第5話 王都へ①

 朝食を終えた後、一斉に撤去作業がはじまり、ローナとラウラは自分たちのテントの中の荷物を整理した。

 その後、騎士たちが素早くテントを解体し、荷馬車に積んでいく。

 あっという間にテントが張ってあった広場は空き地になった。


 食料が減ったことで、荷馬車にスペースが空いた。

 そのため、愛理、ローナ、ラウラの三人は荷馬車に乗せてもらえることになった。

 

 イアンが出立の号令を出すと、一行は王都へ進みはじめた。

 荷馬車はお世辞にも乗り心地がいいとは言えなかったが、三時間以上歩くよりはましだと思えた。

 

 荷馬車が通れるくらいの獣道を抜けると大きな通りに出た。

 一行は途中で休憩を挟みながらゆっくりと進んでいく。



 二時間くらい経つと、森を抜けて視界が開けた。

 目の前には川が流れ、橋が掛けられている。その先には高い壁が見えた。

 遠くから鐘の音が聞こえて、ローナは言う。


「今のは五の鐘かな。あ、王都が見えてきたよ」


 近づくにつれ、王都が大きな街であることが分かる。

 王都の周りは草原になっていた。

 たまに獣が姿を現したが、こちらに近づくことなく去っていく。

 他の荷馬車ともすれ違うようになると、感謝や労いの声をかけられた。


 一行が王都に近づくと、壁の上にいた騎士がカンカンカンと鐘を鳴らした。

 すると、門が重い音を立てながら開き、一行の帰還を迎え入れた。


 門を通り過ぎると、イアンが荷馬車に近づいてくる。

 ローナとラウラが荷馬車から降りたので、愛理もそのあとを追う。

 ローナはイアンに向き合った。


「イアン様、あたしたちはこのまま教会へ戻るよ」


 イアンは頷いた。


「此度の討伐支援、感謝します」


 それにローナは笑みを浮かべた。


「全員無事に帰れてよかったよ。風の精霊シルフのご加護に感謝を。そっちは討伐後の報告があるんでしょう? その間、アイリーンはどうするの?」

「そうだな、応接室で待たせるか……」


 イアンが思案するように言うと、ローナは言う。


「なら、洗礼式の申し込みをさせておこうか。ついでに教会も案内するよ」

「わかった。頼む。報告が終わったら迎えに行こう」


 ローナは頷いて、愛理とラウラを振り返った。


「じゃあ、あたしたちは行こうか」


 愛理はローナに連れられて、高い壁に挟まれた道を歩いて行く。

 ローナは愛理の横に並び、案内をしてくれる。


「右手側が教会の敷地、左手側が騎士団の駐屯地だよ。で、あの左前方にあるのが王城」


 高い壁の先に背の高い建物が見える。街の中央に聳え立つのが王城のようだ。

 しばらく歩くと、右手側に建物が見えてきた。三角屋根の白塗りの建物だ。

 それをローナは指差した。


「教会が見えてきたよ」


 その先には商店街があるようで、行き交う人々の姿も見受けられた。

 愛理はローナの後について教会の中へ入っていく。


 教会内は窓が大きく取られていて明るい。

 床には長椅子が整然と並んでいる。天井は吹き抜けになっていて、二階席もあり、結構な人数が入れそうだ。今も何人か疎らに長椅子に座って、祈りを捧げている。

 ひと際目を引くのは正面の白い像だ。それは女性の像で、両手を前に差し出して微笑んでいる。その横には左右に二つずつ特大の精霊石が台座に置かれている。その周りを蝋燭が煌々と照らしている。


 ローナは像の前まで行く。


「これは女神ララーシャの像だよ。精霊石は精霊を現している。左から水の精霊ウンディーネ、大地の精霊ノーム、火の精霊サラマンダー、風の精霊シルフ」


 ローナは女神ララーシャの像に跪き、顔の前で手を組んだ。


「女神ララーシャ、風の精霊シルフ。ご加護をありがとうございました」


 ラウラもローナの横に跪き、同じように祈りを捧げる。

 祈りを終えたローナは愛理を振り返った。


「女神ララーシャはこの地をお創りなったと言われている。何もなかったこの地に降り立ち、まずは大地の精霊ノームを生み出して、大地をお創りになった。次に水の精霊ウンディーネを生み出し、生命をお創りになった。風の精霊シルフはその生命を育み、火の精霊サラマンダーは生命に活力と、勇気を与えた。これが、あたしたちが祈りを捧げる女神様と精霊様だよ」


 それから、ローナは入口の方に戻り、左側にある扉を開けた。そこは事務所になっていた。

 受付にいたシスターはローナに声をかけた。


「シスターローナ、討伐から戻ったんだね。風の精霊シルフのご加護に感謝を」


 ローナは手を振って応えた。


「ただいま。ところで、五月の洗礼式の受付けって、まだ間に合う?」


 シスターは首を横に傾げた。


「間に合うけど。そんなことを聞くなんて、どうしたの?」


 ローナは愛理の肩に手を置いた。


「この子、加えてほしいんだけど。訳ありで、もう十五歳なんだ」

「それは早めに洗礼式をやらないと。名前は?」

「アイリーン・エヴァンスです」


 愛理がそう名乗ると、近くで事務作業をしていた数人のシスターが顔を上げた。

 受付をしていたシスターもローナの方に尋ねるような視線を向ける。


「イアン様のところで預かることになった子」

「そう。受付けたよ。五月十五日の五の鐘までに教会に来てね」

「はい」


 ローナは愛理に言う。


「さて、洗礼式の受付けも済んだし、教会の方でイアン様が来るのを待とうか」


 愛理たちは教会に戻ると、入り口近くの長椅子に座った。

 ローナは椅子の背にもたれ寄りかかり、安堵したように言う。


「五月の洗礼式に間に合ってよかったね。間に合わなかったら、六月になっていた。一か月に一度しかないからね」


 愛理はシスターたちの反応が気になっていたので、ローナに尋ねる。


「名乗った時、なにかおかしかったですか?」


 ローナはきょとんとした表情を見せた。


「いや、あれで大丈夫だよ。どうかした?」

「みなさん、驚いていたようだったから……」


 愛理の言葉を聞いてローナは納得したように頷いた。


「ああ。そういうこと。エヴァンス家が過去にシスターやブラザー見習いの後継人になったことはないからね。それで驚いたんだと思うよ。それに、エヴァンス家は初代王が王座に就く時に支えた忠臣として由緒ある家柄だから、名も通っている。アイリは本当にラッキーだよ。イアン様に後継人になってもらえるなんてさ」

「ラウラさんにも同じことを言われました。いい方だと」

「彼はまだ若いけどしっかりしているし、アイリを、これからシスター見習いになる子を託すには信頼に足る人物だと見込んだから頼んだんだ。アイリは特殊な事情も持っている。イアン様ほど適任な後継人はいないよ」


 ローナはそれでもまだ不安そうな愛理に言葉をかける。


「分からないことは、今みたいにあたしやラウラに尋ねたらいい。あたしは教会付属の学院で教師をしているし、ラウラは学院の三年生だ。教会に入ると、まずは三年間見習いとして学院で学ぶ。だから、あたしたちと関わることも多いよ」

「だから、先生と呼ばれていたんですね。それにラウラさんは学生だったんだ……」

「三年になると、実地研修で討伐に参加することがあるんだ。その時は教師も同行して指導するんだよ」


 ラウラは愛理に言う。


「アイリ、わたしのことは『さん』付けしなくていい。卒業した先輩たちは名前の前にシスター、ブラザーをつけて呼ぶ」

「学生間ではシスター、ブラザーはつけないんですか?」


 ラウラはこくんと頷いた。


「学生はまだ見習い。実地研修中とか、外ではそう呼ばれたりするけれど、自分たちではまだ名乗ってはいけない」


 ローナは言う。


「まぁ、そういうのは入学してから、他の一年生と一緒に学んでいけばいいよ」

「待たせたか?」


 背後から声がした。

 愛理が振り返ると、そこにはイアンがいた。

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