第26話 ランドール家の秘密①
『私』は教室のようなところにいた。
隣にはストレートの金髪で緑色の瞳をした少女。
正面には長い茶髪を一つにまとめた薄い茶色の瞳をした少年がいる。
休み時間のようで、『私』とその二人は会話を楽しんでいるようだ。
茶髪の少年は『私』に優しい笑みを向けていた。
愛理は目を覚ました。
目覚めはとても穏やかな気持ちだった。
久しぶりに誰かの記憶を覗くような夢を見た。
ストレートの金髪の少女はやはりアンジェリカによく似ていた。
茶髪の少年は王太子のアルフレッドによく似ていて、以前、アルフレッドに見せてもらった王兄のケヴィンにも似ていた。
茶髪の少年がケヴィンで、金髪の少女がアンジェリカの母親である教皇のマーガレットだと仮定する。
湖の夢の時、視界に入った髪の色は金髪だった。
――もしかして私はアデル・ランドール視点の夢を見ている?
そう考えたら辻褄が合う。
けれど、夢の中の三人は仲がよさそうだった。終始、笑顔で話していた。
ならば、なぜアデルはケヴィンを刺したのだろうか。
なぜ湖の畔で刺されて亡くなったのはアデルだったのだろうか。
――そもそも、なぜ私がアデル様の夢を見ているのだろうか。
考えても分からないことばかりだ。
次に愛理はアルフレッドのことを考えた。
ケヴィンの夢を見たら、知らせてほしいと言われていたことについてだ。
――ケヴィン・ラッセル・ルイスの捜索に必要な夢ではなさそうだから、知らせなくていいか。
こっちはすぐに解決した。
考えているうちに一の鐘が鳴った。
愛理は布団から出ると、寒くて身震いした。
十一月になると、朝晩は冷えるようになってきた。
愛理は素早く制服に着替えた。
朝のお祈りの時間、愛理はいつも通り、ラウラと一緒に出席している。
いつもと違うのは登壇して祈っているのが、枢機卿のゾーイ・ウッド、グレーの髪をした女性だということだ。
マーガレットは数日前から体調を崩し、自宅で療養していた。
いつも通路を挟んだ隣の長椅子でお祈りをしているアンジェリカの姿もない。母親であるマーガレットの看病で学院を休んでいるのだ。
それ以外はいつも通りの日常だった。
午後の訓練の時間、愛理は中級クラスで、ジュリアスと一緒に授業を受けている。けれど、ジュリアスにはいつもの元気がない。母親であるマーガレットの病状が思わしくないのだろうかと、愛理は心配になった。
愛理は訓練が終わった後、ジュリアスに話しかけた。
「ジュリアス、教皇様の具合はいかが?」
「母上はしばらく安静にしていれば大丈夫だって。ずっと自室で休まれている」
ジュリアスは溜息を吐いた。
いつも明るいジュリアスが珍しく溜息を吐いている。
愛理はより心配になった。
「なにか困っている? ジュリアスには助けてもらってばかりだから、私もジュリアスの助けになりたい」
「ありがとう、アイリーン。ちょっと聞いてくれる?」
ジュリアスは人気のない場所まで行って、話しはじめた。
「姉さんが夜な夜などこかに行っているようなんだ」
「アンジェリカお姉さまが?」
「そう。母上の看病は使用人たちがしてくれているし、姉さんがすることなんてないのに、学院を休んで家にいる。そして、夜になるといなくなるんだ」
愛理は不思議そうに首を傾げる。
アンジェリカの性格上、学院をさぼって夜遊びしている姿が想像できない。
「外へ出かけているの?」
「いや。実はこの間、後をつけてみたんだ。そしたら、開かずの扉に入って行った」
「開かずの扉?」
「そう。ずっと開けることができない扉だと思っていた。けど、そこに姉さんが入って行ったのを見たんだ。あとを追って、俺も入ろうとしたけど、俺では開けることができなかった」
「鍵があるとか?」
「それが、鍵穴はないんだ。魔法がかかっているのかもしれない。なぁ、アイリーン。次の休みの日に俺と一緒に姉さんのあとをつけてくれないか?」
予想外のお願いだった。
気が重いが、ジュリアスの思い詰めた様子も放っておけない。
「外出を申請するけど、サインはどうしよう」
外出を申請すると、外出許可証が発行される。滞在先でサインをもらって、寮母のアンナに提出しなければならない。
ジュリアスのサインをもらって提出するのはいかがなものか。
「翌日に、イアン様には俺から事情を説明するよ。だから、頼むよ、アイリーン。こんなことをお願いできるのはアイリーンだけなんだ」
ジュリアスに熱心に説得されて、愛理は渋々頷いた。
「分かった。いいよ。当日はどうしたらいい?」
「九の鐘の頃、教会の前で待ち合わせよう。迎えに行くよ」
ジュリアスはそう言って、愛理と別れた。
土曜日の九の鐘が鳴った。十四時だ。
愛理は教会の前でジュリアスが来るのを待っていた。
しばらくして現れたジュリアスに連れられて、愛理はランドール邸へと赴いた。
ランドール邸は辺りでも一段と立派なお屋敷で、門から玄関までも距離がある。
しかし、ジュリアスは正面玄関ではなく、裏口へと回り、こっそりと建物の中に入った。人目を盗んで歩いているようだ。
愛理はだんだんと悪いことをしているような気持になってきた。
二人は二階に上がり、一つの部屋に入った。
ベッド、テーブル、クローゼットなどが置かれている。どの家具も精巧な細工が施されていた。
ジュリアスは誰にも見られずに部屋に入れて、ほっとしたようだ。
「ここ俺の部屋。アイリーンはこれに着替えて」
ジュリアスは愛理に服を渡して、部屋を出た。
愛理は服を広げてみると、それはメイド服だった。
愛理はメイド服に着替えながら、ジュリアスの依頼を受けたことを後悔していた。
――何をやっているんだろう。私は……。
愛理は着替えを終えて扉をノックすると、ジュリアスが部屋に戻ってきた。
それからしばらく二人はジュリアスの部屋で待機していた。
十二の鐘が鳴った。十七時である。
部屋のドアがノックされた。
「ジュリアス様、お夕食のご用意ができました」
扉の向こうから女性の声がした。
「分かった。すぐに行く」
ジュリアスは席を立ち、小声で愛理に言う。
「俺はこれから夕食に行ってくるから、アイリーンは待っていて。アイリーンにはこれを用意してあるから」
ジュリアスはベッドの下から籠を取り出す。そこにはパンが二つ入っていた。
「昼食のパンをアイリーンのために取っておいたんだ」
「……ありがとう」
ジュリアスは部屋を出て行った。
――本当に、私は一体なにをしているのだろう……。
愛理は湿気ってもそもそとするパンを食べながらまた後悔をした。
ジュリアスは部屋に戻ってからドアの前でずっと聞き耳を立てている。
愛理は椅子に座り、その様子を見ていた。
隣の部屋だろうか。ドアの閉まる音がした。
ジュリアスは愛理に言う。
「姉さんが部屋を出た。俺たちも行こう」
ジュリアスと愛理も部屋を出た。
廊下は蝋燭が焚かれていて明るい。
ひとりの使用人が前から歩いてきたが、メイド服を着た愛理を見ても気にも留めないようだ。お互い顔を知らない使用人も多いのだろうか。
愛理たちは一階に降りた。
ジュリアスは廊下の曲がり角からそっと顔を覗かせる。愛理もその隣からそっと廊下の先を見た。
ジュリアスは指を差し、小声で言った。
「あの突き当りにあるのが、開かずの扉だよ」
愛理たちはアンジェリカが開かずの扉を開けて、中に入るのを確認した。
ジュリアスと愛理はその扉の前に行く。
開かずの扉は他の扉と変わらない。鍵穴もないようだ。
だが、ジュリアスが開けようとしてもドアノブは動かなかった。
「ほらな。俺では開けられないんだ」
愛理は試しにドアノブを掴んだ。すると、簡単に開かずの扉が開いて、ジュリアスと愛理は顔を見合わせた。
開かずの扉の先を見ると、下に続く階段がある。明かりはなく、階段の先は真っ暗でよく見えない。
明かりを取るとアンジェリカに見つかるかもしれないので、愛理たちは壁に手を添えながら、暗闇の中を慎重に降りていく。
ジュリアスは声を潜めて言う。
「やっぱり魔法がかかっていたのかな。なんでアイリーンに開けられたんだろう。Aランク以上の魔力がないと開けられないとか?」
階段は踊り場で折り返していて、その先は突き当りだった。左側に通路か部屋があるようで明かりが漏れている。
ジュリアスは慎重に降りていき、角から向こうを盗み見た。
そして、ジュリアスは目を丸くして飛び出した。
「姉さん! そこにいるのは誰⁉」
愛理は驚き、残りの階段を駆け下りて、ジュリアスの隣に立つ。用心のために杖に手をかけた。
角の先は部屋だった。部屋の中は研究室のようで、薬や実験器具などが置かれた棚と机があった。そして、場違いのような天蓋がついたベッドが置かれている。しかも、誰かベッドで寝ているようだが、愛理の場所からでは顔までは見えなかった。
アンジェリカはその人の腕を取り、片手には布を持っていた。そして、驚いたようにこちらを見ていた。
「ジュリアス。あなた、どうやってここへ? ……もう一人はまさかアイリーンですの? なぜそんな恰好をして、ここにいるのですか?」
「そんなこと、どうだっていいじゃないか。それより、それは誰だよ」
ジュリアスは部屋の中へ入っていく。
愛理はジュリアスを止めようと腕を取った。
アンジェリカはベッドで眠る人を守るように、二人の前に立ち塞がる。
ベッドで寝ている人の顔はアンジェリカが死角になっていて、やはり見ることはできない。
「おやめなさい、ジュリアス。あなたの知る必要のないことですわ。早く出て行きなさい」
「俺がブラザーではなく騎士になったから? だから、俺には内緒なのか?」
「違いますわ。わたくしではあなたに詳しく話せないのです。とりあえず、今は出て行って。早く!」
姉弟喧嘩がはじまってしまった。
愛理は二人の間に割って入る。
「落ち着いてください」
その時、愛理は胸が疼いて、気が遠くなった。立っていられなくなって、その場に倒れそうになる。
アンジェリカが驚いた顔で、愛理に手を伸ばした。
その向こうで、寝ていたはずの人が上半身を起こして座っているのが見えた。
金髪のウェーブがかった髪、緑の瞳、白い肌。
霧の夢に出てきた女性にそっくりな女性がそこにいた。
けれど、愛理は耐えられなくなり、意識を手放した。
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