第9話 洗礼式のドレス

 九時を知らせる四の鐘が鳴ると、マリアンヌは愛理に言った。


「アイリーン、そろそろ出かけましょうか」


 愛理とマリアンヌは家を出て、昨日通った道を歩く。

 教会の前の十字路に差し掛かると、マリアンヌは西通りを指差した。


「まずはドレスの注文に行きましょう。マダムケリーのお店よ。うちは衣服が必要になると、マダムケリーにお願いするの」


 西通り沿いは商店街になっていて、ショーウィンドウが並び、一目で何を取り扱っている店か分かる。どこも高そうな品ばかりが並んでいた。

 マリアンヌはドレスが飾られた店の前で立ち止まった。


「ここよ」


 マリアンヌがドアを開けると、カランカランと来客を告げる音がした。

 店内にいた女性がこちらに顔を向ける。

 女性は笑みを浮かべて、マリアンヌたちを迎え入れた。


「マリアンヌお嬢様、いらっしゃいませ。お待ちしておりましたわ」


 女性は金髪を綺麗にまとめ上げ、茶色のワンピースに白いエプロンをしている。

 店内には色とりどりのドレスがかけられていた。


「マダムケリー、急なお願いを引き受けてくれてありがとう」

「いいえ。わたくしのドレスを洗礼式で着ていただけるなんて光栄ですわ。けれど、今月の洗礼式に参加とは随分と急ぎですわね」

「事情があってね。アイリーンはもう十五歳なのよ」


 マダムケリーは驚いたようで、口元に手を当てた。


「あら。それは早く洗礼式を受けないといけませんわね。アイリーンお嬢様はどんなドレスがお好きですか? 今の流行りはフリルをふんだんに使ったこのあたりですわ」


 マダムケリーは一つのカートを引いてきた。

 そこには可愛らしい色合いで、フリルがたくさんついた甘いドレスが並んでいる。

 愛理はマリアンヌと並んで一着ずつ見ていくが、子供っぽいイメージが強くて似合う気がしなかった。

 マリアンヌも同意見のようだ。


「今の流行りは随分と可愛らしいのね。わたしの時はもう少し大人っぽい感じだったけれど……」


 愛理はマリアンヌに尋ねる。


「洗礼式ってどんなことをするの?」

「成人のお祝いね。それから、魔力測定をして、その結果を元に仕事を決めるの。まぁ、教会に入れるかの選別と言ったところかしら」

「成人式か……。振袖を着たかったな」


 愛理はぼそっとこぼした。

 成人式で振袖を着た女性たちを見て憧れていたし、いずれ自分も着るものだと思っていた。

 マリアンヌは愛理に尋ねる。


「アイリーンのところでも洗礼式はあったの?」

「成人式ならあったよ」

「どんな洋服を着て参加するの?」

「ええっと、振袖と言って、袖が長くて、帯で巻いて……」


 愛理は口で説明しようとするが難しかった。

 その様子を見たマリアンヌが手を合わせて言う。


「ねぇ。描いて見せてよ。マダムケリー、紙とペンをいいかしら?」

「ええ。もちろん」


 マダムケリーは商談用の机の上に紙と羽ペンを用意してくれた。

 愛理は羽ペンを使うのが初めてで、うまく線が引けなかったが、悪戦苦闘しながら描いて行く。

 マダムケリーは愛理の描いた絵を見て、目を輝かせた。


「まぁ。初めて見るドレスだわ」

「こう前で合わせて、裾は胸の下で長さを調節して……」


 愛理は動作も併せて説明する。

 マダムケリーは愛理の拙い説明を何度も頷きながら聞いていた。


「なるほど。帯というこの大きなリボン。素敵だわ。わたくしだったら、こういうドレスにするかしら」


 マダムケリーは新しい紙にドレスを描いていく。


「前の合わせの部分は生かしたいですわね。あと、幅の広いリボンも。スカートはあまり広がりすぎず、でも、流行も取り入れたいから、スカートには二種類の布を使いましょう。アイリーンお嬢様はどんなお色のドレスがよろしいですか? 洗礼式ですから、エヴァンス家の紋章で使われている緑でしょうか?」


 マリアンヌはそれに補足する。


「洗礼式に参加する貴族のドレスは家の色を使うことが多いの。うちは緑だけど、アイリーンの好きな色にしたらいいわ」

「緑、好きだから、緑にする」


 マダムケリーは何度か頷く。


「なら、五月ですから新緑の色の生地で。デザインが大人っぽいので、リボンはピンクがかった赤などはいかがでしょう?」


 マリアンヌは両手を合わせて賛成した。


「いいと思うわ。薔薇のようで可愛らしいわね。どうかしら? アイリーン」


 愛理はマダムケリーの描いていくドレスに目を輝かせる。


「素敵です。着るのが楽しみ」

「それでは、採寸させていただきますね」


 マダムケリーは愛理の採寸をした。

 マリアンヌは採寸がひと段落着いたのを見て、尋ねた。


「お見積もりはどのくらいになりそうかしら?」


 マダムケリーはドレスのデザインを見ながら少し考えて答えた。


「そうですね、大銀貨三枚くらいでしょうか」


 その値段にマリアンヌは頬に手をやり言った。


「そうね……。アイリーンが教えてくれた『フリソデ』というアイディアには価値があると思うの。アイリーンがこのドレスを着て洗礼式に出たら、同じものを着たいという女の子が出てくると思うわ。どうかしら? マダムケリー」


 マダムケリーは苦笑する。


「さすがはマリアンヌお嬢様。しっかりとされていますね。それでは、大銀貨二枚と、小銀貨二枚でいかがでしょうか?」


 マリアンヌは満足そうに微笑んだ。


「ええ。いいわ。あと、既製品でいいのだけど、いくつか用意してほしいの」


 マリアンヌは他の買い物も済ませ、その分はこの場で支払った。

 マダムケリーは受け取って、店の奥へ向かった。

 マリアンヌはその時間を使って、愛理にお金について説明をはじめた。

 机の上にサイズの違う銅貨二枚と銀貨二枚を置いた。


「小銅貨が五十枚で大銅貨一枚。大銅貨が五十枚で小銀貨一枚。小銀貨が五十枚で大銀貨一枚。大銀貨が五十枚で金貨一枚の換算よ」


 マダムケリーは奥から戻ってきて、畳んだ商品をマリアンヌに渡す。

 マリアンヌは持ってきた鞄に受け取った商品を詰めた。


「ドレスが出来上がったら、お知らせしますわ」


 マダムケリーはそう言って、愛理たちを見送った。

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