第4話 野営地の夜
ラウラが配膳し終わったのを見て、イアンは言う。
「さぁ、食事にしよう」
それを合図にみんなが手を組んだので、愛理も慌ててそれを真似て手を組む。
イアンは祈りの言葉を捧げる。
「女神ララーシャ、大地の精霊ノームよ。この恵みに感謝を」
祈りを終えると、みんなが一斉にパンに手を伸ばす。
愛理は手を合わせて小さく言う。
「いただきます」
愛理もパンに手を伸ばした。
パンの表面は固そうだ。
愛理がそのままかじろうとすると、隣にいたローナが慌ててそれを止めた。
「こうやって割って、スープで柔らかくして食べるといいよ。そのまま食べたら固いし、ぼそぼそするよ」
それから、愛理に見本を見せるようにして、ローナは一口食べた。
愛理もそれを真似して食べる。
――スープを吸わせてもまだ固い。朝食で食べた食パンが恋しい……。
愛理は気持ちを取り直して、今度はスープに入った肉をスプーンですくって食べた。ちょっと臭みはあるがまずくはない。
ローナは食べながら満足そうに言う。
「最終日だからか、塩も野菜もたっぷり使ってあって美味しいね。昨日なんて、野菜の上澄みかなっていうスープだったのに……」
ジュリアスも嬉しそうに言う。
「今日はビッグウルフを討伐できたから、肉も入っている」
「あたしは、狼の肉はあんまり好きじゃないね。ちょっとクセが強くない?」
ラウラはぽそっと言う。
「わたしはこのクセが好き」
愛理は吐き出しそうになるのを我慢して、なんとか飲み込んだ。
食事を終えると、ローナとラウラは自分のテントに戻ると言って、愛理を連れてテントを出た。
テントは円を描くように設置されており、中央は広場のようになっていた。
そこで炊き出しを行い、騎士たちの何人かはその場で食事をとっている。
ローナは中央で炊き出しを行っている騎士に使用済みの食器を渡した。
「ごちそうさま」
それから、ローナはラウラと愛理を振り返り、提案した。
「川へ行かない?」
川はテントのすぐ裏にあった。
そこでは騎士たちが鎧を脱いで服のまま水浴びをしていた。
ローナは言う。
「あたしたちは足だけね。ああ。早く帰って湯あみしたいね」
ラウラも頷いた。
「五日もまともに髪が洗えていなくて、気持ち悪いです」
ローナとラウラは川の淵の岩場に腰掛けて、靴を脱いだ足を川に入れる。
愛理もラウラの隣に腰掛けて、そっと川に足をつける。
水はまだ冷たかった。
愛理はさっと足を洗って、すぐに足を上げた。
それを見たローナは笑った。
「川の水はまだ冷たいね」
ローナはタオルを愛理に渡した。
それで足を拭いた愛理は靴を履いて、膝を抱くようにして座った。
空を見上げると、綺麗な星空が見えた。
川のせせらぎの中に兵士たちの笑い声も聞こえる。
討伐を終えて、みんな気楽な夕食後を過ごしているようだった。
いつの間にか支度を終えたローナが言った。
「そろそろ戻ろうか」
愛理たちはローナとラウラのテントに入ると、寝床を整えてすぐに横になった。
愛理は眠れずにテントの天井を仰ぎ見る。
地面の上に布を敷いただけなので、背中にはごつごつとした感覚がある。
ラウラを挟んだ向こうにいるローナはすでに寝息を立てていた。
しばらくして、ラウラは起き上がり、愛理の方を見た。
愛理は咄嗟に寝たふりをする。
ラウラはランプを持って、そっとテントを出て行った。
時折、テントの近くを誰かが横切る気配がする。
それ以外はしんと静かだった。
すると、愛理の心にまた不安な気持ちが押し寄せてきた。
――今頃、私がいなくなって大騒ぎになってないかな? ママとパパに会いたい……。
愛理の黒い瞳に涙が溢れてくる。
「帰りたい……」
愛理はそう呟いた。
ちょうどテントに戻ってきたラウラに聞かれたようで、ラウラがランプで愛理を照らして尋ねる。
「もしかして、泣いている?」
ラウラは答えない愛理に水の入った木製のコップを差し出してくれた。
「……ありがとうございます」
愛理は水を一口飲んだ。
ラウラは愛理の横に座った。
「不安……? 大丈夫。イアン様が後継人になってくれた。彼はいい人。頼ったらいい。教会に入ったら先生もわたしもいる。だから、大丈夫。それより、今は寝た方がいい。明日は王都まで三の鐘分くらい歩く」
「三の鐘分?」
愛理が首を傾げる。
ラウラは少し考えた後、答えた。
「朝出発して、昼前くらいに着く。三時間はかかる」
愛理は大きな声を出しそうになって口を押えた。
「そんなに歩くんですか?」
「だから、眠れなくても横になった方がいい」
ラウラはそう言って、ランプの火を吹き消して横になった。
愛理もラウラの横に寝転がった。
ラウラと話したら、少しだけすっきりとした。
――そうだ。ラウラさんの言う通り、イアン様が後継人になってくれた。教会に入っても、ローナさんとラウラさんがいる。この知り合いのいない世界で、手を差し伸べて、ひとりにしないでくれた人たちがいる。
愛理は自分にそう言い聞かせて、今はなるがままに任せようと思った。
――まずは、ルイスフィールドを知ることからはじめよう。それから、帰る方法も探そう。ルイスフィールドへ来ることができたのだから、家に帰る方法だってきっとあるはず。
愛理はそう気持ちを持ち直した。
ラウラの「大丈夫」という言葉を心の中で繰り返しているうちに寝息を立てはじめた。
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