第12話 思い上がり
夏休みはあっという間に過ぎ、季節は秋が始まりそうだ。
「肌寒くなってきたわね。」
「そうだねぇ。そろそろ冬服出さないと。」
隣に座るミナリが体をさすって寒そうにしている。
サラもまだ夏の制服のままで、上にカーディガンを羽織っていたが、そろそろ限界かもしれない。
サラはミナリと大講堂に来ていた。
大学校では年に二回集会があって、今回は夏休み終わりにある秋の集会だ。
学校長のありがたくて長い話を聞いたり、優れた成績の生徒の表彰式があったりする。
「あれからどうなのよ。貴公子殿は。」
「実は仲良くしてるんだ。夏休みの間に色々遊びに行ったの。」
「あら、どういう風の吹き回しなのよ。あんまりしゃべってないって言ってたじゃない。」
ミナリは夏休みの間家族で長期旅行に行っていたので、会うのは試験ぶりだ。
ミナリと会わなかったひと月の間に、サラとアルブレヒトの関係は大きく変化した。
祖母の家から戻った後も、サラはアルブレヒトと父と三人でいろいろな場所に出かけた。
改めて北東の街を案内したり、東の街まで遠出したりした。
そのうち護衛騎士の仕事でまた父が忙しくなり、家族旅行は終わってしまったが、それでも沢山遊ぶことが出来た。
相変わらずアルブレヒトはクールだが、春に来た時と比べて気安い関係になったとサラは思う。
会えなかった分、お互いの近況報告に花を咲かせていたサラだったが、ふと視線を感じた。
何気なくあたりを見ると、何人かの生徒がひそひそと何か言いながらこちらを見ていた。
「……。」
「サラ?どうかした……あいつら。」
突然黙ったサラを不思議がったミナリも視線に気づいたらしく、舌打ちとともに全力でガンを飛ばす。
噂話をしていた様子の生徒たちは慌てて目線をそらした。
サラの話をしていたのだ。
この手の視線には慣れているのでわかる。
北東の家の娘は出来損ないだと、サラは小さい頃から噂されてきて、街でそれを知らない人はいなかった。
噂話をしている方に悪意はないだろうが、気分のいいものではなかった。
「サラ、あんなの気になくていいよ。」
「ありがとうミナリ。」
サラは何でもないように笑った。
ミナリは何か言おうとしたが、学校長が登壇して集会が始まった。
集会の間、サラはもやもやした気分を抱えていた。
最近はなんだか楽しくて忘れていたが、世間のサラに対する評価を改めて思い出した。
アルブレヒトと過ごすうちに、自分の能力も上がったと勘違いしてしまったんだろうか。
自分は相変わらず何もできないままなのに。
どうしようもないことだとわかってはいたが、サラは暗い思考から抜け出すことができなかった。
____________________
家に帰ると、サラは音を立てないように気配を消して自分の部屋に向かった。
何となく、自室に籠っていたい気分だった。
階段を上がって、長い廊下をできるだけ早歩きする。
「サラさん。」
「!」
今1番会いたくない人物の声が聞こえた。
無視するわけにもいかないので振り返る。
「ただいま、アルブレヒト君。もう帰ってたんだね。」
アルブレヒトは制服から白のハイネックとグレーのパンツに着替えていた。
制服を着ていないと一層大人のようだった。
「じゃあ、また夕食の時にね。」
サラは自室に向かおうとしたが、アルブレヒトに回り込まれた。
「その前に、そろそろ魔力が足りなくなっているでしょう。」
「まだ大丈夫だよ。三日前に貰ったばっかりだし……」
「本当は毎日でも足りないくらいなんです。我儘言わないで。」
腕を掴まれて連れていかれる。
「ちょっ、ちょっと待って」
抵抗する間もなくアルブレヒトの部屋に連れ込まれ、扉に押し付けられる。
「口を開けて?」
「……。」
こうなったら逆らえない。
サラは薄く口を開けて上を向いた。
「ん!?」
「それじゃ飲めないでしょう。」
薄く開いた口に、アルブレヒトの親指が差し込まれてこじ開けられる。
そこにアルブレヒトの舌を伝って魔力を含んだ唾液を注ぎ込まれた。
「ん、ぐっ、」
湖での宣言通り、北東の街に帰ってきてからアルブレヒトはサラに定期的に魔力を与えるようになった。
アルブレヒトの魔力をもらうようになってから、サラはすこぶる体調がよくなった。感じていた倦怠感や軽い頭痛が全く無くなったのだ。自分は普通に健康体だと思っていたが、
サラは今までが慢性的な魔力欠乏だったことを知った。
アルブレヒトは毎日でも魔力を与えようとしてくるが、サラは必要な分だけでいいと断っていた。実際、アルブレヒトの魔力は強いので、少しの唾液でサラの体を満たす。
しかし、こうして二、三日に一回はアルブレヒトに捕まってしまうのだ。
「ねえ……やっぱり、これもちょっと恥ずかしいよ。」
「あなたが言ったんですよ。キスしないで唾液だけ飲めればいいって。」
確かに前回の魔力摂取のときそう言ったが、これはこれでおかしい気がした。
「そうだけど、もっとこう……そうだ、私の手に出してよ。」
サラが口の近くに両手を持って行くと、アルブレヒトは眉をひそめた。
「それは僕が嫌です。もう今まで通りでいいでしょう。」
「まって、ん、」
手を下ろされて、結局口づけられる。
唾液が流れ込んできて、飲み込むと体に魔力が満ちていくのが分かる。
「んっ!」
唾液を飲むのに集中していたサラの背中を、アルブレヒトの人差し指がなぞった。
「ちょっと、アルブレヒト君、」
サラは口を離して抗議したが、背中を走る指は止まらない。
カーディガンの中に手を差し込まれ、薄いワイシャツの上を怪しい手つきでなぞられる。
つつっと中央の溝をたどられ、サラの意志に関係なく背中がしなった。
「んっ、いや」
「ちゃんと立てないんですか。」
一瞬力が抜けたサラの体を支えると、アルブレヒトは自分の首にサラの腕を巻き付け、その太ももに両手を回して抱き上げた。
「きゃっ」
そのまま部屋の中を進み、アルブレヒトが使っている一人掛けの椅子に座った。
「ん、アルブレヒト君、やだ……」
「いやじゃないでしょう。あなたのためにやっているんですよ。」
「っ、」
カーディガンを肩から下ろされ、二の腕まではだけさせられる。
アルブレヒトは片手で器用にサラのワイシャツのボタンを二、三個外すと、露わになった首筋を舐め上げた。
「ひゃっ」
「顔色がよくなってきましたね。やっぱり今朝から体調が優れなかったんでしょう。」
言わなかったことを咎められるように、背中に回された腕に力が入る。
「ご、ごめんなさい。」
「どうして?」
「だって、怒ってる」
「怒っていません。ただあなたが心配なだけです。」
「いっ、」
アルブレヒトはなだめるように首元に口づけると、そのまま強く吸い付いた。軽く痛みが走る。
「次嫌がったら、もっとひどくしますよ。」
「わ、わかった、わかったから。痕はやめっ、」
言ったそばからもうひとつ痕を増やされてしまう。
「こっち向いて。」
後ろでまとめていたシニヨンがいつの間にかほどかれて、サラのダークブラウンのくせ毛が広がった。
後頭部に長い指が差し込まれ、引き寄せられる。
「は、んっ」
「ふ、サラさん、」
唇をふわふわと重ねるだけのキスが続く。
だめだとわかっているのに、心地よさに最後は身を委ねてしまう。
口が合わさる音と、アルブレヒトの規則正しい息の音が響く。
「僕に任せてくれればいいですから。あなたの面倒は僕が見ます。」
結局、アルブレヒトがいいというまで、サラはその腕に囚われ続けた。
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その日の夜、サラは父の書斎に向かっていた。
もうとっくに消灯の時間で、廊下は暗い。サラはランプ片手に音を立てないように階段を降りた。
小さい時から、落ち込んで眠れない夜は父の書斎を訪れ、なんてことない会話をする。
父もなにか聞いてくることなく、ただサラの話に耳を傾けてくれる。
サラはその時間が大好きだった。
昼間の集会での出来事や、アルブレヒトに頼りきりの状況のせいで、ネガティブな言葉ばかり考えてしまいなかなか寝付けなかった。
父が起きていればいいなと思いつつ、書斎の前にたどり着くと、少しドアが開いていて中から光が漏れていた。
どうやらまだ起きているようだ。
「お父様、今大丈夫で……」
ドアノブに手をかけたとき、中から会話する声が聞こえてきた。
そっと隙間から中をのぞくと、寝間着姿の父とアルブレヒトが、書類を片手に何やら話し込んでいた。二人ともサラの存在に気づいていないようだ。アルブレヒトの寝間着姿は初めて見た。
最近またアルブレヒトたちが忙しくしていたのは知っていたが、こんな時間まで作業しているのは知らなかった。
会話の内容までは聞こえなかったが、父とアルブレヒトは真剣な表情で話し込んでいる。
かと思えば、和やかな雰囲気になる。
父が冗談を言ったのか、アルブレヒトが微笑んでいた。
「!」
サラといるときのアルブレヒトはいつも無表情で不機嫌そうで、笑顔なんて見たことが無かった。
サラは驚いて、ドアから遠ざかった。
二人に気づかれないように音を立てずに書斎から離れると、自分の部屋に戻った。
ベッドに寝転がる。
「お父様たち、とても仲がよさそうだった。」
アルブレヒトがシュルツ家に馴染んでいるのを感じて、サラは嬉しくなった。
同時に、胸が苦しくなった。
「あんな顔、見たことない。」
アルブレヒトの笑顔を思い出す。
あんなに柔らかい表情ができるなんて、知らなかった。
仲良くなれたと思っていたのはサラの勘違いだったと思った。
魔力を分けてくれる時もどこか意地悪で、あれは嫌がらせだったのかもしれない。
ざわざわした心はなかなか落ち着かず、サラは永遠のような時間を明け方まで過ごした。
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