第16話 幼馴染が抱いた想い①

 私は今日も、月本六華を作る・・・・・・・


「すぅ……はぁ……」


 テルくんの家の前で、一つ深呼吸。

 手鏡の中に映っているのは、まだ気弱で不安げな私だ。


「……あっはー!」


 それを、底抜けに明るそうな笑顔に作り変えた・・・・・


 大丈夫、上手く笑えてる……と思う、たぶん。


 不安を胸の奥に押し込んで、インターホンを鳴らす。

 程なく、中から少し慌ただしい足音が聞こえ始めた。


「おぅ、おはよう六華」


 玄関の扉を開けて、テルくんが顔を出す。


 それだけで鼓動が高鳴って、言葉に詰まりそうになるけれど。


「おはようございますっ! 六華ちゃん運輸でーっす! 今日も美少女をお届けに参りましたよっ! いやぁ日々美少女が届くなんて、まったくテルくんは幸せ者ですねぇっ!」


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 恥ずかしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!


 なにを、自分で『美少女』だなんて言っているのか! どんだけ自信過剰なのか!


「あぁ、そうだな」


 だけど、テルくんが肯定してくれると嬉しくなるのも事実。


 ニヤけそうになるのを必死に堪えながら、自信ありげな笑顔をキープする。


 はぁ、どうしてこうなったのか……。


 全ては、テルくんと再会したあの日から始まった。



   ♥   ♥   ♥



 三年前、お別れの日に私はテルくんに告白した。


 そして、見事に玉砕した。


 告白したことそのものは、後悔してない。

 きっとあの時告白していなければ、私は今でもずっとモヤモヤイジイジしていたと思うから。


 けど、あの時の言葉選びについては後悔している。

 凄く凄く。


 本当は、もっと本質的なところで彼のことが好きだった。


 一人でいる子を放っておけない、優しいところが好き。


 決めたことを最後までやり通す、心の強いところが好き。


 一緒にいるとそれだけで楽しい、気の合うところが好き。


 すぐにテンパっちゃう私の話を辛抱強く聞いてくれる、誠実なところが好き。


 いくらだって、好きなところを言えたはずなのに。

 あの時、出てきた言葉は彼の表面上を褒めるだけのものだった。


 テンパってたからっていうのもあるけど……結局のところ、それは私が弱かったから


 テルくんが自分を演じていることには、気付いていた。


 だけどそれを暴くことで、嫌われるのが怖かった。

 彼の内側にまで踏み込むのが怖かった。


 肝心の告白の場で日和って、結果最悪の選択をしてしまった。


 私がフラれたこと自体は、どうでもいい……とまでは、流石に言えないけれど。


 きっとあの告白は、テルくんの一番デリケートな部分を傷付けた。

 私の弱さが、テルくんを傷付けてしまった。


 なのに、テルくんは最後まで私のことを気遣ってくれた。


 好きじゃない、って言葉自体は本当のことだったんだろうけど。

 それをあえて口にしたのは、たぶん私をちゃんと諦めさせるため。


 私は、最後の最後までテルくんの優しさに守ってもらっていた。


 だっていうのに……私は、泣くだけで。

 それがますますテルくんを苦しめるんだってわかってたはずなのに、これでお別れだって思うと涙が止められなくて。


 挙げ句、いつまで経ってもテルくんを諦めることさえ出来なかった。


 それなら……せめて、変わろうと思った。


 いつか、貴方の全てを受け入れるよって笑顔で言えるように。

 いつか、私になら全てを明かしてもいいって思ってもらえるように。


 そんな強い自分に、変わろうと思った。


 そして、本当に変われた時にはもう一度……今度こそ、って。


 だけど中学生になって改めて実感したのは、私がどれだけテルくんに依存していたのかってことだった。


 いっつもテルくんの背中に隠れてた私は、テルくんがいないと他の人と普通に話すこともままならなかった。

 一人じゃ何も出来なくて……こんなんじゃ、とてもじゃないけどテルくんに相応しいだなんて言えるわけがない。


 そう、決意して。

 それからの三年間をかけて、変われたとは思う。


 頑張って話しかけて、友達も出来た。

 友達から、おしゃれの仕方も教わった。


 今でも人と話すのが得意とは言えないけど、苦手でもなくなった。

 テルくんがいなくても、ちゃんと全部自分で出来るようになった。


 高校は、おばさまに聞いてテルくんと同じ学校を受けることにした。


 両親には反対されるかと思ってたけど、意外なことにむしろ背中を押してくれた。

 たぶん、私の一番の原動力がテルくんだっていうのをわかってるからだと思う。


 高校進学を機に髪を染めて、メガネをコンタクトにした。


 鏡に映った自分を見た時点では、正直ちょっと自信はあった。

 幸い三年間で身長は上手いこと伸びてくれて、陸上を頑張ったおかげかスタイルだって悪くないと思う。


 今の私なら、テルくんに相応しいって言えるんじゃないかって……自惚れてた。


 実際、彼の姿を見るまでは。



   ♥   ♥   ♥



 入学初日のオリエンテーションを終えて、私は誰よりも早く教室を出た。


 そして、校門でテルくんを待ち構える。

 ここで運命の再会を演出して、ビックリさせてやろう。


 実は、今のテルくんがどんな顔なのかは知らなかったりする。


 おばさまは定期的にテルくんの写真を送ろうかって提案してくれたけど、私はずっと固辞し続けていた。

 ちゃんと変われるまで、たとえ写真だろうとテルくんとは会わないって決めてたから。


 だけど、絶対に見間違えたりしない自信はあった。

 見落としだけが怖いので、一人も見逃さないようジッと人並みを見つめる。


 しばらく、そうしていると。


「おわ……」


 一人の男子に、目を奪われた。


 スラッとした体型の、爽やかな風貌。

 たぶん運動部なんだろうな、っていうのが雰囲気でわかる。


 なんだか憂いを秘めて見えるような表情が、セクシーで………………って、何考えてんの私!?


 テルくん一筋で、他の男子相手にときめいたことすらなかったっていうのに……くっ、高校生ともなればこの一途な乙女でさえも惑わせるフェロモンを持つ男子が出現するっていうの……!?


 それでも、私はあくまで……!


「………………は?」


 いや、違う。


 違う違う違う!


 見知らぬどころか……!


 えっ、ていうか、嘘、マジで?


 あれ……テルくんだよねっ!?


 確かに、印象はガラッと変わった。

 でも、面影はある。


 見間違えるはずはない。

 なにせ、物心ついてからずっと一緒にいた幼馴染だもの。


 テルくんだと認識した途端に、胸のドキドキは一気に高まって……。


「っ……!」


 それから、ズキリと痛んだ。


 本当に、とっても格好いい。

 痘痕も靨的なものじゃなくて、客観的な事実として。


 十人に聞けば、十人が私と同じ意見だと思う。


 きっと……彼女だって、いるに違いない。

 私より、ずっと素敵な。


 そう思うと、今すぐこの場で回れ右したくなった。

 というか実際、いつの間にか無意識に半歩ほど下がっていた。


 だけど足に力を込めて、それをどうにか戻し……逆に、踏み出す。


 ここで逃げちゃ、三年前の私と何も変わらない。

 私は変われたんだって、証明するためにも……絶対に、行かなきゃいけない。


 たとえ、二度目の玉砕を早々に経験することになろうとも。


「テルくんっ!」


 幸い、呼びかけの声はスムーズに出てくれた。


 テルくんが振り返ってくる光景が、スローモーションのように見える。


 心臓は、破裂しそうな程に強く脈打っていた。


 あっ、ヤバ、どうしよう。

 頭が真っ白になってきた。


 一言目、何て言えばいい?

 何て言いたかったんだっけ?


 ずっと考えてきたはずなのに、思い出せない。

 いや、思い出せたところで無駄な気がする。


 だってそれは、私が想像してたテルくんを相手に考えていた言葉だから。

 こんなに格好良くなってるなんて、聞いてない!


 もう、それならそうって言ってよおばさま!

 って、そういうのも言わないでってお願いしたのは私の方だった!


 いやいや、余計なことばっか考えてる場合じゃないってホント……!


 あっあっ、テルくんがこっち見てる……!

 ど、どどどどど、どうしよう……!


 グルグルグルグル迷子になって混乱する思考の中、閃光のように浮かんできたのは。


 足りない・・・・、って言葉だった。


 ちょっと見た目が変わって、キョドらずに人と話せるようになった程度じゃ今の彼の隣には相応しくない。

 それじゃ足りない。


 足りないなら、足せばいい。

 もっと、劇的な変化を。


 今の彼に相応しいのは、どんな人だろう?


 きっと、昔の私とは真逆のような人。

 ポジティブで、周りまで明るくしちゃうようなテンションで、気さくで、面白くて、積極的で、オープンにちょっとエッチで?


 あと、えとえと……駄目だ、もう時間がない!

 とりあえず、第一声を……!


「いやっはー、どもども! ザ・感動の再会ってやつですねぇ! 映画ならまさにここがクライマックスシーン! 全米も大号泣ですよ! テルくんも、遠慮なく泣いてくれてオッケーですからねっ! あっ、でも残念ながら私の涙はお預けですっ! 女の涙は武器なので! こんなところで安売りするわけには参りませんっ!」


 ……あっ。


 ヤバい、間違えた・・・・


 なにこのテンション。

 あと、なんで敬語なの?


「………………は?」


 ほら! テルくんも「なんだこいつ……?」みたいな顔してるよ!


「おりょりょー? テルくん、フリーズしちゃってどうしましたー? 愛しの六華ちゃんですよー? ほらほら三年ぶりのこのお顔、よーくご覧くださいっ?」


 駄目だ、なんかもう自分でも制御不可能だ!


 ていうか近い近い近い!

 近いよ私!


 なにキス寸前の距離まで近づいてるの!?


 あぁでもテルくん、この距離で見ても本当に格好いい……じゃなくて!


「六華……だよな?」


 ……テルくんが、私の名前を呼んでくれた。

 三年ぶりに聞いた声は三年前より低くなっていて、なんだかとってもドキドキしちゃう。


 私だってわかってくれたことも、凄く嬉しい。


 だけど同時に、「やっぱり」とも思った。


 やっぱり、すぐに私だってわかっちゃう程度にしか変われてないんだ。


「あっはー、だからそう言ってるじゃないですかー!」


 だったら……もう、『これ』でいくしかない!


「ただ白馬の王子様を待ち続けるだけのお姫様なんてナンセンス! 運命の赤い糸を力づくで手繰り寄せる系美少女、貴方の月本六華です!」


 もう、半ば以上ヤケクソだった。



   ♥   ♥   ♥



 こうして、現在に至る。


「中間も近くなってきたし、今日は学校の自習室でも利用するか? 確か、休日でも開放されてたよな?」


「んんっ……! そ、それはちょっと……!」


「何かマズいか?」


「いえ、マズということは決してないのですが! あー、そのー……今日は、お勉強の気分じゃないといいますか……そうだ! ほら、これ! お弁当を作ってきたので、公園にでも行きましょう!」


 テルくん以外の人の前でこんなテンションを維持出来るわけもなく、他の人とは素の自分で接してて……知り合いと鉢合わせたりしないようにするために、テルくんと会うことが出来るのはこうして学外に限られた。


 同じ理由で、テルくんのご家族との鉢合わせにも気をつけている。


「それは別にいいけど……」


 うぅ、想像してた高校生活と違う……!


「……何か、あったか?」


「へっ!?」


 内心を見透かしたかのようなタイミングでテルくんがそんなことを問いかけてきたものから、素っ頓狂な声が出た。


「きゅ、急にどうしました……?」


「や、なんか元気ないような気がしたから」


 というか実際ほとんど見透かされているみたいで、二重の意味でドキドキする。


「この元気の国から使者・六華ちゃんを捕まえて、何をおっしゃるやら! 今日ももちろん、元気一〇〇%でお送りして参りますよっ!」


「……そか、ならいい」


 今となっては、この振り切ったキャラにして良かったと思う部分もあった。


 ここまで昔とのギャップがあると、逆に演技だと見抜くのも難しいだろうと思うから。


 それに、再会したら今度はガンガンとアプローチしようっていうのは元々決めてたことだった。

 そういう意味でも、このキャラは割と都合が良かったりする。


 とはいえ内面は私のままなので、悟られないよう密かにゴクリと唾を飲んで。


「ささっ、行きましょう!」


 なんでもないことみたいに、テルくんの腕に抱きついてみる。


 うぅ、変な汗とか出ちゃってないよね?

 鬱陶しい女だって思われてないかな?


 ていうか、ビッチだと思われてたらどうしよう……テルくん、私がおっぱいを押し当てる相手はテルくんだけなんだからねっ!


 ……こういうことこそ、今のキャラを利用してちゃんと伝えればいいのでは?

 いやでも、唐突におっぱいの話をし始めるのもな……はぁっ、それにしても何度触っても逞しい腕……ついついスリスリしちゃう……しゅきぃ……。


「なぁ、六華」


「……はい?」


 煩悩にまみれていたせいで、返事がちょっと遅れてしまった。


「……いや、何でもない」


「? そうですか?」


 なんだか、奥歯に物が挟まったみたいな口ぶりに思える。


 だけど、それは今に始まったことでもない。

 再会してから何度も、テルくんの葛藤するような表情は見ている。


 その理由も、なんとなく察していた。


 たぶんテルくんは、私に対して罪悪感を抱いている。

 私の告白を断ったことを、ずっと気に病んでいる。


 そんなこと、気にしないでいいのに。


 でも、そんな風に伝えてもきっとテルくんの抱く罪悪感は余計に増すだけ。

 そんな、優しい人。


 だから私も、再会初日以来そういうことを言うのは控えていた。


「今日の卵焼きは自信作なので、楽しみにしててくださいねっ!」


「あぁ、そりゃ楽しみだ」


 何にも気付いてないみたいに、明るく振る舞う。


 ただ、私の胸にもずっと罪悪感はあった。


 テルくんを騙し続けていることに。


 何より……自分を演じるという行為に、きっとテルくんは人一倍思うところがあるだろうから。

 だからこそ余計にバレるわけにはいかなっていう、悪循環。


 こんな状況だから、未だに二回目の告白も出来てない。


 もう一度告白するんだって決めて、テルくんを追いかけてきたっていうのに。


 ……いえ、それも言い訳か。


 私は、ただ日和ってるだけだ。

 再会したあの日から、ずっと。


 未だに、決定的なところを踏み出せずにいる。


「あっ、ちゃんとタコさんウインナーも入ってるのでご安心を!」


「別にそれはどっちでもいいんだけど……」


「えぇっ?だってテルくん、小一の遠足の時タコさんウインナーがお弁当に入ってないからって泣いちゃったじゃないですか!」


「……そんな俺の隣で、お前はピーマンが食べられずに泣いてたと記憶しているが?」


「……あー、なんだかテルくんが最後におねしょした時の話がしたくなってきましたー」


「俺が全く同じカードを持ってることを忘れているようだな」


「……やめましょう、争いは何も産みません」


「仕掛けてきたのはお前の方だろうと言いたいところが、まぁ同意しておこう」


「………………」


「………………」


「……ふふっ」


「ははっ」


 この人の隣にまたいられる日々が、あまりに愛しすぎて。

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