第15話 学院へ入学②
ソフィーは愛理に尋ねる。
「ラウラお姉さまと知り合いなの?」
「お姉さま?」
「先輩たちはお姉さま、お兄さまと呼ぶらしいよ」
「そうなんだ。ラウラ……お姉さまとは学院に入学する前から知り合いで、いろいろ教えてもらったりしたの」
「へぇ、いいねぇ。ラウラお姉さまはなんだか近づきがたい雰囲気だから、まだ話したことなかったんだ。『妹』や『弟』もいないし」
「妹? 弟?」
「面倒を見る後輩のことを『妹』『弟』と呼ぶんだって。学院って独特な決まりが多くて大変」
「そうだね。覚えるの大変そう」
二人はふふっと笑って、それからソフィーは言う。
「一緒にがんばろうね」
「うん。よろしく」
ドアがノックされた。
開いたままだったドアから二人の女の子が顔を覗かせる。
小柄で金髪のくせ毛をポニーテールにしている女の子が言う。
「ソフィー。同室の子、きた?」
それにソフィーが答える。
「来たよ。アイリーンだよ」
もう一人の子は茶髪を短く切ったボーイッシュな雰囲気の子だった。
二人は部屋に入ってきて、ポニーテールの子は愛理に言う。
「あたし、ドロシー・ホーダーン」
ボーイッシュな子も笑みを浮かべて言う。
「カレン・カーライル。わたしたちは隣の三〇九号室だよ。同じ一年生。よろしく」
「私はアイリーン・エヴァンス。仲良くしてね」
ソフィーは自分のベッドに腰かけた。
「せっかくだから座って、少し話そうよ」
愛理も自分のベッドに腰掛け、ドロシーはソフィーの机の椅子に、カレンは愛理の机の椅子に座った。
ドロシーは愛理に尋ねる。
「アイリーンはどうして遅れて入学したの?」
「家の事情で……。エヴァンス家に後継人になってもらった後に洗礼式を受けることになっていたから、時間がかかってしまったの」
事前にイアンと話して決めていた理由を愛理は言った。
それを聞いたドロシーは納得して頷いた。
「ふーん。大変だったんだね」
「まぁね。授業はもうはじまっているんだよね?」
愛理の問いにソフィーは答える。
「うん。はじまって一か月くらいかな」
ソフィーの言葉に愛理は項垂れる。
ただでさえルイスフィールドの知識が乏しいというのに一か月分も授業が遅れてしまった。
「授業、途中からでついていけるかなぁ。不安だなぁ」
ソフィーは愛理を安心させるように笑いかける。
「心配しなくていいよ。座学は午前中だけだし、まだ基礎の振り返りって感じ」
「基礎かぁ。ソフィーたちは学校に行っていたの?」
ソフィーは首を横に傾げる。
「学校? 貴族学校のこと? わたしたちは平民だから貴族学校は出てないよ」
「うーんと、地元にいた時に勉強していたの? と、聞きたかったの」
ソフィーはぽんっと手を打った。
「わたしは教会で定期的に開かれていた勉強会に参加していたかな」
ドロシーとカレンも頷く。
「そうなんだ……」
愛理は頭を抱えたくなった。
基礎もできていないのに授業に遅れて入ることが憂鬱になってきた。
さっそく心が折れそうだ。
表情が暗くなっていく愛理にカレンが慌てて言う。
「大丈夫だって。わたしたちも読み書きは苦手で補講を受けているから。アイリーンも一緒に参加しよう」
「うん。カレン、ありがとう。補講があるんだね。ちょっと安心したよ」
ほっとした表情を浮かべた愛理にドロシーは教えてくれた。
「四限目が自由時間なんだ。その時間に補講があるよ。貴族学校を出ている子たちと比べたら、あたしたち全然だもん」
ソフィーは頷いた。
「貴族学校出身の子たちは魔法の訓練も学校でやっていたみたいだし」
ドロシーは少し声を落として言った。
「なんていうか、貴族学校出身の子たちって感じ悪いよね。平民のあたしたちを見下している。教会に入ったことで、あたしたち平民も準貴族の扱いだし、それでも身分差があるのは確かだけど、教会内では身分差を持ち出すのはご法度じゃん。先輩たちを見ていると、そんなに貴族だから、平民だからって感じないのに」
ドロシーはだいぶ不満がたまっているようだ。
愛理は尋ねる。
「準貴族の扱い?」
「教会に入ると、準貴族として扱われるんだよ。一代限りだけどね。もともと貴族の子は家の方が優先される」
「じゃあ、私も準貴族?」
ドロシーは首を横に振る。
「アイリーンはエヴァンス家が後継人でしょ。後継人の位が優先される」
つまり、愛理は侯爵家ということになる。
ソフィーは困ったような表情を浮かべた。
「アイリーンにあまり先入観を持たせない方がいいよ」
ドロシーは申し訳なさそうに頭に手をやり頷いた。
「そうだね。ごめんね。愚痴っちゃった」
カレンは笑う。
「まぁ、愚痴りたくもなるよなぁ」
――あまりクラス仲は良くないのかな。覚悟しておこう……。
そうして、愛理たちは和気あいあいと午後の時間を過ごした。
十一の鐘が鳴った。十六時だ。
ソフィーは言う。
「そろそろ湯浴みしに行こうか」
ドロシーは立ち上がった。
「あたしたちも支度してくる。廊下で待ち合わせよう」
ドロシーとカレンは部屋を出て行った。
ソフィーは湯浴みの支度をしながら教えてくれる。
「十五時から十七時がお風呂の時間。決まりはないけど、三年生が十五時から、二年生が十五時半頃から、一年生が十六時頃から入るよ」
愛理たちが廊下に出ると、ドロシーとカレンも部屋から出てきて一緒にお風呂に向かった。
お風呂から出て部屋に戻ると、今度は夕食の時間だ。
またソフィーが教えてくれる。
「夕食は十七時から十八時まで。そのあと夜のお祈りがあって、十九時に消灯だよ」
十二の鐘が鳴ると、愛理とソフィーは部屋を出て、三〇九号室のドアをノックする。
ドロシーとカレンが出てきて、一緒に夕食をとりに食堂に向かった。
食堂は生徒や職員で混雑していて、四人はお盆を持って列に並んだ。
夕食は鳥肉のトマトソース煮込みと野菜スープとパンだ。
四人は席を見つけて座り、お祈りをしてから食事を食べはじめる。
愛理たちは食事を終えた後、お盆を下げてから食堂を出た。
そこでラウラと会った。愛理を待っていたようだ。
「アイリーン、夜のお祈りに行こう」
ソフィーとドロシーとカレンに別れを告げて、愛理はラウラと一緒に歩き出す。
事務所を通って教会に行くと、こちらも賑わっていた。
愛理はラウラと長椅子に座ろうとした。
その時、通路を挟んだ隣の長椅子にいたアンジェリカが声を掛けてきた。
「ラウラ。あなた、アイリーンと一緒? 『妹』にしたの?」
ラウラはアンジェリカを振り返る。
「そう。アンジェリカこそアイリーンを知っているの?」
「洗礼式の日に会いましたのよ。わたくしはアイリーンの後継人のエヴァンス家とも親交がありますもの。それにしても、今まで後輩の面倒を見てこなかったあなたがどういう風の吹き回しですの?」
二人はあまり仲良くないのだろうか。
愛理はひやひやしながら状況を見ていた。それにラウラの妹になったのは今知った。
愛理がおろおろとしていると、事務所から教皇のマーガレットが出てきた。
夜のお祈りの時間になったのだ。
みんな静かに席に座り、マーガレットが登壇するのを待つ。
登壇したマーガレットは参列した生徒や職員に向かって言う。
「さて、夜のお祈りの時間です。女神ララーシャへ祈りましょう」
マーガレットは踵を返して女神の像に跪いた。
ラウラが顔の前で両手を握ったので、愛理もそれに倣う。
「女神ララーシャ、今日も一日無事に過ごせたことを感謝いたします」
しばらく祈りを捧げた後、教皇は立ち上がった。
そして、洗礼式にもいたグレーの髪の女性が登壇する。
「今日の連絡事項ですが一点あります。夏服のサイズ変更を希望する者は服飾課のシスターエレインに明日中に依頼してください。以上です」
それを合図に、愛理とラウラは席を立つ。
愛理はアンジェリカとラウラのやりとりが途中だったので、またひと悶着あるかと警戒したが、アンジェリカはこちらを見ることもなく、他の生徒を引き連れて教会を出て行った。
愛理とラウラも教会を出て寮に戻ると、ラウラは二階で愛理に言った。
「また明日」
「はい。おやすみなさい」
愛理はラウラと別れて三階の自室へと向かった。
部屋に戻ると、ソフィーがすでに戻っていた。
外はもう薄暗い。
愛理は部屋を仕切るカーテンを閉めて、寝る支度を済ませ、布団に潜り込みながらソフィーに言う。
「おやすみ、ソフィー」
「アイリーン、おやすみぃ」
こうして、愛理は学院入学の一日目を終えた。
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