第29話 魔物の襲撃②

 雷鳴が終わり、しんと静かになったのでローナが言う。


「終わったようだから防御魔法を解除しよう」


 ローナたちが防御魔法を解くと、地上には雨が降り注ぎ、地面には多くのファイアーバードが落ちている。

 それを見てイアンが叫ぶ。


「好機だ! この好機を逃すな!」


 騎士たちが雄叫びを上げて駆けだす。

 イアンたちも落ちたファイアーバードに向かって走り出す。

 ローナの隣にいるラウラがぼそっと言った。


「アイリーン?」


 ローナがはっとしたようにラウラを見る。


「あたしもそんな気がしているんだ」


 アンジェリカはまさかと言った表情をしている。


「アイリーン、あの子が雷の魔法を使ったですって? アイリーンはまだ中級クラス。けれど、今の雷が魔法だとしたら、上級魔法ですわよ」


 けれど、イアンは砦を見つめて言った。


「俺もだ……。アイリーンがやった。そんな気がしてならない」


 ジュリアスも頷いていた。



 愛理が目を覚ますと、そこは治療院だった。

 うめき声やすすり泣く声が聞こえる。

 起き上がると、そこには傷を負ったシスター、ブラザー、騎士の姿があった。

 愛理は床に敷かれた布の上に寝かされていたようだ。

 起きた愛理に気がついたドロシーが駆け寄ってきた。その制服は血で汚れている。


「アイリーン、目が覚めた? 気分はどう?」

「うーん。くらくらする」

「魔力切れだって。しばらく魔法は使えないよ」


 愛理は痛む頭に手を当てて尋ねる。


「砦は? どうなっている?」

「今は残ったファイアーバードと戦闘しているところ。でも、もうそんなに数はいない。大きいファイアーバードはもう地上の騎士たちが倒したみたい」

「他のみんなは?」


 ドロシーの表情が暗くなる。


「一年ではマージェリーが死んだ。右半身が焼け焦げてしまって、治療院につくまでに息絶えてしまった。キャサリンとアンソニーも治療中。ダイアンとルイーズはまだ砦にいる」

「マージェリーが死んだ……。そんな……」


 愛理は震える手で口元を抑えた。

 そこへまた、うめき声を上げている怪我人が運び込まれてきた。

 愛理は、はっとしてドロシーを見た。


「私もなにか手伝う」


 愛理はいてもたってもいられず、立ち上がろうとするが、眩暈がして手をついた。

 ドロシーが愛理を倒れないように支える。


「しばらくは動けないよ。アイリーンはよくやってくれた。今は安静にしていて。それにレイチェル王女殿下が治療の応援に来てくれている。治療院の方も大丈夫」

「そう。よかった……」


 愛理はほっとした。もうこの悪夢は終わろうとしているのだ。そう思ったら、急に眠気が襲ってきた。

 ドロシーは眠った愛理をそっと寝かせた。



 愛理が動けるようになったのは翌日だった。

 治療院では朝食のパンとスープが配られている。

 重症の怪我人も治癒魔法で回復し、一段落がついた様子だった。

 愛理はソフィー、カレン、ルイーズ、キャサリン、ダイアン、アンソニーとも再会した。

 みんなの無事を喜び、亡くなったマージェリーを悼んで涙を流した。

 そして、大きなファイアーバードを落とした雷の発動主が愛理であると噂が広まっていた。



 教会は後処理に追われ、学院は三日間休みになった。

 愛理はエヴァンス家へ一度帰ることにした。イアンの安否が気になったからだ。

 愛理がリビングに顔を出すと、マリアンヌが抱きしめてきた。


「アイリーン! 無事でよかった! 砦で教会の学院生も戦っていると聞いて、生きた心地がしなかった……! ああ、女神ララーシャと、火の精霊サラマンダーのご加護に感謝いたします……」

「マリア……!」


 愛理はマリアンヌの温かい腕に抱かれて、ファイアーバードとの戦闘後、はじめて安堵感を感じることができた。溢れてくる涙が止められない。


 街は無事だったが、討伐に参加したシスター、ブラザー、学院生、騎士の人的被害が多かった。

 砦ではシスター、ブラザー、学院生が五名、騎士は九名が亡くなった。

 討伐隊ではシスターが二名、騎士は六名が亡くなった。

 愛理にとって、とても辛い経験だった。

 愛理は自分の体験をマリアンヌに話して聞かせた。

 マリアンヌは嗚咽を漏らす愛理の背中を撫で続ける。


「そう。同級生の子が亡くなったの……」

「イアン様は無事?」

「お兄様は無事よ。昨日、一度顔を見せに来てくれたけど、すぐに騎士団に戻ったわ」

「無事だったんだね。よかった……」


 愛理は胸を撫で下ろす。

 そこへちょうどよくイアンが帰ってきた。

 マリアンヌは驚いた顔でイアンを見る。


「帰りが早かったわね。なにかあったの?」

「いや、交代で休みを取ることにした。今回の討伐は厳しかったからな。アイリーン、無事でよかった。女神ララーシャと、火の精霊サラマンダーの加護に感謝しなければ」

「イアン様も無事でよかった……!」


 愛理はイアンの無事もこの目で確認できて、止まりかけていた涙がまた零れた。

 イアンは愛理が泣いているのに気がつき、そばに寄る。


「怖かったか?」


 愛理は何度も頷いて、イアンに抱きついた。


「初陣がこれではな。砦は特に被害も多かった」


 イアンは愛理の背中をポンポンと叩く。

 イアンは続けて愛理を励ました。


「砦にアイリーンたちがいてくれたから、街に被害はなかった。よく頑張ったな。それに、あの雷の魔法はアイリーンだったんだろう?」


 愛理は顔を上げて、イアンを見る。


「何で知っているの?」

「砦にいた騎士たちが黒髪のシスターがやったと言っていたからな。すぐにアイリーンだと分かった」


 イアンやマリアンヌと話して、愛理は日常が戻ってきたのだと実感することができた。

 ソフィーをひとりにしておくのが心配だったので、愛理はその日のうちに寮に戻った。

 


 ファイアーバードの襲撃から四日後、やっと教会は通常通りになった。

 朝のお祈りを捧げ、今日は枢機卿のゾーイではなく、教皇のマーガレットが朝の連絡事項を話しはじめた。


「この度の討伐、ご苦労様でした。仲間の中には女神ララーシャの元へ旅立った者たちもいます。後日、追悼式を行います。皆で亡くなった者たちが無事に女神ララーシャの元へ行けるよう祈りましょう。さて、今回、王都の危機を救ったとして、王家より労いのお言葉をいただきました。中でも、雷の魔法を操り、多くのファイアーバードを落としたアイリーンは、王家より特別に表彰されるとのことです。表彰式は新年会で行われます」


 わぁっと教会中から拍手が起きた。

 愛理はびっくりして状況が呑み込めずにいた。

 マーガレットが大きな杖を翳すと、教会は静かになった。


「アイリーン。この度の功績はとても大きいのですよ。あなたが思っている以上に。多くの人を助けたのだから」



 それから一週間後の週末に慰霊碑の広場で追悼式が行われた。

 亡くなった人たちを女神ララーシャの元へ送る儀式である。

 マージェリーと二年の学院生が亡くなっているため、学院生である愛理たちも参列していた。

 王城からは王のジャレッドと王太子のアルフレッドが、騎士団からは騎士団長が参列している。

 亡くなった人たちの家族や親しい人たちとともに慰霊碑の前で祈りを捧げた。

 愛理は慰霊碑の前にリンドウの花を捧げる。

 マージェリーとは入学した当初はあまりいい関係を築けなかった。

 けれど、最近は一年生同士の身分差の壁も取り払われて、クラスの雰囲気も良くなってきていた。


 ――もっと話したかったよ。マージェリー。


 今日はマージェリーのために、愛理は涙を流した。

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