第20話 アンジェリカ
愛理たちが寮に戻ると、寮母のアンナは三角巾で肩を吊った愛理の姿を見て驚いた。
「アイリーン、どうしたの?」
「ちょっと肩を怪我してしまって……」
「治療院に行ってきたの?」
「はい。生活には特に制限ないので大丈夫です」
「分かったわ。困ったことがあったら言ってね」
「はい。ありがとうございます」
愛理とソフィーは自室に戻った。
愛理はベッドに横になり、ソフィーを見る。
「さっき十一の鐘が鳴ったね。ソフィーたちはお風呂に入ってきなよ。私は今日はやめておくから」
「分かった。行ってくるね」
ソフィーは着替えを持って、部屋を出て行った。
それを見送った後、愛理は大きな溜息を吐く。
左肩は痛いし、ルイーズのことを考えると頭が痛い。とはいえ、今回のことは、ルイーズたちはやりすぎたし、このまま放っておくことはできない。
愛理の部屋の扉がノックされた。
ソフィーはお風呂に行ったばかりだし、ドロシーかカレンだろうか。
愛理は重い体を起こして、ドアを開けた。そこにいたのはアンジェリカとルイーズだった。
ルイーズが勢いよく頭を下げる。
「アイリーン、ごめんなさい。怪我をさせるつもりはなかったの」
愛理は目をぱちくりとさせた。
突然の謝罪に何と言ったらいいのか分からない。それに、簡単に許すつもりもなかった。
アンジェリカはルイーズに言う。
「ルイーズ、あなたはもう部屋に戻りなさい」
ルイーズは頷いて、廊下をとぼとぼと歩いて行く。
それを見送ってから、アンジェリカは愛理に言う。
「アイリーン、少しよろしいかしら」
「はい」
アンジェリカは部屋に入り、ドアを閉めた。
「今までのことをルイーズから聞きましたわ。『姉』として、わたくしがルイーズのしていたことに気づくべきでした。ごめんなさい」
愛理は慌てて言う。
「いいえ。アンジェリカお姉さまが謝ることはないです」
「いいえ。わたくしがしっかりと『妹』を教育していなかったから起きたことですわ。ルイーズに謝らせるのが筋だと思って謝らせましたが、許される行為ではありません。あなたも許すことはできないでしょう。それでよいのです。それで、怪我の具合はいかがですの?」
「打撲みたいです。明日、また治療院に行って診てもらいます」
「そう。しばらくは生活も不自由ですわね。困ったことがあったら言いなさい」
「はい。ありがとうございます」
その後、二人の間に会話はなかった。
愛理はアンジェリカの様子を見る。まだなにかあるのだろうか。
アンジェリカは口を開いた。
「あなた、まだ初級クラスなんですってね」
突然変わった話に愛理はただ頷いた。
「なぜですの? Aランクなのだから、もう中級クラスに上がっても不思議ではありませんのに」
愛理は言いづらそうに、もじもじしながら言う。
「魔力のコントロールが苦手で……。先生から怖くて中級クラスに上げられないって言われていて……」
それを聞いたアンジェリカは口元に手を当てて笑った。
「そういえば、破壊王と呼ばれているのでしたね。わたくしも昔は魔力のコントロールに苦労しましたわ。今回のお詫びに訓練に付き合って差し上げます。明日の四限目にどうかしら?」
「明日の四限目ですね。大丈夫です。よろしくお願いします」
愛理は小さく頭を下げた。
「それでは、お大事になさってね」
アンジェリカは部屋を出て行った。
思いがけない展開だが、魔力コントロールはどうにかして身に着けたいと思っていたので、学院一のアンジェリカに訓練をつけてもらえるのは嬉しかった。
翌日、異変が起きた。
愛理が教室に入ると、ルイーズの取り巻きだったマージェリー、キャサリン、ダイアンが愛理に声を掛けてきた。
茶髪を肩まで伸ばしたマージェリーは愛理に頭を下げる。
「アイリーン、今までのこと本当にごめんなさい」
ウェーブがかかった長い茶髪のキャサリンと、茶髪をポニーテールにしたダイアンも謝罪を口にした。
愛理が返事に困っていると、教師のシスターが入ってきたので、それぞれ席に着いた。
四限目の自由時間、一年生の教室にアンジェリカが顔を出した。
「アイリーン、行きますわよ」
「はい」
愛理はアンジェリカと一緒に教室を出る。
すると、廊下でラウラと会った。
ラウラが不思議そうに尋ねる。
「アイリーン、アンジェリカと一緒?」
「うん。アンジェリカお姉さまに魔力コントロールの仕方を教えてもらうの」
すると、ラウラが頬を膨らませた。今までに見たことのない顔だ。
そんなラウラにアンジェリカは呆れたような視線を向けた。
「なんですの? その顔は。『妹』を取られて嫉妬しているんですの?」
「魔力コントロールの方法ならわたしが教える」
「たまにはいいではありませんか。『妹』を借りていきますわよ」
アンジェリカが歩き出した。
愛理はラウラの様子に後ろ髪を引かれるが、アンジェリカについて行く。
訓練場に着いて、アンジェリカは腕を組んで言う。
「さぁ、まずはあなたの実力を見せてちょうだい」
愛理は杖を抜いて、的に向かって炎を撃った。それは音を立てて、的に当たった。
「次は弱めて撃ってごらんなさい」
愛理は今度は弱めに炎を撃つと、的に当たる前に消えてしまった。
「なるほどね。見ていてごらんなさい」
アンジェリカは的に向けて三発撃った。その三発の威力はそれぞれ違う。弱め、それよりも少し強め、最後は一番強い威力だった。連続で放っているのに、ちゃんとコントロールされている。
愛理は思わず拍手をした。
アンジェリカは愛理を見る。
「魔法はイメージですわ。わたくしは子供の頃、リボンが好きだったので、頭の中にたくさんの幅のリボンを思い浮かべて訓練いたしました」
――いろんな幅があるもの……。
愛理は杖を構えた。
アンジェリカの助言通り、頭にリボンを思い浮かべてみたが、上手くイメージができない。
それよりも、愛理の頭に浮かんだのは麺類だった。
アンジェリカの時のように、試しに三連続で撃ってみる。
――弱めの時はそうめん、中ぐらいはうどん、強めはほうとう!
イメージ通り、強弱をつけて撃つことができた。
愛理は飛び上がる。
「できた! できたぁ!」
「今のは素晴らしい出来でしたわ。あとは、頭の中でしっかりと強さをイメージできるようになれば、コントロールできるようになりますわ。精霊親和力が高ければ高いほど、イメージは大切でしてよ」
「はい! ありがとうございました!」
こうして、愛理は無事魔力コントロールの方法を身に着けた。
午後の訓練でも魔力コントロールは上手くいった。
数日後、愛理は中級クラスに上がることができた。
それがアンジェリカのおかげだったことに、ラウラはまた頬を膨らませていた。
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