第21話 和解

 教室の空気は、以前とは少し変わってきていた。

 愛理、ソフィー、ドロシー、カレンはいつも通りだが、ルイーズ、キャサリン、マージェリー、ダイアンの様子がぎこちないのだ。いつも四人で一緒だったのに、最近はルイーズひとりと、キャサリン、マージェリー、ダイアンの三人に分かれている。仲違いしたというよりも、ルイーズが一人でいたがっているようだ。

 愛理は気にはなったが、声を掛ける義理はなかった。



 そんな折、愛理はマージェリーから手紙を受け取った。

 お風呂に入っている間に、脱衣所に置いてあった制服の下に忍ばせたようだ。

 明日の訓練後、話したいことがあるので部屋にきてくれないか、との内容だった。


 愛理はしばらく考えた。

 今までのことを思い返してみて、呼び出されたことに不快感が強い。けれど、クラスが断裂したままというのも精神的によろしくない。

 二つを天秤にかけて、愛理は一度だけ話を聞くことにした。

 ひとりで行くのも気が引けたので、ソフィーに相談すると、ソフィーは一緒に行くと快く請け負ってくれた。



 翌日の訓練後、愛理は意を決し、ソフィーと一緒にマージェリーの部屋に行った。

 愛理がマージェリーとキャサリンの部屋のドアをノックすると、マージェリーが出てきて、愛理たちを部屋に入れてくれた。

 部屋の中にはマージェリーとキャサリンの二人だけだった。

 マージェリーは愛理が来たことにほっとした様子で言う。


「アイリーン、来てくれてありがとう。ソフィーも一緒なのね」

「一人で来てとは書いていなかったけど」


 愛理は警戒心からつい口調がきつくなる。

 マージェリーは慌てたように手を振った。


「もちろん、ソフィーも一緒で構わないのよ」


 マージェリーは愛理とソフィーに椅子を勧めた。

 そして、マージェリーとキャサリンは愛理にお辞儀をした。


「まずは、これまでの行いを謝罪させていただきます」


 愛理はぎょっとする。

 まるで上位貴族に対する謝罪だったからだ。たしかにマージェリーもキャサリンも男爵家で、侯爵家であるアイリーンよりは下位ではある。

 しかし、ここは教会で、愛理は最初に身分を気にしないと言った。

 それなのに、このような態度を取られて、愛理は嫌悪感を覚えた。


「やめて。そんな風にではなく、普通に謝って」


 マージェリーとキャサリンは顔を見合わせた。

 マージェリーはシュンとする。


「ごめんなさい、アイリーン。わたしたちはずっと貴族の中で、これが当たり前と教わってきたの。不快にさせてしまったのなら謝るわ」


 そこで愛理は気がついた。

 愛理の感覚は平民のソフィーたちの感覚に近い。けれど、マージェリーたちは貴族としての教育が施されているのだ。

 お互いの認識の違いをすり合わせていないのだから、すれ違うのも仕方がないのかもしれない。

 愛理は納得して頷いた。


「ううん。いいよ。それがマージェリーたちの当たり前だったんだね」

「分かってくれてありがとう、アイリーン」


 マージェリーはほっとした表情を浮かべる。

 キャサリンが戸惑うように言う。


「教会にきてからは今までの考え方との違いに戸惑うばかりで……」


 教会では、女神ララーシャに仕える者は皆等しく平等であるという考え方で運用されている。更に、平民は女神ララーシャに仕える者として、準貴族としての身分を得る。

 どちらかと言うと、平民にとっては受け入れやすく、貴族にとっては受け入れがたい考え方なのかもしれない。

 時間もないので、話を進めたい愛理は尋ねる。


「それで、話って何?」


 マージェリーは言いづらそうに話し出す。


「ルイーズのことなの。最近、様子がおかしくて……」


 愛理は拒否感を感じて、顔を歪める。


「それを私に話すのはお門違いじゃないかな。私はルイーズに怪我をさせられたんだよ」


 怪我はずいぶんとよくなってきていたが、まだ左肩を上げ下げすると痛みがある。それに、着替えなど生活で不自由する部分を手伝ってくれていたのはソフィーとドロシーとカレンだ。一度の謝罪以外、なにもないルイーズのことを労わる謂れはない。

 ソフィーもマージェリーの言葉を聞いて眉間に皺を寄せた。


「そうだよ。それはそっちでどうにかするべきではない?」


 マージェリーは困った顔で頷く。


「そうなのだけど、ルイーズは特に教会の考え方に馴染めないようで……。アンジェリカお姉さまの言うことは聞くのだけど、わたしやキャサリンの言うことには耳を貸してはくれないの。アイリーンに水をかけると言った時、わたしとキャサリンはさすがにやりすぎだと反対したの。だけど、ならば来なくていいと突き放されてしまって……」


 マージェリーは溜息を吐く。

 キャサリンが変わって話し出す。


「まさか本当にやるとは思いませんでしたわ。止められなかったわたしたちも同罪です。けれど、ルイーズも悪いところばかりではないの。一度決めたらやり抜きます。今回はその悪い面が出てしまった。貴族学校時代はみんなをまとめる存在でもあって、わたくしたちはその流れで、教会でもそうなるのだと信じていた。けれど、教会にはルイーズと同じ侯爵家のアイリーンが入ってきた。ルイーズはアイリーンを掌握しようとして失敗したのです」

「だから、私をいじめても仕方がないってこと?」


 愛理の言葉にキャサリンは慌てて否定する。


「違います。ルイーズは誤っていた」


 ソフィーは言う。


「アンジェリカお姉さまの言うことは聞くのなら、アンジェリカお姉さまに相談したら? やっぱりアイリーンに言うのは違うよ」


 マージェリーは言う。


「アンジェリカお姉さまにはもう相談しました。今は放っておきなさいと言われてしまって……。でも、わたしは思うの。ルイーズとアイリーンはちゃんと話し合うべきなのではないでしょうか」


 愛理とソフィーは顔を見合わせた。マージェリーの言うことに引っ掛かりを覚えたのだ。

 愛理は首を傾げて尋ねる。


「マージェリーはどうしてそう思うの?」

「二人が話したのは初日だけ。ルイーズの高圧的な物言いはよくありませんでした。アンジェリカお姉さまから教育を受けて、今ではそう思います。けれど、アイリーンの言い方もよくなかったのでは?」


 愛理は痛いところをつかれた。確かにあの言い方は後悔していた。


「うーんと、そうだね。私とルイーズは最初からお互いに良くなかった。会話が足りなかったのも認める。けど、話そうとしても無視していたのはルイーズだよ。私が話そうと言って応じるかな」


 マージェリーは、はじめて笑みを浮かべた。


「そこは、わたしとキャサリンでどうにかしてみます。アンジェリカお姉さまの力を借りてでも、アイリーンの前に引きずってきますわ」

「引きずってこられても話し合いにならないから。でも、分かったよ。私もルイーズとは一度ちゃんと話さないといけないと思っていた。ルイーズの説得はマージェリーたちに頼むね」


 マージェリーは頷いて、愛理の手を取った。


「ありがとう、アイリーン。感謝いたします。わたし、ずっと教室の空気が辛かったの。たった九人の同級生だもの。仲良くしたいと思っていたの」


 愛理は驚いて目を丸くした。自分が思っていたことと同じだったからだ。


「そうだね。それは私も同じ考えだよ。マージェリー」


 愛理はマージェリーの手を握り返した。



 数日後、マージェリーからルイーズの説得ができたと知らせが入った。

 話し合いの場所はマージェリーとキャサリンの部屋。

 そこに調整役でアンジェリカが入ってくれることになったそうだ。



 愛理とルイーズの話し合い当日、四限の自由時間を使って行われた。

 愛理とルイーズはマージェリーとキャサリンのベッドに座って、向かい合っている。アンジェリカは椅子に座って、二人の様子を眺めていた。

 先に口を開いたのは意外にもルイーズだった。


「アイリーン、ごめんなさい。怪我の具合はどうですの?」

「怪我はまだ少し痛むかな……」

「そう。ごめんなさい……」


 ルイーズは黙った。

 今度は愛理がルイーズに言う。


「私の最初の印象、悪かったよね。でも、仲直りして、同期として仲良くしたいと、最初は思っていたんだよ。謝りたいとも思っていた」


 ルイーズは俯いたままだ。

 愛理はルイーズに尋ねる。


「ルイーズはどう思っていた?」

「わたくしは……、ごめんなさい」

「それだけでは分からないよ。ルイーズのことを教えて」


 ルイーズはちらっとアンジェリカを見た。

 愛理はアンジェリカに言う。


「アンジェリカお姉さま。申し訳ないのですが、少し席を外してもらえませんか? 私とルイーズだけで話したいです」

「……いいでしょう。わたくしは部屋の外にいますわ。なにかあれば呼びなさい」


 アンジェリカはそう言って部屋を出て行った。

 愛理は再びルイーズと向き合う。


「話して。ルイーズ」


 ルイーズは頷いて、俯きがちにゆっくりと話し出した。


「……エヴァンス侯爵家が後継人をしているアイリーンが学院に入ってくると聞いて、わたくし、内心焦ったのです。貴族学校では学年で一番の高位はわたくしでした。アイリーンをわたくしの派閥に入れられれば、今までと変わらないでいられると思ったのですわ。けれど、実際はアイリーンに図星を突かれて戸惑いました。アンジェリカお姉さまにも言われていたことだったから。でも、わたくしには爵位しかないのです。他のやり方が分かりませんでした」


 ルイーズは涙を流しはじめた。


「お祈りの時、アンジェリカお姉さまがアイリーンを気に掛けたことにも焦りました。もしアンジェリカお姉さまがアイリーンを気に入ったら……。そうと思うと、怖かったのです。アンジェリカお姉さまから教会での生活を教わる度に、わたくしの考え方が誤っていると気づかされていた。けれど、やめることができませんでした。わたくしが弱かったからです」


 愛理はルイーズの言葉を聞いて、溜息を吐く。

 つまり、愛理はルイーズの保身のためにいじめられていたということだ。


「ルイーズの気持ちは分かったよ。私はクラスで一番になりたいとも思っていないし、平穏に生活できればいいと思っている。私の『姉』はラウラお姉さまだし、ルイーズの心配は、私とちゃんと話していれば解消されていたんじゃないかな?」

「アイリーンの言う通りですわ……」

「私はルイーズにされたことはずっと忘れないし、許すつもりもない。でも、これからはもう少し仲良くできたらいいなと思っている。ルイーズはどう?」

「わたくしはアイリーンに酷いことをしたのに、あなたはそう言ってくださるのですね。ありがとう」


 愛理は立ち上がって、ルイーズに握手を求める。

 ルイーズも涙を拭いた後、立ち上がって愛理の手を握った。

 それから愛理は部屋の扉を開けて、外で待っていたアンジェリカ、マージェリー、キャサリン、ダイアンに声を掛ける。


「終わりました」


 愛理はアンジェリカに頭を下げる。


「今回は一年の騒動に巻き込んでしまって、申し訳ございませんでした」


 ルイーズ、マージェリー、キャサリン、ダイアンも愛理に続いて頭を下げた。

 アンジェリカはそれぞれの頭を優しく撫でた。


「構いませんわ。それに、毎年一年生は同じように身分差の壁で揉めるのです。ルイーズ、マージェリー、キャサリン、ダイアンはわたくしの『妹』。アイリーンは後輩ですわ。『妹』や後輩を導くのは先輩の務め。また困ったことがあったら相談なさい」


 アンジェリカはそう言って、ストレートの金髪を揺らして颯爽と去って行った。

 その後ろ姿を見て、残された愛理、ルイーズ、マージェリー、キャサリン、ダイアンはときめく。

 ルイーズは胸の前で手を握って言う。


「アンジェリカお姉さま、素敵ですわ……」


 愛理、マージェリー、キャサリン、ダイアンも頷いた。

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