第20話 アルブレヒト・ハルトマン




アルブレヒト・ハルトマンは女性が嫌いだった。


小さい頃はまだ優しく接していたと思う。

自分を取り合って取っ組み合いの喧嘩を繰り広げる女子を仲裁するのは日常だった。


成長して背が伸びると、ますます女性からの人気は苛烈を極めた。

だが、幼等部の時のように目の前で派手な喧嘩をするわけではない。

ませた女子たちは、あらゆる方法でアルブレヒトの気を惹こうとした。

使い道のない高価な贈り物を大量に送りつけたり、休み時間中アルブレヒトに張り付いた。それだけならよかったが、アルブレヒトにしなだれかかったり、人気のない場所に呼びつけて自分に触ってもらおうとする者もいた。


「こんなことしない方がいいよ。自分を大切にして?」


アルブレヒトがやんわりと嫌がれば、女子たちは決まってあなたのためなのにと泣いた。


「アルのためならなんでもできるから。お願い、私のことを好きになってよ!」

「っ……。」


自分への執念が、アルブレヒトは怖かった。

何故ここまで執着できるのか理解できなかった。


しかし、言い寄る女子たちを邪険に扱うことはできなかった。

女性には優しくするものだと教えられてきたから、そうするのが当然だった。


だから、女子たちが怖くても受け止めたし、ときには自分と付き合ったことにするのを許した。


「いいよなぁアルブレヒト。女子からそんなにモテてよ。」

「……そうかな。」


周りの男子からは羨ましがられたが、アルブレヒトは全く嬉しくなかった。


そんなアルブレヒトの優しさも終わりを告げた。


両親が自分の術式を長兄の名前で発表していたことを知ったのだ。


「どうしてですか、お父様、お母様!」


アルブレヒトは両親を責めたてた。


「だって、ねぇ、あなた。」

「お前のためだぞ、アルブレヒト。」

「僕の、ため……?」

「どのみちお前は護衛騎士になれないんだ。アヒムが後を継ぐと決まっているからな。本来なら日の目を浴びなかったはずのお前の術式を、こうして有効利用してやったんだ。感謝するんだな。」

「そうよ、アルブレヒト。あなたのためだったの。護衛騎士になれないなんて言ったら、あなたがかわいそうでしょ?」

「そ、んな……。」


アルブレヒトは言葉を失った。

どうやって自分の部屋まで戻ったかわからなかった。


最初に訪れたのは深い絶望だった。

それが通り過ぎて次に湧いてきたのは激しい怒りだった。


「どいつもこいつも」


あなたのためと言いながら、結局は自分勝手なだけじゃないか。

沸々と湧いてきた怒りは全く収まらなかった。


その日から、アルブレヒトはがらりと人が変わった。


家族に全く心を開かなくなり、家では誰とも話さずに過ごした。

女性とみれば冷たく接し、自分に言い寄ってくる女子にはよりきつく当たった。


アルブレヒトは早くこうすればよかったと思った。

家族なんか信じるから裏切られたとき苦しいし、女子たちには中途半端に優しさを見せたせいで長い間精神をすり減らした。

もう誰も信じず、自分本位で生きよう。

アルブレヒトが14歳のときそう決意した頃から、周囲の人間は彼を氷の貴公子と呼ぶようになった。


魔術高等学院に通うようになってからも、アルブレヒトの冷たい態度は変わらなかった。

さすがに表立ってアルブレヒトに言い寄る女子はいなかったが、いつもどこからか視線を感じるのは変わらなかった。

さっとそちらを睨むと、陰から女子たちが自分のことを見ている。

入学したときから自分のファンクラブができていたことは知っていたが、じろじろと見られるのは不愉快だった。

直接来ないだけましだと思うことにしていた。


そんなアルブレヒトのささやかな楽しみは、魔術コンテストに術式を応募することだった。

各地で行われている魔術コンテストは、自分の考えた術式を披露できる恰好の場だった。

とは言っても、現地に赴くことは無い。


紙に書いた術式をコンテストに送り、結果は後日新聞で発表される。

入賞者は審査員の講評がつく。

あまり注目度は無く、知る人ぞ知るものではあるが、自分の考えたものがこうして評価されるのは楽しかった。


ある日、アルブレヒトに一枚の手紙が届いた。

差出人は思いもよらない人物だった。


「エリアス・シュルツ……北東の護衛騎士の?」


この時、自分の運命が大きく変わることなど知る由もなかった。


____________________





「やあ、君がアルブレヒトくんかな。」

「はい、初めまして。あなたがエリアス・シュルツさんですね。」

「いかにも。突然呼び出してすまなかったね。さあ、座って。」


手紙に書いてあった日時に、指定された街のカフェに行くと、そこには自分より背の高い、父親と同じくらいに見える男性が待っていた。

アルブレヒトのことをみると、向こうから声をかけてきた。


「早速なんだが、今日は君に提案があって来てもらったんだ。」

「提案?」

「君、私の息子になる気はないかい?」

「息子……はい?」


エリアスが言っている意味が分からず、アルブレヒトが固まっている間に、注文していたコーヒーが届いた。


「はは、驚かせてしまったね。だが、言葉の通りだ。君に私の息子になってほしい。」

「す、すみません。もう少し詳しく説明していただけませんか。」

「君、この前北東の魔術コンテストに術式を応募したろう。私はその審査員をやっていてね。君の術式、とても素晴らしかったよ。大気の循環を利用した天候の掌握システム。あんなに合理的で美しい術式は見たことが無い。」

「……ありがとうございます。」


話が見えてきた。


「君のその才能を見込んで、私の後を継いで護衛騎士になってほしいんだ。」


つまり、エリアスは魔術コンテストで術式を見て、アルブレヒトのことをスカウトしに来たのだ。


護衛騎士は、16方位を司る家の者にしかできない。

アルブレヒトが北東の護衛騎士になるには、シュルツ家の人間にならなければならないということだ。


「話は理解しましたが、シュルツ家には確か跡を継ぐ予定の娘さんがいますよね?」


北東のシュルツ家の一人娘のうわさは、遠く離れた南にまで流れてきていた。

なんでも、魔術の才能が無く、とんだ落ちこぼれだという。


「そうだ。彼女……サラの代わりに、護衛騎士を継いでほしいんだ。」


エリアスは一瞬辛そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。


「君はハルトマン家の三男なのだろう。護衛騎士になるのは大抵長男だ。だが、その才能は放っておくにはあまりにも惜しい。どうか、検討してみてくれ。次に会ったとき、返事を聞かせてほしい。」


伝票を持って立ち去ろうとしたエリアスをアルブレヒトは呼び止めた。


「待ってください。」


アルブレヒトも椅子から立った。


「その話、受けさせてください。」


アルブレヒトは迷わずそう答えていた。


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