第4話 不一致な心
サラは自室のベッドで目を覚ました。
あれから家に帰り、サラの様子を見て大慌てした父が急いで医者を呼びに行った。
その間アルブレヒトが付き添っていてくれたが、難しい顔で分厚い本を読んでいた。
サラはなんだかいたたまれなくなって目を閉じていたら、いつの間にか眠っていたようだ。
今は誰もいない。そのことに少しほっとした。
徐々に脳が覚醒してきて、色々なことを思い出す。
「ファーストキス……。」
はじめてがまさかあんなかたちになるなんて。
いつかは見合いをして婚約者と、くらいは思っていたが。
そんなことよりアルブレヒトにとんでもないことをさせてしまった。
ただの医療行為とはいえ、まだ18歳の少年。それに女嫌いの氷の貴公子である。
「やってしまった……。」
改めて後で謝罪とお礼をしなければ。
額に手の甲を当てて悶絶の声を上げていると、誰かが部屋の扉を開けた。
「サラ、起きてたのか。すまない、ノックもせず。」
「大丈夫です、今起きたところなので。」
父が、水の入った桶と布巾を持って部屋に入ってきた。
サラは体を起こしてヘッドボードにもたれかかる。
父はサラのベッドの横にあるサイドテーブルに桶を置くと、椅子に腰かけた。
「具合はどうだい?」
「だいぶ良くなりました。寝ていれば回復します。」
「そうか、ゆっくり休むといい。無理は禁物だ。」
水で濡らして硬く絞った布巾が渡される。
気づかなかったが、サラはかなり汗をかいていたようだ。ありがたく布巾を受け取って、顔や首回りをぬぐっていく。
その様子を見ている父は、かなり疲れた顔をしていた。
「ご心配をおかけして本当にすみませんでした。」
「いや、それを言うならお父さんの方だ。」
父はたまに自分のことを“お父さん”という。こうなってしまえば過保護モードだ。
「サラの魔力量が少ないのを知っておきながら、国境の防衛魔術を任せてしまっていた。サラはいつも完璧にこなしてくれたし、とても助かっていたから、すっかり甘えてしまっていた。」
「そんな、私だって重要な仕事を任されて嬉しかったんです。それに、環境のエネルギーを最大限に利用していたので、私に負担はあまりありませんでした。」
「そうだね、本当に素晴らしい術式だ。お父さんも感心していたよ。」
術式を褒められてサラは嬉しくなった。
しかし、父は苦い顔をした。
「……いつも防衛魔術をかけたあとは部屋に籠っていただろう。」
「それは……。」
「毎回魔力欠乏を起こしていると、本当は薄々気が付いてはいたんだ。だけど一人の魔術師として、サラの選択したことを尊重したかった。」
「お父様……。」
「だが、実際サラが倒れてしまって青い顔で帰ってきた時には、もう生きた心地がしなかった。」
「……。」
「アルはどうだったかい。サラから見て彼はできそうだったか?」
「はい。彼の防衛魔術は素晴らしかったです。私のかけたものよりもずっと。」
「よかった。これからは彼に任せようと思う。いいね?」
「そんな顔しないで、お父様。」
どこか悲しい顔をする父を見て、サラは笑った。
「私の代わりに護衛騎士になってもらうために、アルブレヒト君を連れてきたんでしょう?」
「……ああ。彼にはこれから護衛騎士や家の仕事を教えていくつもりだ。」
わかっていたことだったが、一瞬胸が苦しくなった。
それに気づかなかったフリをしてやり過ごす。
「私の力不足でお役に立てず……。お父様にはたくさんご迷惑をお掛けしてしまいました。」
「違う、サラ。迷惑なんて掛かっていない。むしろ、今まで君を家の使命に縛り付けてしまっていた。お父さんはそれがずっと心苦しかった。」
大きい父の手がサラの手を握る。
「お父さんが一番心配なのは、サラが居場所を無くしたと感じてしまうことだ。サラの役割は家を継いで護衛騎士になることだけじゃない。それ以外にもうちでやらなきゃいけない仕事はまだまだ山積みなんだ。お父さんにはサラが必要なんだよ。」
わかってくれるかい?とサラの顔を覗き込む。
「ありがとうございます。私にできることがあれば、精一杯やらせていただきたいです。ご迷惑でなければ。」
サラが手を握り返すと、父は泣きそうに笑った。
「ありがとう、サラ。本当に君は出来すぎなくらいいい子だ。」
「ふふっ、そんなことありません。親ばかなんだから。」
「こんなにかわいい娘だ。親ばかにもなるさ。」
父はサラのくせっ毛を撫でると、部屋を出て行った。
足音が遠くなってから、サラは緊張を解いた。
「ふぅ、危なかった。」
父に気づかれていないだろうか。もしかしたら、バレているかもしれない。
「うっ、うう。」
限界までせき止めていた涙が、堰を切ったように零れ落ちる。
「馬鹿だな、私。最初からわかってたことなのに。」
自分よりも優秀な義弟。与えられた仕事も満足にできない自分。
何も悲しむことはない。物事には適材適所がある。頭では十分分かっている。
ただサラの気持ちが追い付いていないだけだ。
「っ、はは。」
ちぐはぐな自分の心に、サラは苦笑いした。
大丈夫。時間がたてば心も納得できる。
自分を慰めながら、その夜サラは声を押し殺し続けた。
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