第7話 エヴァンス家①
愛理とイアンは教会から出て、城と駐屯地の間の通りを行くと、今度は住宅街に出た。
右側には大邸宅が並び、左側はそれと比べると実用的な家が立ち並んでいた。
左側の道を曲がり、二階建ての家の前でイアンは止まった。
「ここが俺の家だ」
イアンはそう言うと、玄関へと向かっていく。
右側には厩があり、そこには一頭の馬がいて、左側には洗濯物が干してあった。
イアンは玄関を開けた。
「ただいま」
すると、ゆるいウェーブのかかった長い茶髪の若い女性が出てきた。瞳は茶色で、イアンと少し似た可愛らしい女性だった。
「お兄様、お帰りなさい。無事に戻られてよかった。風の精霊シルフのご加護に感謝いたします」
茶髪の女性の後ろから、白髪交じりの茶髪のふくよかな女性もやってきた。
「旦那様、お帰りなさいませ」
そして、二人の視線はイアンの隣にいる愛理に向かった。
「この子はアイリーン。うちで預かることになった」
イアンのその一言に、茶髪の女性とふくよかな女性は視線を合わせて驚いたようだった。
「アイリーン。妹のマリアンヌと、うちのことを手伝ってくれているメアリーだよ。メアリー、ジェームズを呼んできてくれるか?」
「かしこまりました。旦那様」
メアリーは踵を返して、裏庭に向かった。
マリアンヌはリビングを指差した。
「こんなところで立ち話もなんだし、リビングで話しましょう。アイリーンと言ったわね? わたしはマリアンヌよ。仲良くしてね」
「よろしくお願いします」
愛理は頭を下げた。
案内されたリビングは、木のぬくもりが溢れ、落ち着いた雰囲気だ。カウンターキッチンも隣接されている。
メアリーが男性を連れて戻ってきた。男性の顔は日に焼けていて、細身のおじさんだった。
「旦那様、お帰りなさい。見知らぬお嬢様をどこかから連れてこられたと……」
メアリーは顔を顰めて、一喝する。
「あんた、言い方には気をつけなよ。それじゃあ、旦那様が誘拐してきたみたいじゃないか」
メアリーの言葉にイアンは苦笑する。
「誘拐はしてきていないから安心しなさい。アイリーン、こちらはジェームズ。メアリーとは夫婦なんだ」
それから、イアンはみんなに向かって言う。
「事情を説明するからみんな座りなさい」
リビングには四人掛けのダイニングテーブルがあった。
愛理、イアン、マリアンヌ、メアリーはダイニングテーブルの椅子に、ジェームズは部屋の隅に置いてあった丸椅子を持ってきて座った。
イアンは愛理を遠縁の子と紹介し、後継人になったことを伝えた。
マリアンヌは尋ねる。
「まぁ。アイリーンは五月の洗礼式に参加するの?」
イアンは頷く。
「そうだ」
それを受けて、マリアンヌは慌てた様子で言う。
「大変! じゃあ、急いでドレスを頼まないと。二週間もないわ」
「ドレスか。マリア、アイリーンの洗礼式の準備は頼んでいいか?」
「わかったわ。メアリー、あとでマダムケリーのところに行ってきてくれる?」
メアリーは頷く。
「かしこまりました。マリアンヌお嬢様」
「あとは、アイリーンの部屋ね。客室でいいかしら?」
マリアンヌがイアンに尋ねると、イアンは少し悩んだ末に言う。
「シャーロットの部屋は使えるか?」
イアンはメアリーに視線をやった。
「ええ。掃除はしておりますから」
「後継人になったんだ。ちゃんと部屋は用意した方がいいだろう」
「そうですね。かしこまりました」
マリアンヌは言う。
「シャーロットの部屋を使うなら整頓が必要ね。でも、まずは昼食にしましょう」
メアリーはキッチンへ向かい、昼食を用意してくれた。
野菜と豚肉のスープとパンだった。パンは、昨夜とは違って柔らかい。
昼食を終えると、マリアンヌが言う。
「ジェームズはお風呂の準備をお願い。メアリーはさっき頼んだおつかいをお願いね。わたしはアイリーンの部屋の準備をするわ」
マリアンヌは愛理を連れて、二階のすぐ右側の部屋の扉を開ける。
「隣はわたしの部屋。向かいはお兄様のお部屋よ」
部屋にはベッド、机、クローゼットがあった。ぬいぐるみなども置かれていて女の子の部屋だった。まるで部屋の主がいるようだ。
愛理はマリアンヌに尋ねる。
「この部屋は誰も使っていないんですか?」
「三年前に亡くなった妹が使っていたの。片そうと思ってもなかなか……ね」
マリアンヌは苦い笑みを浮かべていた。
愛理はおずおずと尋ねる。
「私が使ってもいいんですか?」
「いいのよ。お兄様の言う通りうちが後継人になったのだから、アイリーンの部屋も用意しないとね。アイリーンの荷物はそれだけ?」
マリアンヌは愛理が持っている包みを見た。
包みの中身は愛理が着ていた洋服が入っている。
愛理は頷いて、包みを解いて見せた。
「これは洋服? でも、この辺りでは見ない洋服ね」
「そうなんです。なので、今着ているのはローナ先生から借りた洋服なんです」
「そう。なら、普段着も必要ね。わたしが昔着ていた洋服でアイリーンが着られそうなものあったはず……」
そう言いながら、マリアンヌは部屋を出て行った。
しばらくして、マリアンヌは洋服を数着持ってきた。白いブラウスを広げて愛理に合わせる。
「これとかどうかしら? 試着してみてくれる?」
「ありがとうございます。着てみます」
マリアンヌは再び部屋を出て行った。
愛理はマリアンヌが持ってきた洋服を一枚いちまい確認する。
白いブラウスが二枚、緑のスカートが一枚、ベージュのスカートが一枚、水色のワンピースが一枚だった。
愛理は一着ずつ試着してみたが、特に問題なさそうだ。
愛理が最後に着ていた水色のワンピースを脱ごうとした時、部屋のドアがノックされた。
「着替えは終わったかしら?」
「はい」
マリアンヌはドアを開けて入ってくると、愛理が今まで着ていた洋服を拾い上げた。
「これは借りものと言っていたわね。洗って返さないとね。水色のワンピース、似合うじゃない。丈も大丈夫そうね。他の洋服も大丈夫だった?」
「はい。ありがとうございます」
マリアンヌはにっこりと笑った。
「いいのよ。気に入っていた洋服だったから、捨てるのも忍びなくて。着てもらえて嬉しいわ」
マリアンヌは持ってきた箱にぬいぐるみなどをしまい、洋服はクローゼットにしまった。ベッドメイキングもしてくれた。
愛理はそれを手伝う。
「アイリーン、敬語じゃなくていいのよ。気楽にして頂戴。ね?」
「ありがとうございます」
マリアンヌは手を止めて愛理を見る。
「アイリーン」
「あ! ありがとう、マリアンヌさん」
「よろしい。あと、名前も。お兄様や周りの人は、わたしのことをマリアって呼ぶから、アイリーンにもそう呼んでほしいな」
「わかった。マリア」
マリアンヌはふふっと笑った。
ドアがノックされる音がしたので、マリアンヌは応えた。
「はーい」
ドアから顔を覗かせたのはイアンだった。
鎧姿ではなく、白シャツにズボンというラフな格好だった。お風呂上がりのようでタオルを肩に巻いていた。
「支度の方はどうだ?」
マリアンヌは答える。
「今終わったところよ」
「そうか。湯浴みを終えたから、次、アイリーンどうだ?」
愛理はその言葉に目を輝かせる。
「お風呂! いいんですか?」
マリアンヌはふふっと笑った。
「どうぞ。どうぞ。お風呂場に案内するわ」
愛理はマリアンヌと一緒に部屋を後にした。
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