第25話 豊穣祭②

 曲が終わってアルフレッドから解放されると、愛理はどっと疲れを感じた。

 イアンは愛理を見つけて、こちらに駆けつけてくる。イアンの顔が怖い。


「あの方には困ったものだ。アイリーンをひとりにした俺が悪かった」


 マリアンヌとジュリアスもこちらにやってくる。

 ジュリアスは言う。


「アルフレッド殿下がアイリーンにご執心という噂は聞いていたけど、本当だったんだな」


 マリアンヌは怖い形相で言う。


「アイリーンにちょっかいを出さないでと言ったのに。あんな誘い方をしたら、噂を肯定しているようなものじゃない。分かってやっているのよ。あの方は」


 イアンはマリアンヌの肩に手を置く。


「落ち着け、マリア」


 しかし、マリアンヌの息はまだ荒い。

 ジュリアスは愛理に手を差し出す。


「アイリーン、俺とも踊ろうよ。一緒に練習した成果を披露しようぜ」


 愛理はジュリアスの手を取って頷いた。

 二人は楽しそうに踊っていて、周りも微笑ましげにそれを見ていた。


 次に愛理たちは会場に用意されているご馳走を堪能することにした。

 食事はビュッフェ形式だった。ローストビーフやミートパイ、グラタンなどの料理が並び、デザートも豊富にそろっている。


 ――お城にもやっぱりお米はないか……。お米が食べたいなぁ。


 愛理は好きな料理をお皿に取っていく。

 それを隣で見ていたジュリアスは笑う。


「アイリーン、よく食べるなぁ」


 愛理は自分のお皿を見る。ちょっと取りすぎてしまっただろうか。

 でも、どれも美味しそうなので仕方がない。

 愛理、イアン、マリアンヌ、ジュリアスは隅のテーブルで食事を楽しんだ。

 ダンスを三曲も踊った愛理はお腹が空いていたし、料理はおいしくて止まらない。

 そこへ飲み物の給仕に来た使用人が愛理の空いたグラスにも飲み物を注いでくれた。

 愛理はそれに口をつけ、喉も乾いていたので、一気に飲み干した。

 それに驚いたのはイアンだった。


「アイリーン、それワインだろう」

「へぇ。これがワイン。美味しいですね」


 なんだかふわふわする。

 マリアンヌが水を持ってきてくれた。


「アイリーン、大丈夫?」

「大丈夫」


 愛理は水を飲む。その顔は真っ赤だった。

 イアンはその様子を見て言う。


「そろそろ帰ろうか」


 ジュリアスは頷いた。


「俺、正面に馬車を呼んでおきます」


 ジュリアスは先に会場を出て行った。

 愛理、イアン、マリアンヌはゆっくりとした足取りで会場を後にした。



 四人は馬車に乗って帰路につく。

 愛理にとって馬車の揺れは心地よく、眠気が襲ってくる。

 イアンはうとうととしはじめた愛理に尋ねる。


「初めての夜会は楽しかったか?」

「うん。とっても……、楽しかった……」


 愛理はそう言って、イアンに寄りかかって寝息を立てはじめた。



 そこからの記憶は曖昧で、愛理が気づいた時には寝間着でベッドに寝ていた。窓からは朝日が差している。

 愛理は着替えを済ませてからリビングに降りる。

 イアンとマリアンヌはすでに起きていて、リビングにいた。

 マリアンヌは尋ねる。


「アイリーン、具合は大丈夫?」

「うん。大丈夫。でも、帰ってきてからの記憶がない……」


 それを聞いたイアンは笑った。


「馬車で寝てしまって、二階まで運ぶのは大変だったぞ」


 マリアンヌも笑っている。


「わたしとメアリーで着替えさせてね。アイリーンは辛うじて立っていたけど、夢うつつで、寝言みたいなこと言っていたわよ」


 愛理は恥ずかしくなって真っ赤になった。


「ごめんなさい。なんて言っていた?」

「豊穣祭は楽しかったとか、マリア大好きとか、メアリーも大好きとか。抱きついてきたりして。アイリーン、可愛かったわよ」


 マリアンヌは思い出して、ふふっと笑った。

 それを聞いた愛理の顔は更に赤くなる。

 イアンは尋ねる。


「俺のことは?」

「言っていなかったわ。残念だったわね、お兄様」

「そうか……」


 少しシュンとしたイアンに、愛理は慌てて言う。


「イアン様のことも好きですよ」


 愛理は恥ずかしくなって、これ以上ないくらい愛理の顔は真っ赤になった。

 イアンも面食らったようだが、笑みを浮かべた。


「ありがとう、アイリーン」


 マリアンヌは愛理を抱きしめる。


「可愛いわね、アイリーン。普段も甘えてきていいのよ」


 愛理はマリアンヌの腕の中で、真っ赤な顔を両手で覆った。

 愛理のお茶を持ってきたメアリーはそれを微笑ましげに見守っていた。



 二週間後、愛理は学院の寮へと戻った。

 ソフィーは数日前に戻っていたようで、すでに部屋にいた。

 二人はベッドに寝そべりながら近況を話しはじめた。

 ソフィーは尋ねる。


「アイリーン、殿下と踊ったんだって?」

「やっぱり噂になっている?」

「うん。殿下がアイリーンを誘ったって。婚約発表も間近じゃないかって噂になっている。でも、パートナーはアンジェリカお姉さまだったから、まだ先かもしれないとか。憶測が飛び交っているよ」


 愛理は全力で首を横に振る。


「ない。ないよ。そんな発表の予定」

「あとね、アンジェリカお姉さまが二曲目をイアン様と踊ったって」

「どういうこと? 確かに踊っていたけど……」

「アンジェリカお姉さまは春の教皇選抜試験の候補者でしょう? 教皇選抜試験では二人の騎士が付くんだって。アンジェリカお姉さまの弟のジュリアス様は騎士だから一人目として、二人目はイアン様なんじゃないかって噂になっている」


 豊穣祭で踊っただけで、意味をつけられるとは恐ろしい。

 次のパーティからはもっと慎重に動かないといけない。

 しかし、気になったのはイアンの方だ。

 イアンだったら、アンジェリカとダンスを踊る意味を理解していないはずがない。

 アンジェリカから誘っていたが、イアンは快く誘いを受けていた。

 

 ――イアン様はアンジェリカお姉さまの騎士になることに前向きなのかもしれない。


 愛理は少しだけ嫉妬じみた感情を抱いた。

 ソフィーは言う。


「今の教皇様のお姉さまで、亡くなられたアデル・ランドール様が前回の教皇選抜試験で教皇に選ばれたらしいんだけど、その時の騎士もエヴァンス家、イアン様のお父様だったらしいよ。だから、今回もイアン様が選ばれるのではないかって、以前から噂はあったみたい」


 唐突に出たアデルの名前に、愛理はどきっとする。


「アデル・ランドール様が教皇に選ばれたの? 今は双子の妹のマーガレット様が教皇をしてらっしゃるじゃない」

「前回、ランドール家の双子が候補に選ばれて、一位がアデル様、二位がマーガレット様だったらしいよ。教皇になる前にアデル様が突然亡くなられて、次位だったマーガレット様が教皇になられたそうだよ」


 ――アデルが刺されて亡くなったのは教皇選抜試験後だったのか。


 ソフィーはさらに続けて言う。


「アデル様は病死だったらしいよ。でも、教皇就任の儀式前に突然病死って、なんだか本当に病死? って思わない?」


 ――表向きは病死ということになっているのか。ソフィーが言うように、時期的にアデルが殺された理由は教皇就任に関してなにか関わりがあるのかもしれない。


「怖い話だね」

「今回の教皇選抜試験は無事に終わってくれたらいいね」


 二人は離れていた約一か月間を埋めるかのように、会話に花を咲かせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る