第22話 王子の先制攻撃
俺に『告白』した翌日の昼休み、峰岸は……。
「やっ、お邪魔するよ」
ちょっとビックリするくらい、今まで通りに俺たちの教室を訪れていた。
「ん? どうかしたかな?」
シンと静まり返った教室に、峰岸の美声だけが響く。
「私のことはお気になさらず、お食事と談笑を続けて?」
「ははっ、そりゃちょっと無理があるぜ王子」
おどけて肩をすくめる峰岸に対して、唯一反応出来たのは苦笑気味の鈴木だけだった。
「単体でさえ注目の王子に、ついに熱愛相手発覚なわけだからな。誰もが興味津々で注目しちまうっての」
「ふむ、それはキミもかい?」
「もちろん、注目はしてるぜ? だけど、俺にとっては
「なるほど……そういえばキミは、以前から私たちの関係性について何か思うところがあるような態度だったものね?」
「俺からすりゃバレバレだったっつーの、王子が天野に向ける感情の種類なんてさ」
「ははっ、これはお恥ずかしい限りだね」
そうは言いつつも、峰岸は一ミリも余裕の崩れぬ王子スマイルである。
むしろ、俺の方が照れて俯いてしまった……。
たぶん、顔も赤くなっちゃってるんじゃないかな……。
「うーん、だけどこれはちょっと……」
視界の端で、峰岸がどこか困ったように教室内を見回す様が見て取れた。
「皆さんのお昼の憩いを邪魔するのは本意じゃない。場所を変えてもいいかな?」
「ん、あ、おぅ」
たぶん俺に言ったんだろうと、弁当の包みを手に立ち上がる。
「いってら~」
一方、座ったまま手をひらひらと振る鈴木。
「あれ? 鈴木は来てくれないの?」
「王子の恋路の邪魔をするなんて白馬に蹴られる所業、やるほど野暮ではありませんことよ?」
「うーん……」
冗談めかして肩をすくめる鈴木に対して、峰岸はどこか言葉を探すように視線を一度ずつ左右に彷徨わせた。
「確かに、私が天野への感情を誤認していたことは事実。キミにも迷惑をかけたかもしれない」
「おっと、誤解すんなよ? 俺は一ミリも迷惑なんて被ってないし、むしろニヨニヨと眺めさせていただいてただけだから。俺的には得しかしてねぇ」
「ふふっ……鈴木のそういうところ、好きだよ」
「俺はアンタのそういうところが恐ろしいぜ、王子」
躊躇いなく好意を口にする峰岸に対して鈴木に動揺が見られないのは、なんだかんだでこれまで一緒に過ごして『そういう意味』じゃないってことを理解しているからだろう。
なにしろ俺だってつい昨日までは
「それはともかく……私が天野との関係性を進めたいと思っているのも、また事実」
チラリと俺に向けられる視線が昨日までとは全く別のものに感じられるのは、自意識過剰なんだろうか……。
「だけどね」
と、峰岸はもう一度鈴木を見据える。
「
「ぷっ……ははっ!」
思わず、といった感じで鈴木が噴き出した。
「オーケーオーケー。この庶民めが、ワガママ王子にお付き合いさせていただきますよ」
「うん、ありがとうっ」
鈴木もまた弁当の包みを持って立ち上がり、峰岸の王子スマイルが一層輝きを増す。
教室内に若干名、それを拝むクラスメイトの姿が見て取れるが……それはともかく。
鈴木も一緒に来てくれるっていうのは、ぶっちゃけ渡りに船って感じだ。
何しろ、今の俺は峰岸とどんな顔して会話していいのかさえわからないんだからさ……。
♠ ♠ ♠
鈴木曰く「意外と穴場になってる」らしい中庭のテーブルベンチに腰を落ち着けた俺たちは、とりあえず弁当を食べ始めた。
「ねぇ、天野」
最初にミニトマトを口に放り込んで咀嚼していた峰岸が、嚥下した後に目を向けてくる。
「天野の好みの女の子って、どんな人なの?」
「ごほっ……!?」
何気ない雑談っぽく振られたものの、ちょうどお茶を口にしていた俺は思わず咳き込んでしまった。
「おっと王子、第一球はド真ん中ストレートですっ!」
「巧遅は拙速に如かず、ってね。私の立場だと、ゆっくりしてる場合じゃないでしょ?」
「それはまぁそうなんだろうけど、マジで躊躇なく突っ込んでいけるところが王子の強さだよな……」
少しの動揺も見られない峰岸に、鈴木が感心の視線を向ける。
「それで、どんな子が好みなのかな?」
「あー……えー……っと」
一方の俺は、未だ色濃い動揺を残したままで特に意味のない言葉を発した。
好みの女の子……と考えると、浮かんでくるのはたった一人の顔で。
しかし、昔と今でだいぶ違うんでなかなか言い表しづらいんだよな……。
「優しくて、自分より他人を優先出来る気高さを持っていて、気が合って、一緒にいるとそれだけで楽しくて、傷つきやすい繊細さな心の持ち主なのに一度目標を決めたら真っ直ぐ進める強さを持ってる子……とか、かな……?」
とりあえず、今も昔も共通していると思うところを挙げてみた。
「なるほど」
峰岸は、クスリとおかしそうに笑う。
「つまりは、月本さんだね?」
「………………まぁ」
元から別に隠すつもりはなかったし何ならちょっとだけ牽制の意図まであったけど、正面からそうハッキリ言われると流石に照れるわ……。
「ふふっ、妬けちゃうねぇ……おっと、これが本物の嫉妬っていう感情なのか。今まで冗談めかしてこの言葉を使ったことはあったけど、いやはや思った以上に胸がチリチリするものだねぇ」
つーか、笑顔の峰岸はこれどういう感情で言ってんの……?
「さて、にしても難敵だ。天野の好みって、私と正反対じゃない?」
「や、別にそんなこともないと思うけど……峰岸だって優しいし、目標に向かう真っ直ぐさなんて異様に感じるレベルだし……」
そして俺も、これどういう感情でフォローしてんだろうな……自分でもよくわからん……。
「あはっ、ありがとう」
峰岸の笑みは、心から嬉しそうなものに見えた。
「だけど私の心は繊細さとは無縁だし、自分より他人を優先出来る気高さなんて欠片も持ち合わせちゃいないからね」
「それは……」
冗談めかされた言葉ながら、安易な否定を許さない強固さが感じられる。
「なにせ、それこそ……自分より他人を優先出来る女の子の気高さを利用して己に利する『呪い』をかけ、それを後悔すらしていないんだから」
直接聞いたわけじゃないけど、なんとなく峰岸と六華の昨日の会話は想像がついていた。
六華は、峰岸の想いを知ってなお自分の気持ちを優先することを即断出来るような子じゃない。
だからこそ、俺がしっかりしろって話なんだけど……。
「やっぱりここは、天野の好みを変えちゃうしかないよね」
中学時代、俺たちが同じ部活で過ごした絆もまた本物だと思っていて。
「いやぁ、恋って楽しいものだねぇ」
初めて見せる、峰岸の『恋する女の子』の顔を……その輝きを。
矛盾するようだけど、応援したいような気持ちもどこかであるんだ。
相手が、俺でさければ……と、思わずにはいられず。
俺もまた、即座に彼女の恋心を切り捨てることを躊躇してしまっているのだった。
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