第7話 試験勉強
「そろそろ前期終わるわね。」
「だね……ミナリはレポート書き終わった?」
「もちろん一文字も書いてないわよ。」
「あはは、仲間だ……。」
「笑い事じゃないわよ!こうなったら図書館に籠城するわよ。サラも一緒にね。」
空きコマがミナリと被ったサラは、使われていない講義室で談笑していた。
薄紅色の春はあっという間に過ぎ去り、季節は緑が輝く初夏。
もうすぐ魔術大学校の前期が終わる。
ペーパーテストが無い代わりに、サラとミナリは大量のレポート課題を抱えていた。
「そう来なくちゃ。死ぬ気でやろうね。」
魔術大学校付属の図書館は試験期間になると一日中開放される。
レポートを先延ばしにしがちなサラは、試験期間中ミナリと図書館に籠るのがお決まりの流れだった。
「でも、これも今回のテストで終わりかぁ。ちょっと寂しいかも。」
「そう?私はやっとレポート地獄の終わりが見えてせいせいしてるわ。」
「あのときはやばかったよね。」
「ああ、あれよね。」
「「スミス先生の魔術経済学」」
息ぴったりに顔を合わせたサラとミナリは、お互いのしかめた顔を見て思わず吹き出した。
「わけわからなかったわよねあれ。」
「うん。講義とは全く関係ないテーマでレポート書かされたし、図書館に資料無かったし。」
「しょうがないからやけくそで書いたのに私たちどっちも“秀”で」
「そうそう!スミス先生絶対読んでなかったよね。」
「私たちが徹夜して苦しんだあの時間を返してほしいわ。」
今となってはいい思い出だ。クスクスと笑いが込み上げてくる。
「そういえばうちの妹ももうすぐ試験期間に入るのよね。」
「ミナリの妹さんって何年生だっけ。」
「高等学院の1年生よ。私の試験期間が終わった途端に妹のテスト期間に突入するから、しばらく家のなかがピリつくのよね。私達のせいでお父さんとお母さんもそわそわするの。」
「それは、ちょっとかわいそうだね。」
「というか、あんたのところも同じ状況じゃないのよ。」
「うち?あ、そっか。」
高等学院が試験期間ということは、アルブレヒトもそろそろ試験ということだ。
「どうなの、義弟くんとは。」
「そうだね……あんまり喋ってないからな……」
相変わらずアルブレヒトとは会話がなかった。
忙しそうな彼のことを影からそっと見ている程度だ。
それに、また魔力欠乏になりかけたところを見られたくなくて、サラは無意識に彼のことを避けていた。
避けなくても出会う機会はそれほどないのだが。
「やっぱり仲良くなるのは難しいみたいね。いっそのこと卒業したら家を出て就職してみたら?」
「えっ、家を出る?」
「そうよ、あんた謎に自己評価低いけど、魔術の知識は豊富だし真面目でいい子だし、実家じゃなくてもやれること沢山あると思うわよ。むしろそっちの方が活躍できそう。」
「そ、そうかな……」
「なんだかもったいない気がするわ。」
確かに言われてみれば、アルブレヒトが跡を継いでくれるのだから実家にいる必要は無いはずだ。
「でも、お父様のお手伝いもしたいし……」
「そう。本当に仲良いわね、サラとサラのパパ。」
「あはは……。」
そんなこと言ったが、ただ家を出て新しい環境に行くのが怖いだけかもしれない。
それに、アルブレヒトにとっては目障りな存在なのは分かってはいた。
「家を出る、かぁ……。」
当たり前のように除外した選択肢が現れたが、家を出た自分が全く想像できなかった。
「ただいま。」
「お帰りなさいませ。」
家に帰ると、使用人が出迎えてくれた。
「お父様とアルブレヒト君はどこに?」
「今日も中庭で鍛錬でございます。その後は魔術局に行かれるそうです。ですので、ご夕食は先に食べるようにとエリアス様から言付かっております。」
「そうなんですね……何か私に手伝えることはありますか?」
「そんな、とんでもない。お嬢様のお手を煩わせるわけにはいきません。お気持ち感謝致します。」
使用人は頭を下げると、裏に消えて言ってしまった。
いつもなら雑用を見つけてコソコソやってしまうのだが、どちらにせよレポート課題が山積みだったので、ちょうど良かったのかもしれない。
今週は課題に専念させてもらう事にした。
最後のレポートを書き上げて提出箱に投函し、サラの試験期間は終わった。
「やっと終わったわね……」
「うん……提出できてよかった……」
大学校の中庭にあるベンチで、サラとミナリは力尽きていた。
「サラ、どこか遊びに行きましょ、お茶でも演劇でも。」
「賛成。ぱーっと遊びたいね。……でもとりあえず今は」
「ええ……帰って寝ましょう。」
最後の一日は図書館で徹夜だった。
外が白み始めた時は、このまま提出できないんじゃないかと絶望したが、何とか間に合ってよかった。
ヘロヘロになりながらミナリと別れ帰宅すると、中庭の方から声が聞こえてきた。
そっと建物の影から覗くと、父とアルブレヒトが剣の稽古をしている。
毎朝の稽古が日課となっているが、アルブレヒトは試験期間なのに大丈夫なのだろうか。
3人で朝食をとり、アルブレヒトが学校に行ったあと、サラは父の書斎を訪れた。
サラは試験が終わったので一足先に夏休みだ。
「失礼します、お父様。」
「ああ、サラか。」
扉を開けると、父は書類仕事をしていた手を止めて出迎えてくれた。
「試験終わりなのだろう。お疲れ様。」
「ご存知だったんですね。」
「もちろん。ここ最近疲れた顔をしていたしね。」
父とも食事の時くらいしか顔を合わせていなかったので、自分のスケジュールを把握していて驚いた。
「高等学院は確か明日から試験期間に入るんです。アルブレヒト君も試験があるはずなので、護衛騎士の教育が負担になるんじゃないかと思って……」
「ああ、もちろん知っているよ。私も試験期間は休みにすると言ったんだけどね。授業をちゃんと受けているから、試験は問題ありませんってアルが聞かなかったんだよ。」
父は軽く口を尖らせた。
「だからいつもより軽めの内容にして、剣と魔術の稽古だけつけてるんだ。」
「そうだったんですね。」
「まあ、彼なら本当に大丈夫なんだろうけどね。」
父の部屋を後にして、サラは自分の部屋に戻った。
高等学院の試験は、魔術学に加えて数学、国語、化学など7科目もある。
自分が高等学院生だった時のことを思い出して、試験の大変さが蘇ってきた。
「絶対大変だよね。無理してないといいけど……そうだ。」
ベッドに入る前に、サラは机の引き出しの中のファイルを漁った。
「確かここに……あった!」
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