第16話 祈り
あれから、サラが祖母に連絡して話がとんとん拍子で進み、無事に春から魔術支部局の研究員として働くことが決まった。
父は寂しそうな嬉しそうな複雑な表情をしていた。
アルブレヒトはいつも通りだった。
年が明けて、卒業式が近付いてき、サラもアルブレヒトも春休みに入った。
卒業後、サラは魔術支部局の近くに一人暮らしをすることにした。
祖母の家からでも通勤できるが、せっかくなら一人暮らしをしてみたかったのだ。
アルブレヒトはサラと同じ魔術大学校に進学予定だ。
今年は雪解けが遅く、もうじき春だというのにまだ雪景色が広がっている。
家を出ると宣言してから、アルブレヒトの魔力の経口摂取は断っていた。
色々理由はあったが、多忙なアルブレヒトに手間をかけさせたくなかったし、なにより体調が安定したからだ。気持ちが上向きになったからかもしれない。
その代わりと言っては何だが、休日はサラの外出に付き合ってくれた。
外は寒いので家で過ごすことも多かった。読書したり、カードゲームをしたり、どれも穏やかな時間で楽しかった。
アルブレヒトは大体無表情なので、楽しんでいるかわからなかったが。
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今日は新月だ。
新月は、教会で女神に祈りを捧げる。
残念ながら父は出張でいなかったが、アルブレヒトと一緒だ。
サラとアルブレヒトはコートを脱いで席に座った。
今月末には魔術支部局に行くので、今日がアルブレヒトと礼拝に来れる最後の日だ。
サラはいつもより念入りに祈りを捧げた。
どうか父やアルブレヒトが健康でいられますように。無理しないように。毎日平和に暮らせるように。
そうして目を開けると、いつの間にか聖歌が終わっていたらしく、続々と礼拝者が教会を後にしているところだった。
「終わってるの気がつかなかった。」
「僕もです。」
アルブレヒトも長く祈りを捧げていたようだ。
「じゃ、私たちも行こっか。」
サラが立ち上がろうとすると、アルブレヒトに腕をつかまれた。
「どうかした?」
「……。」
アルブレヒトは言いたいことがあるのか、口を開こうとするが、なかなかしゃべらない。
教会にいるのはサラとアルブレヒトだけになっていた。
「アルブレヒト君?どうかした?」
「……しまうんですか」
「えっ。」
「本当に出て行ってしまうんですか。」
「う、うん。もう住む場所も決まったしね。あとは引っ越しだけ。」
それはアルブレヒトも知っているはずだ。
「……僕のせいですか?」
「え?」
「僕がシュルツ家にやってきたから。」
「ち、違うよ!」
「ですが僕はあなたの居場所を奪った。」
「・・・・・・。」
アルブレヒトがそんな風に考えていたことなど。サラは全く知らなかった。
今のアルブレヒトは迷子の子供のようだった。いつもの堂々とした態度は感じられない。
もしかすると、サラが家を出ていくことを決めてから、ずっと責任を感じていたのかもしれない。
サラは立ち上がると、座っているアルブレヒトを抱きしめた。
「そんなことない。そんなことないよ。……アル。」
「!」
「アル、うちに来てくれてありがとう。アルのおかげで“きょうだい”を知ることができたし、色んな楽しいことをさせてもらったよ。家族が増えて本当に嬉しかった。」
サラはアルブレヒトの頭を撫でた。この透けるような銀髪に一度触れてみたかったのだ。
イメージ通りサラサラだが、思ったより硬かった。地肌をなぞるように髪を梳く。
「私の代わりに護衛騎士になるのがアルでよかった。アルには色んな責任を負わせることになっちゃうからそこだけ申し訳ないけど……。でも、アル以外に考えられなかったと思う。本当にありがとうね。」
「っ。」
アルブレヒトは無言だったが、多分全て伝わった。
きっともうこんな機会は訪れないだろう。
心地よくて、切なくて、サラは惜しむようにしばらくの間アルブレヒトを抱きしめ続けた。
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「それでは行ってきます。」
「サラ、いつでも帰っておいで。」
「ふふ、お父様もいつでも遊びに来てくださいね。アルも。」
「……いってらっしゃい。」
「うん!手紙書くからね。」
涙目の父と、無表情ながらどこか寂し気なアルブレヒトに見送られ、サラは22年間暮らした家に別れを告げた。
少しの不安はある。しかし、不思議と上手くいく予感がした。
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