第14話 適材適所




サラが驚いて振り返ると、そこには息を切らしたアルブレヒトがいた。



「あなた、馬鹿なんですか。」

「あ、アルブレヒト君、どうしてここに。授業は、」

「そんな事どうでもいいでしょう。それより危ないので早くこっちに来てください。」


アルブレヒトが苛ついた顔でこちらに手を伸ばす。

サラは声をかけられた衝撃で忘れていたが、自分の顔が涙でぐしゃぐしゃなことを思い出して、隠すように前を向いた。


「あっ、だ、大丈夫だから。心配かけてごめんね。雪も降ってきたし、学校戻った方がいいよ。」

「……だからって、そんな状態で置いていけるわけないでしょうが。我儘言ってないで早く柵から下りて」

「本当に!大丈夫だから。お願いだから、もう行って。」


こんなに情けない所を見られて、サラの情緒はぐちゃぐちゃで。つい声を荒げてしまった。

とにかく一人になりたかった。


「手間のかかる……。」


それでもアルブレヒトが帰る様子はない。

それどころか、サラに向かって近づいてくる。

サラは怖くなって、思わず体をアルブレヒトから遠ざけた。

が、足元が滑ってしまった。


「きゃっ!」


あ、このまま落ちるんだ。サラは妙に冷静になった。

全てがスローモーションに見える。これは結構痛いかもしれない、なんてことを思った。

痛いどころで済む高さではなかったが、もうすべてがどうでもよかった。

サラはゆっくり目を閉じた。



そのまま落ちていくと思ったサラだが、突然自分の体が上昇するのを感じた。

強い上昇気流でふわりと体は持ち上がり、落下したかと思えば、アルブレヒトの腕の中に納まっていた。


アルブレヒトはしっかりサラを受け止めたが、力が抜けたようにサラごとその場にへたり込んでしまった。


「あ、アルブレヒト君」

「死ぬ気ですか!?あのまま落ちるつもりだったんですか。上昇魔術くらい使えるでしょう!使う気もなかったですよね!?」


アルブレヒトが見たことのない顔で大声をあげている。

だけど、何故だか怖くなかった。


「本当に危なかったんですよ。なんとか言ったらどうですか。大体あなたは……」


だが、サラは全く違うことを考えていた。


「さっきのって、上昇気流と無重力化の複合魔術だった?」

「は?そうですけど……」


先ほど自分の体が持ち上がったとき、下から吹き上げる風の力の他に、自分の体がとても軽くなった感覚があった。

上昇気流の魔術は比較的誰でも使える魔術だが、重力系の魔術は理屈が難しく扱いにくい。

それを咄嗟の出来事に見事に使いこなし、なおかつあれだけの正確さで扱えることに、サラは驚いた。しかも複合魔術でさらに難易度が上がっている。

アルブレヒトは魔力量と才能に恵まれた天才だと思っていた。

しかし、先ほど自分に施された魔術を見て、それだけではないことに気づいた。

曲がりなりにも魔術を学んできたものとして、すとんと腑に落ちて、納得してしまった。

彼は本当に魔術が好きで、努力を重ねてきたのだ。

「そっか、すごい……。本当にすごいよ、アルブレヒト君。」

「話をそらそうとしてますよね。無駄ですよ。」

「ふふっ、違うよ。本当に、心からすごいと思ってる。素晴らしい魔術だった。」

「あなたね……。こっちがどれだけ肝を冷やしたと思って、」

「うん、ごめんね。助けてくれてありがとう。」

「もう無茶はしないでくださいよ。迷惑を被る身にもなってください。」

「わかった。ほんとにごめん。」


サラはアルブレヒトの首に腕を回して抱き着いた。

さっきまで鈍っていた感覚が戻ってきて、急に体が冷えてくるのを感じる。

アルブレヒトも雪に濡れて冷たくなっていた。


「はぁ……。とりあえず家に帰りますよ。」

「うん。」


アルブレヒトはサラを抱えたまま立ち上がった。柵に立てかけてあったサラの傘も手に持つ。

アルブレヒトの有無を言わさぬ雰囲気と抱える腕の力強さに、サラは黙って抱えられたままでいた。



頃合いを見て自分で歩こうとしたサラだったが、アルブレヒトが頑なに降ろしてくれなかったので、結局家に着くまでそのままだった。



家に着くと、各々熱いシャワーを浴びた。

もうゼミの輪読会にはどう頑張っても間に合わないので、欠席の連絡を入れる。

それに、泣きはらしたので誰にも見せられない顔をしていた。

アルブレヒトには見られてしまったが。

そのアルブレヒトは、サラに自室で寝ているように何度も何度も言いつけると、まだ授業があると言って学校に戻っていった。


「アルブレヒト君、すごいなぁ。」


言いつけ通り、サラは温かい毛布の中にいた。

アルブレヒトの素晴らしい魔術を目の当たりにして、今まで抱えていた霧のようなものが一気に晴れたのを感じた。

アルブレヒトこそ、護衛騎士になるべき存在だ。

そう心から素直に思えるようになっていた。

才能がなんだと、護衛騎士の座にどこ囚われていた自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。


「適材適所だ。」


自分に魔力量が十分あったとして、あそこまで魔術を突き詰められたかわからないし、護衛騎士になれたとしても心が満たされるかなんてわからない。


それだったら、なりたい人になってもらった方がずっといい。

護衛騎士になれば、学んだことを活かす場が十分に与えられるだろう。

まさにアルブレヒトの天職じゃないか。


サラは嬉しくなってきた。

自分にも他にできることややりたいことがあるのではないかと思えて。


「……よし。」


サラはやる気に満ちていた。

自分の存在が揺らぐ不安は、もうなかった。

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