第2話 氷の貴公子
この国は非常に広大であり、周辺諸国からの侵略を防ぐ要として、16方位にそれぞれ国防を任された家が位置している。
さらに、16の家から1人ずつ“護衛騎士”が選出され、護衛騎士は王室に関わるあらゆる任務に就く。王族の護衛や他国との外交、果てには諜報活動も行っているのではないかと一部で噂されている。
そんな16の家の1つ、“北東”のシュルツ家の一人娘であるサラは、父親のエリアスの後任として護衛騎士になるべき立場にあった。サラは幼い頃から鍛錬に励み、剣術や魔術について学んできた。
人並に、あるいはそれ以上に努力をしてきたつもりであったが、正直言ってサラの実力は平凡の域を出なかった。
周囲から北東の家の将来を不安視されていたなか、やってきたのが“南”のハルトマン家のアルブレヒトだった。
「うわー、きっついわね。」
「あはは……。」
サラは魔術大学校の学食に来ていた。
向かいの席に座っているミナリとは大学校で知り合い、四年生になった今でも仲良くしている友人だ。
「なんだかずっと怒ってる感じで、もしかしたら私が彼に何かしちゃったのかもと思って。」
アルブレヒトとの一件の後、部屋に戻って考えてみたが心当たりが無かった。
夕食の時に再び顔を合わせたが、相変わらずアルブレヒトは無表情だしサラは委縮するしで、とても静かな空気が流れた。
「二人とも緊張しているんだな!」と父だけは能天気だったが。
「いや違うと思うわ。南方の人って気性が荒いイメージあるもの。元々そういう子なのよきっと。」
「そうなのかな。」
「それになんたってあの“氷の貴公子”だし。」
「氷の貴公子?」
「あら、知らない?南の氷の貴公子。」
南は年中暖かい地域なので、なんだか矛盾しているネーミングだ。
「ハルトマン家は元々優秀な家系で有名だけど、今の当主の3人息子は全員超超実力派でね。」
「へぇ。」
「そのなかでも三男のアルブレヒトはあの見た目でしょ。南の魔術高等学院ではファンクラブがあったそうよ。」
サラはアルブレヒトの冷たい美貌を思い出した。確かに氷の貴公子然とした見た目である。
「だけど本人は結構な女嫌いで、言い寄ってくる子には結構厳しいらしいわよ。だから氷の貴公子。それでも人気あるみたいだけど。」
「そっか、じゃあ初日のあの感じもしょうがなかったのかも。」
「そうよ!サラのせいじゃないわ。」
ミナリはサンドイッチをほおばっている。
「それに22歳にもなって18の子と家族になるなんて結構無理があるでしょ。サラのパパもやるわね。」
「まあ、それは元はといえば私が原因だし。」
「何言ってんのよ。サラが悪いことはなんにもないでしょ。」
ミナリはいつも暗い雰囲気を明るくしてくれる。今まで何度も救われてきた。
「ありがとう。まあせっかく“家族”になったし、仲良くなれたらいいなと思って。」
「はあー、サラはほんとにいい子よね。」
ミナリが渋い顔をしてサラの頭を撫でる。
「そんなことないよ。私一人っ子だったから、“きょうだい”に憧れがあるのかも。」
「そう……。」
「ミナリは妹さんいたよね。いつもふたりで何してるの?」
「そうねぇ、うちは……」
そうして五限の予鈴が鳴るまでミナリの妹の話で盛り上がり、慌てて講義室に向かったのだった。
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「サラ、ちょっといいか。」
帰宅したサラは父に声をかけられ、そのまま父の書斎へと向かった。
「なんでしょうか、お父様。」
ソファに腰かけたサラに、父は温かい茶と菓子を出した。
「サラに国境の防衛魔術を任せているだろう。それをアルにもやってもらおうと思ってな。」
国境の防衛魔術はサラが5年前から唯一任されている仕事だった。
「そう、なんですね。」
「それで今日にでもアルを連れて教えてやってほしいんだ。」
「わかりました。術を新しくしないといけない時期だったのでちょうどよかったです。」
「じゃあよろしく頼んだぞ。アルにはもう話を通してあるから。談話室にいるはずだ。」
サラは制服を脱いで動きやすいパンツスタイルに着替えてから談話室に向かうと、既に準備を終えたアルが本を読みながら待っていた。彼も高等学院の黒のブレザーから、動きやすい白のワイシャツとグレーのスラックスに着替えている。腰には何やら液体の入った褐色瓶がホルダーに装着されている。
氷の貴公子。
昼間の話を思いだして改めてアルブレヒトを見ると、確かにその通りだ。
銀髪に青い瞳。全体的に寒色で、冷ややかな雰囲気と恐ろしいまでの美貌。
話しかけるのに躊躇していると、銀のまつ毛に囲われている切れ長の目がこちらをみた。
その鋭さに心臓が一瞬はねる。
「ごめん、待ったかな。」
「いえ。それより早く行きましょう。」
こちらを見たかと思えば、アルブレヒトは立ち上がってすたすたと外に向かってしまった。
「ま、待って!場所知ってる!?」
サラは慌ててその後を追った。
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