第19話 春の便り
朝起きてすぐにサラは父に電話を入れた。
「ごめんなさいお父様。連絡するのが遅くなってしまって。」
「いや、行先は書置きで知っていたからね。男ならそういうときもあるだろうと思って、あえて私からも連絡しなかったんだ。手間をかけたねサラ。」
案外いつも通りの父で、サラは安心した。
アルブレヒトに電話を替わった途端、サラにも聞こえるくらい父の大きな声が聞こえた。
「無事ならよかった!ちゃんと帰っておいで!」
子供想いの優しい父だ。きっと心配していたに違いない。
だが、あまりに切実に叫ぶので、サラは笑ってしまった。
「今日、北東の街で研究をしてもいいか上司に相談してみる。」
「本当ですか!」
「難しいと思うけど、聞くだけ聞いてみるから。だから、今日はとりあえずシュルツ家に帰りなよ。お父様も心配してたし。」
目玉焼きをトーストに乗せたシンプルな朝食を二人で囲む。
「そうですね。今夜出席しないといけない会議もあるので、とりあえず今日の所は帰ります。」
「とにかく、アルも一緒に出るよ。確かちょうどいい時間の馬車があったはず。」
魔術支部局の近くに、北東の街と行き来する馬車の停留所があるのだ。
身支度を整えると、二人でアパートメントを出た。
朝の澄んだ空気が体に染み渡る。
アルブレヒトにはサラのカーディガンとセーターを貸した。
サラにとってはオーバーサイズのものだが、アルブレヒトが着るとちょうどいいサイズになった。
本当ならコートを貸してあげたかったが、サイズが合わなかったので苦肉の策だ。
歩くこと五分、馬車の停留所が見えてきた。
間のいいことに、もうすぐ出発する馬車が停車中だ。
「忘れ物はない?」
「もともと何も持ってきていませんから。」
「そうだったね。」
サラはくすくすと笑った。アルブレヒトもそれを見て微笑んでいる。
「アル、またすぐにね。」
「はい。待っていますから。お仕事頑張ってください。」
「アルもね。」
サラの手を軽く握って離すと、アルブレヒトは馬車に乗り込んだ。
そして間もなく馬車は走り出し、森でその姿は見えなくなった。
自分が思っていたより、アルブレヒトが来て楽しかったのかもしれない。
一生の別れではないのに寂しくなって、サラはそう思った。
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「え!いいんですか?」
「ああ、素晴らしい提案だと思うよ。」
昼休憩のあと、北東の街での研究を提案するために、サラは魔術支部局長室を訪れていた。
魔術支部局長はロマンスグレーに眼鏡をかけたナイスミドルだ。
サラの祖母とは古い知り合いらしく、サラのことを採用してくれたのもこの人物だ。
当然却下されると思っていたが、あっさりと肯定されてサラは拍子抜けした。
「でも、ここでの仕事もありますし……。」
「君のプロジェクトは一区切りがついただろう。ここは街から離れすぎているからね。物資や情報のやり取りはなかなか不便だから、ちょうど連絡係のようなポジションを設けようかと思っていたんだ。元々はこの魔術支部局こそ、各地の連携を図るために作られたものだから、おかしい話だけどね。」
「では、本当に北東の街に行っていいんですか。」
「もちろん。それに、シュルツ家の方で研究所を建ててくれるなら願ったり叶ったりだ。魔術局は万年資金不足にあえいでいるから。僕の方からもシュルツ家に連絡を入れておくよ。」
こうして魔術支部局での就職が決まったときのようにとんとんと話が進んだ。
受け持っている仕事の引継ぎや身辺整理など、怒涛のような日々は年が明けても続いた。
そして、季節は春を迎えた。
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「四年ぶりか。」
サラはシュルツ家の敷地に足を踏み入れていた。
久しぶりの実家は、家を出たときと変わっていなかった。
当たり前ではあるが、サラはそれが嬉しかった。
「っ、風強い。」
少しの肌寒さを残してはいるが、強く風は確実に春の訪れを告げている。
「アルがうちに来たのも今日みたいに風が強い日だったな。」
アルブレヒトと出会ってから四年経ったが、その中で共に過ごしたのはたったの一年だけだ。
だが、振り返れば色んな思い出が温かい気持ちを連れて蘇ってくる。
「お父様とララちゃんに会うのも楽しみだし。」
段々と見慣れた玄関が近づいてくる。
「あれ、なんか緊張してきたかも。」
久しぶりすぎて謎の緊張感があったが、家族に緊張するのもおかしいかと開き直った。
玄関のドアに手をかけ、勢いよく開ける。
「ただいま!お父様、アル!あとララちゃん!」
26歳、春。沢山の季節を越えて、サラは大好きな家族の元へ再び帰ってきた。
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