありますように。乾杯」

「乾杯」


 愛理は葡萄ジュースを飲んだ。緊張して喉はカラカラだった。

 料理が運ばれてくる。

 前菜は玉ねぎのムース。

 円卓の真ん中に籠に入ったパンが置かれた。

 しばらくすると、透き通ったコンソメスープが運ばれてきた。

 魚料理は鱈のアクアパッツァ。

 続いて、レモンのソルベ。

 肉料理はしっとりとしたヒレステーキ。

 愛理が舌鼓を打っていると、王太子のアルフレッドがやってきた。

 愛理は慌てて口を拭き、立ち上がってお辞儀する。

 アルフレッドが言う。


「アイリーン、此度の討伐での活躍は聞いている。余からも感謝を言わせてくれ」

「身に余る光栄に存じます」

「そう硬くならずともよい。食事を続けよ」


 愛理は再度お辞儀をして、アルフレッドを見送った。

 そして、愛理はヒレステーキを食べようとすると、今度はルイーズが男性を伴ってやってきた。


「アイリーン、わたくしのお父様がご挨拶をしたいそうですわ」


 ルイーズの父親はウィレット侯爵であり、宰相だ。白髪交じりの赤髪で紳士な細身の男性だった。

 愛理は立ち上がってお辞儀をする。


「お初にお目にかかります。アイリーン・エヴァンスと申します」

「存じております。アイリーンお嬢様。わたしは宰相を務めておりますアラン・ウィレットと申します。学院ではルイーズがお世話になっているそうで。一度ご挨拶をしておきたいと思っていたのです。この国の英雄に」

「英雄だなんて……」


 愛理は恥ずかしくなって俯く。

 すかさずルイーズは言う。


「アイリーンは英雄ですわ。あの一番大きなファイアーバードが落とせなかったら王都に甚大な被害が出ていたところでしたもの。わたくし、同じ砦にいて、アイリーンの魔法を見た時には鳥肌が立ちましたわ。誰が魔法で天の意思である雷を起こそうなどと想像できますか。雷をイメージできたアイリーンは天才ですわ」

「はは。家に帰ってきてから、ルイーズはずっとこの調子で君のことを話しているよ。この国の宰相として、王都を守ってくれたこと感謝いたします」

「そのようなお言葉をいただけて恐縮です」


 愛理はお辞儀をした。

 それから、愛理は他の方たちからもひっきりなしに話しかけられた。

 愛理がやっと席に着けた時には、半分ほど残っていたヒレステーキは下げられており、デザートのイチゴのミルフィーユとお茶がテーブルに並んでいた。


 ――ステーキ……。食べたかった……。


 愛理は気持ちを取り直して、イチゴのミルフィーユを口にした。

 イチゴの甘酸っぱさとパイのパリパリ感が口いっぱいに広がり、愛理の疲れを癒してくれる。

 愛理がミルフィーユを食べ終えてすぐに、ジャレッドが新年会の閉会を告げた。



 愛理は帰りの馬車に乗り込む前に、使用人から賜った杖を受け取った。

 馬車に乗って愛理は息を吐く。無事に終わって、愛理の緊張の糸が完全に解けた。

 向かいに座るイアンが言う。


「お疲れ様、アイリーン」


 マリアンヌも笑みを浮かべて言う。


「立派だったわよ。帰ったら、メアリーとジェームズにも聞かせてあげないと」


 愛理は照れた笑みを浮かべた。



 それからしばらくして、教皇選抜試験の候補者が発表された。

 候補者は四人。

 一人目は王女であるレイチェル・サラ・ルイス。

 二人目は教皇の娘であるアンジェリカ・ランドール。

 三人目は治療院の院長であるジョアンナ・インファンテ。

 そして、四人目は学院生のアイリーン・エヴァンス。

 まだ学院の生徒である愛理は異例の抜擢であった。大規模討伐の功績を認められた結果で、誰もが納得していた。

 教皇選抜試験は四月に開始される。

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ルイスフィールドの聖女~異世界転移した世界で魔王が復活するそうなので全力で阻止します!~ 冬木ゆあ @yua_h

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