第27話 ランドール家の秘密②

 ジュリアスは床に倒れそうになった愛理を間一髪で支えた。


「アイリーン、どうしたの? アイリーン!」


 ジュリアスが愛理の体を揺すって名前を呼ぶが、返事をしない。それどころか、愛理の顔色はどんどん白くなっていく。

 ジュリアスはどうしたらいいか分からず、目の前にいるアンジェリカを見た。

 そして、ジュリアスはベッドにいた人が起き上がっていることに気がついた。

 ジュリアスは震える指で差した。


「姉さん、あれは誰?」


 アンジェリカは、はっと後ろを見て息を呑んだ。

 青白い顔でこちらを見ている金髪の女性は言う。


「早くアイリをわたくしから遠ざけなさい。このままでは死んでしまう」


 その声は今まで寝ていたとは思えないほど、はっきりとした声だった。

 アンジェリカとジュリアスはゆっくり頷いた。

 ジュリアスは愛理を抱えて階段を上っていく。アンジェリカもそのあとに続いた。


 二人は開かずの扉を出て、息を切らせていた。

 そして、愛理の顔を見る。先ほどよりも頬に赤みが戻っていた。

 ジュリアスは青い顔でアンジェリカを見た。


「あれ、本当に誰? 姉さんの双子の妹とか?」

「落ち着きなさい。わたくしの姉弟はジュリアスだけですわ。このこと、お母さまに話さなくては……」


 ジュリアスは慌てて尋ねる。


「待って。俺とアイリーンのこと?」

「いいえ。アデル叔母様が目覚めたことをですわ」


 アンジェリカは、はっと口に手をやった。

 だが、ジュリアスは聞き逃さなかった。

 ジュリアスは更に青くなった顔で尋ねた。


「アデル? 母上の双子のお姉さん? 死んだんじゃ……。それに、あの人、姉さんと変わらない年頃に見えた……」

「先ほども言ったけれど、わたくしの口からは詳しく話せないのです。あなたは早くアイリーンをベッドに寝かせて差し上げなさい。あとのことは、わたくしがなんとかいたしますわ」


 アンジェリカはそう言って、廊下を歩いて行った。

 ジュリアスは仕方なく部屋に戻って、愛理をベッドに寝かせた。愛理の口元に手を寄せて、愛理の呼吸を確かめる。息はしっかりとしていた。

 ジュリアスはほっと胸を撫で下ろした。


 しばらくして、ジュリアスの部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 ジュリアスが返事をすると、寝間着姿のマーガレットが入ってきた。その後ろからはアンジェリカも付き添っている。

 マーガレットはジュリアスに尋ねる。


「アイリーンの様子は?」

「ずっと寝たままです。なぜアイリーンは倒れたのでしょうか? それに、アデルはどうして地下室に?」

「落ち着きなさい。順を追って話します。まずはアイリーンのことですが、倒れた原因は分かりません。アデルがアイリーンを遠ざけるように言った意味も分かりません。尋ねようにも、アデルはまた眠りについてしまった」


 マーガレットはアイリーンの横に立ち、腕に触れて脈を確認する。少し早いが問題はなさそうだ。


「それよりも、なぜここにアイリーンがいるのです?」


 ジュリアスはびくりと肩を震わせた。

 アンジェリカもジュリアスに問うような視線を投げかける。

 ジュリアスは観念したように、しどろもどろに話しはじめた。


「姉さんが学院に戻らずに、夜な夜な開かずの扉に行くから、心配だったんです。俺では開かずの扉を開けられなかったから、アイリーンに手伝ってもらいました」


 マーガレットとアンジェリカは盛大な溜息を吐く。

 マーガレットは尋ねる。


「それでは、扉を開けたのはアイリーンと言うこと?」

「そうです。アイリーンが手をかけたら、簡単に開きました。Aランクでないと開けられないのですか?」


 その問いにマーガレットは答えず、寝ている愛理を見ていた。


 しばらくして、愛理は目を覚ました。酷い頭痛、軽い吐き気、めまいがする。


「アイリーン、気分はどうですか?」


 愛理は声がした方を見た。

 そこにはマーガレットがいて、愛理は一気に目が覚めた。

 そして、ジュリアスと一緒にアンジェリカのあとを追って開かずの扉の中に入ったこと、意識を失う直前に見た金髪の女性のことを思い出す。

 愛理はゆっくりと体を起こした。


「大丈夫です」


 マーガレットはアイリーンに視線を合わせる。


「大丈夫な顔色には見えませんよ」


 アンジェリカが愛理に水を渡してくれた。

 愛理は水を飲んだら、少しだけ吐き気が収まったような気がした。

 マーガレットは言う。


「ジュリアスが迷惑をかけたようね。今日はこのまま泊まりなさい」

「はい。ありがとうございます」


 このあとエヴァンス邸まで歩いて帰る気力が愛理にはなかったので助かった。

 それより気になるのはベッドで寝ていた金髪の女性についてだ。アンジェリカは隠したがっていたようだったので、愛理は聞くのが憚られた。

 マーガレットはベッド脇に置かれた椅子に座っていた。


「アイリーン、あなたも地下室を見たのでしょう。ベッドに眠るアデルのことも」


 愛理はあの時見た女性が亡くなったはずのアデルだったことに驚く。霧の夢に出てきた女性とそっくりだったあの人が、アデル。


「今日見たものは全て、他言しないでいただきたいのです。これはずっとランドール家が秘密にしてきたこと。その代わり、あなたには包み隠さずに話しましょう」

「分かりました。誰にも言いません」


 マーガレットは頷いた。


「アデルは十八の時、教皇就任を控えたある日、湖で刺されて倒れていたところを発見されました」


 ここまでは王太子のアルフレッドから聞いていた話と一致している。


「まだ意識のあったアデルは治療院ではなく、ランドール家へ戻ることを希望したそうです。一報を聞いて、わたくしはアデルの部屋から手紙を見つけていました。その手紙には自分を地下の研究室に隠してほしい、外部には病気で死んだと報告してほしい、と書いてありました。まるで、自分の身に起こることが分かっていたような内容で、父も母も驚いていました。わたくしたちはアデルの意思を尊重し、そのように計らったのです。それからはずっとわたくしがアデルの世話をしてきました。研究室は元々アデルが使っていたもので、アデルとわたくしだけが入れるように魔法をかけてありました。そして、最近わたくしの跡をアンジェリカに継がせました。わたくしに何かあった時に、代わりにアデルの世話をできる者として」


 マーガレットはそこまで話して、いったん口を閉じた。

 すべてはアデルの意思だったということだ。

 マーガレットが体調を崩したから、代わりにアンジェリカがアデルの世話をしていた。だから、学院に戻ることができなかったのだ。

 愛理はランドール家の重大な秘密を知ってしまった。

 愛理は気になっていることをひとつ聞いた。


「アデル様は教皇様の双子のお姉さまですよね? 年を取っていないように見えました」

「わたくしにもなぜかは分かりません。アデルは魔法の研究が好きで、幼い頃から没頭していました。アデルはわたくしの知らない魔法を開発していたのかもしれません。それに、怪我も治っているのに、なぜ未だに眠ったままなのか。なぜ目覚めたのに、また眠りについたのか……。双子なのに、姉の考えていることは全く理解できない」


 マーガレットは苦笑した。それから、何度か強い咳をした。

 アンジェリカはマーガレットに寄り添う。


「お母さま、そろそろお部屋に戻られた方がよいのではなくて?」

「そうね。そうします。アンジェリカ、アイリーンを客室にお通しして差し上げて」

「分かりましたわ。お母さま」


 ドアの外で待機していた使用人が、マーガレットを連れて部屋を出て行った。

 アンジェリカはマーガレットに言われた通りに愛理を客室に案内した。

 そのあと、使用人が寝間着などを用意してくれた。

 愛理は着替えて、ベッドに潜り込む。

 さっきまで寝ていたからだろうか。疲れているのに、目はぱっちりと覚めていた。


 ――とんでもないことに巻き込まれているような気がする。


 愛理はそんな気がしてならなかった。

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