第21話 波立つ
「ハルトマン家から来ました。アルブレヒトです。」
初めてシュルツ家に足を踏み入れたときには、もう手続きが済んでアルブレヒト・シュルツになっていた。だが、まだ名乗るには居心地が悪い。
義姉になったサラは、噂通りぼんやりとした印象だった。
護衛騎士になれるのは願ったりかなったりだが、この年上の女と生活を送らないといけないことだけが気がかりだった。勘違いされないようにきつく睨みつける。
それ以外は、ずっと家を出たかったアルブレヒトにとっては好都合だった。
サラとはできるだけ接触しないようにしていたが、シュルツ家に来てから一週間がたち、サラの魔力欠乏事件が起こった。
心底嫌だったが、アルブレヒトはサラに唾液で魔力を分け与える他なかった。
その後、家で顔を合わせるとサラがちらちらとこちらを見ている気配がした。部屋の前をうろつかれることもあった。本人は気づかれていないようだったが。少しでもそれに応じれば、昔言い寄ってきた女子のように媚びを売ってくるに違いない。
アルブレヒトは徹底的に無視した。
雑用で教師に呼び出され、帰りが遅くなったある日。
暗い夜道を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「すみません!少し離れてください!」
真剣な声に、緊張した空気が走る。
声のする方を見ると、人だかりの中心にサラがいた。
井戸に手をかざし、なにやら魔術を唱えている。
すると、小さな男の子が井戸から浮かび上がってきた。
「クリストファー!」
母親らしき女性がサラを押しのけて男の子に駆け寄った。
「!」
よろめいたサラは、人だかりから押し出されていた。
誰もサラに感謝することなく、男の子と母親を囲んで大盛り上がりしている。
「……なんなんだ。」
そっとその場を後にしたサラをアルブレヒトは追いかけた。
「アルブレヒト君……今帰り?今日は遅かったんだね。」
アルブレヒトの気配に気づいたサラは、振り向いてこちらを見た。
その顔は青ざめていて、明らかに魔力欠乏の症状が出ていた。
立っていられるだけ、国境魔術のときよりはまだましなのかもしれない。
「あの?」
「……はぁ。」
まるで自分の状態が分かっていない風なサラに、アルブレヒトは苛立った。
だが、なにより苛立つのはそんなサラを何故か放っておけなかった自分だった。
半ば投げやりでサラの腕をつかんで木陰に連れていく。
サラに自分の顔色を確認させた。
「全然気がつかなかった、ありがとう。私は少し休んでから帰ろうかな。お父様に私の帰りが遅くなること伝えてもらってもいい?」
「……またそれか。」
「ごめん、私何かしちゃった?」
逃げられないように木と自分の間にサラを囲った。
嫌がるサラの手を押さえつけて、無理矢理に口づけたが、サラは必死に抵抗してきた。押それを押さえつけるのは簡単だったが、一旦話を聞くことにした。
サラを開放し、腕を組んで見下ろす。
「ま、待って!前回の件も謝れてないのに!それにあなたにこんなことさせるわけにはいかないから!」
サラはアルブレヒトに魔力供給をさせたことを悔いていた。
ここ最近向けられた視線は、アルブレヒトが思っていたものとは違ったのかもしれない。
「謝罪ならもう何回も聞きました。」
サラを部屋まで運んだ時、うわごとのように何度も謝られた。
「でもっ」
「気分が悪いんでしょう。」
「へ、平気だよ。これくらいは慣れてるから。」
まだ食い下がろうとするサラを黙らせにかかる。
「とにかく、ここでごねられても面倒なだけです。大人しく僕の唾液を飲んでください。」
「……。」
ひときわ冷たい声で言うと、言い返す気力を無くしたのかサラはうつむいて黙り込んだ。
だが、すぐに覚悟を決めたように顔を上げた。
「情けない姉でごめん。少しだけ魔力を分けて欲しいです。」
「どうぞ。」
自分からは動かず、腕を組んだままサラがどうするか観察した。
どうせ自分からは来れないだろうと高をくくっていたが、予想外にサラは首に手を回してきた。
引き寄せてくるので抵抗せずにかがむと、そっと唇を重ねられた。
隙間から魔力を込めた唾液を流し込んでやると、こくこくと飲み始めた。
目を固くつむり、なんとも色気のない顔をしている。
まるで苦行を耐え忍んでいるようで、アルブレヒトを苛つかせた。
こっちだって好きでやっているわけではないと、仕返しをしたくなった。
「下手くそ。」
「!」
薄く開いていた口に舌をねじ込むと、小さな舌を捕まえてすすり上げた。
「ん!?」
少し吸っただけで、サラの魔力はあっという間にアルブレヒトのものになった。
崩れ落ちたサラを抱える。
「自分から魔力をねだってきたなら、こうやって自分で持っていってください。」
「……はい。」
我ながらひどいことをしていると思ったが、今更止まれなかった。
サラがたどたどしい動きでアルブレヒトの舌をすする。
少しずつ顔に色が戻っていき、サラはすぐに立てるようになった。
「……ありがとう。こんなことまたさせてごめんね。」
「あなたは自分の容量を把握出来ていない。」
「えっ」
「あの程度の魔術で顔を青くするのに、護衛騎士になろうとしていたなんて笑わせますね。」
人助けをしたのにあんな仕打ちをされるのだ。
「……そうだね。」
「その調子で魔力を使えばそのうちどこかで行倒れる。その度に魔力を分けるのも面倒ですから、大人しくしていてください。」
護衛騎士になるのは自分なのだから、わざわざ自分が傷つくようなことをする必要はない。
「うん。でも、せめて自分の目が届く範囲で困っている人がいたら、助けてあげたい。」
魔力欠乏になってまで助けて、誰からも感謝の一つもされなかったのに。
サラは全く気にしていなかった。
「……偽善だ。」
「そうかも。」
サラは困った顔をして笑った。
「でも見なかったフリはできないから。偽善でも自分のためでも。」
「自分のため……。」
「もうアルブレヒト君には迷惑かけないように気をつけるから。安心して。」
サラは心から言っているようだった。
何故か心がざわつく。
「……。」
「家に帰ろ!お父様が心配しちゃう。あ、そういえばこれ」
サラが差し出してきたのは、リボンで飾りつけされた瓶だった。
「なんですか。」
「この前のお詫び。あんなことさせちゃって、本当にごめんね。学校帰りに市場で買ったの。疲れた時とかに食べると元気がでるから。」
中身を覗くと、砂糖をまぶした果物のようなものがぎっしりとつまっている。
「……」
隣を歩く小さな肩を見た。
彼女が何故自分をざわつかせるのか、アルブレヒトはわからなかった。
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