第2章 教会付属学院編

第14話 学院へ入学①

 五月十九日、愛理が教会の学院に入学する日がやってきた。

 支度を終えた愛理はトランクを一つだけ持って玄関を出る。

 イアン、マリアンヌ、メアリー、ジェームズが見送りに出てきてくれた。

 マリアンヌは手を振って言う。


「いってらっしゃい、アイリーン」

「いってきます」


 愛理は笑みを浮かべて、手を振った。

 寂しい気持ちでいっぱいだが、すぐに帰れる距離である。

 

 ――今は教会でやっていくことを考えなければ。友達はできるだろうか。


 不安は尽きないが、愛理の歩みは前向きだった。


 

 愛理は教会から事務所に入ると、受付にいるシスターの隣にローナとラウラがいた。

 ローナは両手を広げた。


「アイリーン、待っていたよ。ようこそ教会へ」

「ローナ先生! ラウラ!」


 愛理は知った顔がいて、ほんの少しだけ緊張が解けた。


「今日の案内役だけど、あたしとラウラが担当するからね。さっそく制服に着替えようか」


 愛理はローナに先導されて、服飾課へと向かう。

 ローナがノックしてからドアを開けると、室内で作業していたエレインは顔を上げた。


「アイリーン、ようこそ教会へ。制服できているよ」

「ありがとうございます」


 愛理はエレインから制服と靴を受け取った。

 エレインは衝立を指さす。


「着替えておいで」


 愛理は衝立の向こう側で制服に着替えていると、制服の襟に黒いラインが入っているのに気がついた。

 ローナやラウラの制服に入っていたかなと思いながら、着ていた洋服をトランクに詰めた。

 愛理が衝立から出ると、ローナは言う。


「似合っているよ、アイリーン」


 愛理は照れたように笑った。

 ローナやエレインの制服の襟には黒いラインは入っていなかったが、ラウラの制服には襟に黒いラインが入っている。


「この襟の黒いライン、ローナ先生やシスターエレインの制服には入っていないんですね」


 その問いに答えたのはエレインだった。


「そのラインは学院生の制服にだけ入っているんだよ。見習いだからね」


 愛理は納得して頷いた。

 ローナは愛理に言う。


「訓練場を案内するよ」


 愛理はローナのあとをついて行く。

 愛理たちは事務所を通り抜けて、裏口から外に出た。

 そこから右に行くと、訓練場があった。

 少し歩くと、塀から少し離れたところに的が設置されている。

 ローナはその前で立ち止まった。


「まずはアイリの能力を見せてもらうよ。技能のクラス分けの参考にさせてもらう。炎の魔法でやってもらおう」


 ローナは愛理の背を押して、的の前に誘導する。


「あの的に撃ってみて」

「はい」


 愛理は息を整える。

 炎の魔法はイアンに使用を禁止されていたのではじめて使う。


 ――水の魔法の時は思いっきりやってしまって失敗したから調節しなければ。


「いきます」


 愛理は杖を抜いて、的に向けて撃った。

 けれど、炎は情けない音を立てて、的に届かず消えた。

 ローナは愛理の肩に手を置く。


「あれ? Aランク様? 本気出した?」

「初めて水の魔法を使った時に失敗したので、弱めにと思ったのですが……」


 ローナは納得したように頷いた。


「そう。コントロールしようと思ったんだね。大事だよ。でも、次はもう少し火力強めでいこうか。的には耐性魔法がかけてある。安心して撃ってごらん」

「はい」


 愛理はまた息を整えて、杖を構えて全力で撃った。

 すると、今度は的を吹き飛ばしてしまった。

 ローナは的に駆け寄る。


「え? 嘘。耐性魔法を掛けてあるのに……」


 愛理もローナのあとを追った。


「ご、ごめんなさい。壊しちゃった……」


 ローナはうしろから来た愛理を振り返る。


「塀は壊れてないね。よかった。気にしなくていいよ。的は消耗品だから。うーん。アイリは魔力のコントロールの訓練が必要だから、まずは初級クラスかな」


 愛理は杖を見つめる。

 

 ――思った通りに魔法を使うのは難しい。

 

 ローナの言う通り、コントロールの訓練が必要だ。

 ラウラは愛理に言う。


「魔法は具体的にイメージするのが大切」


 ラウラは的に炎を撃った。炎は的に当たって飛散した。

 それを見ていたローナは言う。


「ラウラはBランクだけど、上級魔法を操ることができる。コントロールで言えば、学院一かもしれない。今度教えてもらうといいよ」

「ラウラ先生、よろしくお願いします」


 愛理はラウラに頭を下げた。


「先生はやめて……」


 ラウラは苦笑した。

 ローナは狼狽えるラウラを見て笑った。


「次は学舎を案内するよ」


 学舎に入ると、ローナは愛理を振り返った。


「生徒は二十七人在籍している。一年生はアイリを入れて九人。一階は食堂、学長室、職員室、多目的室がある。食堂は食事の時間は混むからね。時間に余裕をもって行くように。二階は教室。三階は図書室になっている。図書室の本は先生に許可をもらって部屋で読むこともできる。でも、教会の敷地から持ち出すのは不可だ。さて、食堂で昼食にしよう」


 三人は食堂に向かう。

 食堂ではすでに多くの生徒や職員が昼食をとっていた。

 カウンターの前には行列ができていて、愛理たちはお盆を手に取り、その行列に並んだ。

 カウンターには三人のシスターがいて、それぞれからメインの料理、パン、スープをもらう。

 今日は豚肉のソテーとトマトスープとパンだ。

 三人は空いている席を見つけて、お祈りをしてから食事をはじめた。

 ローナは食べながら食堂の注意点を教えてくれる。


「食事の時間だけど、朝は六時半から七時半。昼は十二時から十三時。夜は十七時から十八時だよ。討伐とか特別な事情がない限り、時間外の食事は受付けていないから気をつけてね」


 食べ終えた三人は食堂を出ると、ローナは言う。


「あたしはここまでね。寮はラウラが案内してくれるよ」

「ありがとうございました」


 ローナは手を振って、愛理とラウラを見送った。

 ラウラは愛理を振り返り、裏口を指差した。


「寮はこっち」


 学舎を通り抜けて裏口から出ると、寮が三つ並んでいる。


「右側が女子寮、中央が女性職員寮、左側が男性寮」


 ラウラはそう言って、右側の女子寮に入っていく。

 寮に入るとすぐ右側に小窓があって、そこにいた女性と愛理は目が合った。

 女性は小窓の横のドアを開けて出てくる。


「アイリーンだね。ようこそ教会へ」


 ラウラが女性を紹介する。


「寮母のシスターアンナ」

「困ったことがあったらいつでも相談してね」


 明るい女性だ。二十代後半くらいで、茶髪を後ろで一つに結んでいる。

 愛理は頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 アンナはにっこりと笑った。

 それから、アンナは寮の案内をはじめる。


「今は食事の時間だからあまり人はいないけど、ここは談話室。奥にお風呂があるわ」


 階段を上りながらアンナは続ける。


「二階から上が寮の部屋。アイリーンは三階の三一〇号室ね」


 愛理の部屋は三階の一番奥の部屋だった。

 アンナはドアをノックしてから開ける。


「ソフィーはまだ戻っていないみたいね。奥はソフィーが使っているから手前のスペースを使ってね」


 愛理は部屋の中を見渡した。ベッド、クローゼット、机が二セットずつ置いてあり、部屋を区切れるようにカーテンがかけられている。

 愛理は言われた通り、手前に置かれたクローゼットの前に持っていたトランクを置いた。

 クローゼットを開けると、制服が一着と寝間着などが揃っている。


「制服は夏冬それぞれ二着ずつ支給されるわ。それは冬用のもう一着ね。もう少ししたら夏用も支給されるわ。あと、生活に必要なものは支給されるから、消耗品などなくなったらわたしに言ってね。あとは、そうね、学生寮では基本的に部屋での飲食は禁止。談話室でならいいわよ。門限は十九時ね」


 アンナの説明を聞いていたら、ドアからひょこっと女の子が顔を出した。

 そばかすが印象的で濃い茶髪を三つ編みにした子だった。


「もしかしてあなたがアイリーン?」

「うん。同室のソフィー?」


 ソフィーは頷いてから、部屋の中へと入ってきた。


「わたし一人部屋だったから、アイリーンがきてくれて嬉しい」


 おっとりとした雰囲気の女の子だ。

 気が合いそうで、愛理はほっと胸を撫で下ろす。


「ソフィー、アイリーンにいろいろ教えてあげてね」

「わかりました」


 ラウラは愛理に言う。


「十八時から教会で夜のお祈りがある。一緒に行こう。アイリーン」

「はい」


 ラウラとアンナは部屋を出て行った。

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