第2話 出会い

 森の中を十五分くらい歩いた頃、いくつかのテントが張られた広場が見えてきた。

 イアンは抱えている愛理に尋ねる。


「そろそろ立てるか?」


 愛理は頷いた。


「たぶん立てます」


 イアンは愛理をそっと地面に下ろしてくれた。

 愛理の足の震えは収まっていて、まだ少しふらつくが、歩くくらいはできそうだ。

 イアンは愛理が立てたのを確認してからジュリアスに言う。


「俺のテントに案内してやってくれ」

「はい」


 ジュリアスは愛理に緑色の瞳を向ける。


「こっちだよ」


 ジュリアスの言葉とほぼ同時に、赤髪の女性がイアンに尋ねる。


「あたしたちも同行していい? この子に聞きたいことがある」


 イアンは頷いた。


「もちろんだ。ジュリアス、シスターローナたちも一緒に連れて行ってくれ」


 イアンはジュリアスに茶色の瞳を向けた。

 ジュリアスは頷いてから、愛理を案内するように歩き出した。

 その後ろからローナと呼ばれた赤髪の女性と、銀髪の女性もついてくる。

 四人は人目を憚るようにテントの裏側を歩いていく。

 広場の方で歓声が上がった。

 ジュリアスはそれを横目で見ながらテントに愛理たちを通した。

 手前は数人が囲めるテーブルが置いてあり、奥は見えないように衝立で仕切られている。

 ジュリアスが愛理に椅子を差し出す。


「ここ座っていいよ」


 愛理はお礼を言って座ろうとしたが、まだイアンの外套を巻いたままだったので、それを畳んで膝の上に置いた。

 ローナが水の入った木製のコップを愛理の前に置く。


「災難だったね」


 愛理はローナにもお礼を言って水を飲んだ。

 喉はカラカラだったので、すぐに飲み干した。



 しばらくして、イアンがテントに入ってきた。


「さっそくだが、いくつか聞かせてもらいたい」


 正面には机を挟んでイアン、左横にはジュリアス、右横にはローナと、その隣に銀髪の女性が座っている。

 愛理は緊張のあまり身を竦めて、小さく返事をする。


「はい」


 茶髪で茶色の瞳をした男性のイアンが言う。


「まずは俺たちが名乗ろうか。俺はイアン・エヴァンス」


 続いて、金髪で緑の瞳をした少年、ジュリアスが笑顔を浮かべながら名乗った。


「俺はジュリアス・ランドール」


 次に、前下がりボブの赤髪で榛色の瞳をした女性、ローナが名乗る。


「あたしはローナ・バリンスカだよ」


 次に、銀髪で水色の瞳をした女性も名乗った。


「ラウラ・ファラー」


 みんなの視線が愛理に注がれる。


「あ、あの、私は愛理です。井上愛理」


 イアンが愛理に尋ねる。


「俺のことはイアンと呼んでくれ。君のことはどう呼んだらいい?」

「愛理って呼んでください」

「アイリ、君はどうして一人で狭間の森に? あそこはビックウルフの討伐のため、五日前から立ち入りが禁止になっていたはず。要所の道路は封鎖されていたはずだ」


 愛理は言い淀んだ。

 気がついたら森にいたなどと言って、信じてもらえるだろうか。

 

 ――不審者扱いされて、先ほどの大きな狼のように殺されてしまったらどうしよう。


 愛理は恐怖を覚える。

 すると、イアンが少し困ったように首を傾げて言う。


「聞き方を変えようか。どこから来た? 討伐を終えたので、我々は明日には王都に戻る。その前にアイリを家まで送り届けてあげたいんだが……」

「……私からも質問してもいいですか?」


 イアンは頷いた。


「もちろんだ」

「ここはどこでしょうか?」


 愛理がそう尋ねると、みんな不思議そうな視線を向けてくる。

 イアンは顎をさすった後、答えた。


「ここは王都の東……、東街道沿いの狭間の森だが……。このような答えでよかったか?」


 ローナが尋ねる。


「自分の位置もわかっていないの?」


 愛理は居たたまれない思いをしながら、更に尋ねた。


「そのもっと大きな……、国の名前とか……」


 イアンが怪訝そうにしながらも答える。


「ルイスフィールドだ」


 それを聞いた愛理は顔を手で覆った。

 学校で習った地理を必死に思い出すが、聞いたことのない地名だった。

 ここが今までいた場所とは全く違う場所だとは思っていたが、それをはっきりさせると愛理の心は重くなった。

 イアンたちは半分は不思議そうに、半分は心配そうに愛理に視線をやる。

 イアンが尋ねる。


「アイリ、君はもしかしてルイスフィールドではないところから来たのか?」


 ジュリアスもすかさず言う。


「見たことない恰好をしているし……」


 ローナが困惑した様子で言う。


「ルイスフィールドじゃないところってどこ?」


 愛理はこれ以上黙っていても怪しまれるだけだと腹をくくった。


「信じてもらえないかもしれませんが……」


 愛理はそう切り出し、青い石を触ったら自室から森に移動していたことを話した。

 イアンたちは驚きを隠せないようにお互いに視線を交わす。

 ローナは愛理がビックウルフに投げたはずの青い石を差し出す。


「青い石ってこれのこと?」

「そう! そうです! これです」


 愛理は青い石を手に取った。


「ビックウルフのそばに落ちていたから持ってきたんだ。この精霊石はどうしたの?」

「森で拾って……。精霊石というんですか?」


 ローナは腰に差していた杖を取り出して、愛理に見せる。

 肘から先よりも少し短いくらいの木製の杖で、杖の先には金属で加工された台座に青い石が埋め込まれている。


「精霊石はこうして杖や剣に埋め込んで使うんだ。愛理はどうやってその精霊石を使ったの?」

「……投げました」


 愛理はいけないことをしたような気持になって、視線をローナから逸らした。

 すると、ローナはおかしそうに笑った。


「投げたの? それで、あの爆発を起こしたの? それはすごいや」


 ジュリアスは少し身を乗り出して言う。


「ビックウルフを怯ませたあの爆発のことですか? 先生じゃなかったの?」

「違うよ。あたしもラウラも射程外だった。だから、あの爆発を起こしたのはジュリアスか、もしくはアイリだろうと思っていた」

 

 ジュリアスは手をひらひらとさせて言う。


「俺じゃないです。俺は先生かラウラが間に合ったのだと思っていたから」

 

 ローナは愛理に榛色の瞳を向ける。


「じゃあ、やっぱりアイリか」


 愛理は怯えたように尋ねる。


「なにかいけないことをしましたか?」

「いいや。あの爆発のおかげでビックウルフが怯んでアイリは助かったし、討伐もできた。ただ、あの規模の爆発を起こしたことにあたしたちは驚いているんだよ。アイリは魔力量が多いのかもしれない」


 ずっと静かに話を聞いていたラウラは、ローナの服の袖を引っ張ってから尋ねる。


「先生、アイリは精霊石に触れたらここに来たと言った。もしかして転移魔法でしょうか?」


 ローナは唸った後、答える。


「転移魔法は研究課程と聞いているけど?」


 ジュリアスも頷いた。


「俺も先生と同じ認識です。完成したなんて話は聞いたことない」


 話を聞いていたイアンは尋ねる。


「つまり、アイリはすぐに帰れないということか?」


 ローナは肩を竦めた。


「そうなるね」


 愛理は不安で胸がいっぱいになって、涙をぽろぽろと流した。


「私、どうなりますか? どうしたらいいですか?」


 愛理は顔を手で覆った。

 ローナは愛理の背に手を添える。


「アイリは何歳? 洗礼式は終わっている?」


 愛理は首を横に振った。


「洗礼式? ……は、受けていません。年齢は十五です」

「アイリのいたところでは洗礼式は受けないの? まぁいいや。十五歳ならここで洗礼式を受けられる。魔力測定で問題なければすぐに教会に入れるよ。教会に入れば生活には困らない」

 

 ローナは愛理の背中を優しく叩きながらイアンに視線を向ける。


「さっきも言ったけど、アイリは強い魔力を持っていると思う。後継人になってやってはくれない? イアン・エヴァンス侯爵」


 ローナにそう頼まれたイアンは顎に手を当てて思案しているようだ。

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