第24話 春の陽




名前も知らないクラスメイトに絡まれ、いつも通り適当にあしらっていると、別のクラスメイトに声をかけられた。

確か学級委員をやっている眼鏡の男子だ。


「あの、アルブレヒト君。」

「なにか。」

「これ、さっき女の人が渡してって。多分シュルツ家の人だったと思う。」


そういって手渡されたのは、見覚えのある黒い傘だった。


「!」


アルブレヒトはがたがたと音を立てて立ち上がると、教室を飛び出した。


「あ、アルブレヒト君、もうホームルーム始まっちゃうよ!」


授業なんてどうでもよかった。


先ほどの会話を思い出す。

よく覚えていないが、サラを馬鹿にするようなことを言っていた気がする。

それを聞いたのかもしれない。


アルブレヒトは学校を出たが、既にサラの姿はなかった。


頭を急速に回転させる。サラのことだから、恐らく家には帰らないだろう。

今日は午後から大学校で予定があると言っていたが、人混みを避けて静かな場所で一度休憩するかもしれない。

ある程度サラの向かった場所に目星をつけて、索敵の魔術を発動した。


サラの魔力は微弱なので、なかなかうまくいかない。

アルブレヒトは集中した。


そして、街の外れに微かな存在をとらえた。


「……見つけた。」



息を切らしてアルブレヒトは丘を駆け上がった。

夏休みにサラとエリアスと訪れた場所だ。


あたりを見回すと、転落防止の柵の向こう側で腰かけるサラを見つけた。


「あのじゃじゃ馬……。」


昨夜エリアスの書斎でサラのお転婆エピソードを聞いたばかりだった。

思わず思い出して笑みがこぼれかけたが、今はそんな場合ではない。


「そんなところで、何やってるんですか。」


サラは大きく肩を揺らし、こちらを振り返った。


「!」


相当泣きはらしたのか、目も鼻も赤くなっていた。

サラにこんな思いをさせたクラスメイトにどんな仕打ちをしてやろうかと思ったが、それも後だ。


「あなた、馬鹿なんですか。」

「あ、アルブレヒト君、どうしてここに。授業は、」

「そんな事どうでもいいでしょう。それより危ないので早くこっちに来てください。」

「あっ、だ、大丈夫だから。心配かけてごめんね。雪も降ってきたし、学校戻った方がいいよ。」

「……だから、そんな状態で置いていけるわけないでしょうが。我儘言ってないで早く柵から下りて」

「本当に!大丈夫だから。お願いだから、もう行って。」


サラは本気で嫌がっていた。

薄々気づいていたが、サラは人に弱みを見せるのが苦手だ。


「手間のかかる……。」


とりあえず強引にでもこちら側に引き寄せようとしたとき、


「きゃっ!」


サラが足を滑らせた。


「サラさん!」


サラの動きも、自分の動きも、ゆっくりと流れた。

心臓が止まった。


ほとんど反射で何重にも魔術を施す。


強い風が巻き起こり、浮き上がったサラの体を浮きとめた。


アルブレヒトは生きた心地がしなかった。

全身の力が抜けて、その場にへたり込む。

見ると、両手ががたがたと震えていた。


「あ、アルブレヒト君」

「死ぬ気ですか!?あのまま落ちるつもりだったんですか?上昇魔術くらい使えるでしょう!使う気もなかったですよね!?」


出したこともない大声でアルブレヒトは叫んだ。


「本当に危なかったんですよ。なんとか言ったらどうですか。大体あなたは……」

「さっきのって、上昇気流と無重力化の複合魔術だった?」

「は?そうですけど……」


咄嗟に使った魔術だったので、何を使ったのか認識していたわけではなかったが、思い返すと言われた通りだった。


「そっか、すごい……。本当にすごいよ、アルブレヒト君。」

「話をそらそうとしてますよね。無駄ですよ。」

「ふふっ、違うよ。本当に、心からすごいと思ってる。素晴らしい魔術だった。」


さっき死にかけたサラは、何故かキラキラした目をしていた。

希望に満ち溢れたような目だった。


「あなたね……。こっちがどれだけ肝を冷やしたと思って、」

「うん、ごめんね。助けてくれてありがとう。」

「もう無茶はしないでくださいよ。迷惑を被る身にもなってください。」

「わかった。ほんとにごめん。」


サラが何を考えていたのかは分からないが、もう悲しい顔をしていなかったことにアルブレヒトは安心した。


まさか、このあとサラがシュルツ家を出ていく決心を固めるなんて思いもしなかった。


____________________


サラがシュルツ家を出て三年が経った。


サラがいなくなってから、アルブレヒトはより護衛騎士になるための鍛錬に励んだ、大学校の勉強も疎かにせず、常に一位の成績をとった。


サラはそのうち帰省すると言っていたのに、この三年間で一度も帰ってこなかった。

義父のエリアスは寂しさのあまり茶トラの猫にララという名前を付けて飼い始めた。


アルブレヒトは別にサラがいなくても平気だった。

そう思えるように、余計なことは考えないように、勉強や鍛錬にのめり込んだ。

定期的にくるサラからの手紙に一喜一憂するのはもう嫌だった。


そして、エリアスから免許皆伝の太鼓判をもらったとき、アルブレヒトはすぐにでも護衛騎士を継ぎたい意思を伝えた。


「だが、まだ卒業まで一年あるし、アルの負担が大きいと思うが。」

「問題ありません。やらせてください。どうかお願いします。」

「うーん」


エリアスはアルブレヒトの身を案じて渋ったが、最終的には許可を出してくれた。

こうしてアルブレヒトは念願の護衛騎士になった。


多くの人がアルブレヒトを祝福し、家には大量の贈り物や花が届いた。


全方位の護衛騎士が集まる会議や、王族の護衛、国境のパトロールなど、アルブレヒトはがむしゃらに護衛騎士の務めをこなした。


だが、ある日突然、ぷつりと糸が切れた。

今までだましだましやってきたが、限界が来た。


「サラさん。」


サラが恋しい気持ちや、会いたい気持ちは、一過的なものだと思った。

だから、消えるまでひたすら他のことに打ち込んだ。


「サラさん、サラさん、」


だが、消えるどころか、日に日に強くなった。


「……会いたい」


乱暴に書き殴った書置きを部屋に残し、気づいた時には家を飛び出していた。

今なら最終便に間に合う。


アルブレヒトは走った。


____________________



何度も目を通した手紙に書いてあった住所を頼りに、サラの住むアパートメントに辿り着いた。

そしてその人は現れた。


「こんばんは……ひっ!?」


通り過ぎようとしたので、回り込んだ。


「僕のこと忘れてしまったんですか。」

「ア、アル!?」


三年ぶりに会う義姉は、記憶の中より美しくなっていた。



サラは驚きつつも、アルブレヒトを迎えてくれた。

アルブレヒトはサラのやさしさに感極まって泣いてしまった。

情けなさに死にたくなったが、そんな自分をサラは笑って受け止めてくれた。


初めて食べるサラの手料理は、冗談抜きで神の食べ物かと思った。

感動しているとまたサラに笑われた。


一人用のベッドに、強引に二人で潜り込んで、離れていた時間を埋めるようにいろんなことを話した。

サラの温かさが心地よかった。


こんなことなら、もっと早くサラの元に来ればよかった。

今死んでもいいと思えるくらいには、ここ最近で一番幸せだった。


翌朝、少し冷静になり、シュルツ家に帰ることを決めた。

だが、サラをシュルツ家に呼び戻すための算段を付けるために頭をフル回転させた。


「屋敷の裏の敷地なら研究所を建てられるか。北東の街で継続的に勤務させるためには……」


そんなことを考えていると、シュルツ家までの長い道のりはあっという間だった。




____________________




そして迎えた春。


「ただいま!お父様、アル!あとララちゃん!」


春の暖かい空気と共に、その人は帰ってきた。


「お帰りなさい、姉さん。」



22歳、春。アルブレヒトは再び始まる家族での生活を両手を広げて迎えた。

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義弟ができました。 岡 北海 @okakitami

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