第5話 幼馴染と中学の友人②

りっ……」


「あっ!」


 俺が声をかけるより一瞬早く、俺を見つけたらしい六華の表情がパッと輝いた。


 この反応を見るに、やっぱり待ってたのは俺か……。


「えーと……悪い、待たせたか?」


「いえいえ、今来たところですからっ」


 別に待ち合わせていたわけでもなんでもないのに、そんなやり取りを交わす。


 こいつ、俺があのまま体育館に行ってたらどうするつもりだったんだ……?

 見学とはいえそれなりにガッツリやるだろうし、たぶん帰るのは数時間後になってたと思うんだが。


 いやまぁ、その場合は流石にどっかのタイミングで六華も帰ってたんだろうけど……。


 ……そういや昔、お互いに勘違いして場所を間違えて待ち合わせしちゃってた時。

 俺はしばらくしたら飽きて帰ったんだけど、六華は日が暮れるまでずっと待ってた……なんてことがあったような。


 いやいや、流石に今はそんなことないだろ……ないよな?


「それじゃテルくん、今日も放課後デートと参りましょー!」


 六華は、それが既に決定事項であるかのように言いながら歩き始めた。


「ん、あぁ……」


 結果的にではあるけど昔ほったらかしにしてしまった罪悪感が今更ながらに湧いてきたのもあって、俺も曖昧に頷くだけでそれに従うことにする。


「ところで、テルくん」


 すまん峰岸、バスケ部の方はまた今度ってことで……。


「私のクラスに、峰岸さんという方がいらっしゃるのですけれど」


「んおっ!?」


 ちょうど考えてた人物の名前が六華の口から出て、なんか無駄に動揺してしまった。


「あ、あぁうん、知ってるけど」


 慌てて、そう取り繕う。


「……なんだか、凄く大きく反応しましたね?」


「いや、まぁ、六華の口からその名前が出てくるとは思わなくてな」


「へぇ……?」


 あれ、なんだろう……?

 六華の笑顔から、妙な『圧』が放たれているような……?


「私のことを『よろしくしてやってくれ』だなんて頼んだのに、ですかっ?」


「ごほっ!?」


 なぜか妙に明るく尋ねてくる六華に、思わず咳き込んでしまった。


「な、なんでお前がそれを……!?」


「そりゃ、峰岸さんご本人から聞きましたので。今朝方、『だから、よろしくね』ってウインクと一緒に。私一瞬、どこの国の王子様から求婚されたのかと思っちゃいましたよ」


「お、おぅ……」


 その光景が容易に想像出来てしまって、半笑いが漏れる。


 うん、てか、峰岸さぁん!?

 よりにもよって、なんで本人にそのまんま伝えちゃうんだよ!?


 いやまぁ、あんなこと言っちゃった俺が一番悪いんですけどねぇ……!


「で……峰岸さんとは、どういうご関係なんです?」


 引き続き……というか、さっき以上の『圧』を放つ笑顔で尋ねてくる六華。


「峰岸から聞いてないのか……?」


「一通りは聞いたつもりですが、テルくんの口からも聞きたいんです」


 なんでだよ……とは、なんか言いづらい雰囲気だ。


「同じ中学出身で、お互いバスケ部でな。三年の時に俺が男バスのキャプテン、女バスのキャプテンが峰岸で、まぁその関係もあってそれなりに仲良くしてもらってんだ」


「それなりに、ですかぁ?」


 えっ、なんでそんなに含みある感じなの……?


「峰岸さんは、凄ぉく親しげな感じでテルくんのことをお話しされてましたけれどぉ?」


「割と誰に対してもそういうとこがある奴だからな」


「ふーん? へー? ほー? なるほど、そうなんですねー? やっぱり、テルくんも峰岸さんのことをよくご理解されているようで?」


 ていうか、この反応……もしかして?


「まさか、六華……お前、峰岸相手に妬いてんのか……?」


「ぐむっ……!」


 尋ねると、六華は一瞬言葉に詰まった様子で。


「そりゃ、妬くに決まってるじゃないですかー!」


 謎の『圧』を放つ笑顔から一転、頬を膨らませてお怒りの表情となった。


「私が知らないテルくんのことを、嬉々として話してくるんですもんっ! むしろ、これを妬かずして何を妬きますかってレベルです!」


「いやそれ、別に悪気があってやってるわけじゃなくてさ。六華が知りたいだろうと思って、善意で言ってるんだと思うぞ?」


 峰岸、そういうとこがある。

 色んな意味で。


「そりゃ、私もわかってますけどー! それに、知りたいのは事実ですし!」


 六華も、そこは理解してくれているらしい。


「ただ……それでも、モヤモヤは抑えられないのが恋する女の子なんですぅ!」


 が、それはそれとしてままならないものがあるようだ。


「一応言っとくけど、マジで峰岸とはそういう感じじゃないからな? つーか、他の人にこんな話すんなよ? 万一『親衛隊』の耳に入ったら、厄介なことになりかねん……」


「……そんな方々がいるんですか」


「いるんだよ、中学時代から。そして、まだ入学二日目ではあるけど恐らく既にその数はかなり膨らんでるだろうと見ている」


「漫画の登場人物のような方ですねぇ……」


「心から同意する」


 お互いしみじみとした感じで言っているうちに、六華も徐々に落ち着いてきた様子だ。


「だから、ありえないわけよ。そもそも、峰岸と俺じゃ釣り合いが取れなさすぎだろ」


「……私は、そうは思いませんけれど」


 と思ってたら、今度はジト目を向けられた。


「勘弁してくれ、痘痕も靨ってやつか? 自分で言うのもアレだけど、俺なんて物語じゃ目立たない名もなきモブFくらいの存在なんだからさ」


「………………」


 六華の目に宿るジト感が増した。

 なぜだ……。


「……はぁっ」


 かと思えば、今度は溜め息を吐く。


「好きな相手がモテるっていうのは、複雑な心境なんですねぇ……モヤモヤするけど、ちょっと誇らしさもあるような……昔は、こういうのだけはなかったですからねぇ……良くも悪くも、ではありますが……」


「いやだから、峰岸とは……」


「じゃあ、峰岸さんのことはともかくとして!」


 次いで、ズビシと指を突きつけてきた。


「それはそうと、モテますよね?」


「なんでだよ。モテねーよ」


 ノータイムで否定する。


「なら、今まで一回も女子から告白されたことはないと?」


「……まぁ、ないことはないけど」


 今度の返答には、少々間が空いてしまった。


「でもほら、アレだから。バスケ部のキャプテンって肩書きがモテてただけだから。実際、告白受けたのって中三の時に何回かだけだし」


 俺は、何を言い訳してるんだろう……。


「……はぁっ、まぁいいです。自覚がないっていうのは、どちらかといえば私にとっては有利に働く要素でしょうし……」


 もう一度溜め息を吐き出してから、六華は表情を改めた。


「ちなみにちなみにぃ、男子からの告白経験はっ?」


 それから、冗談めかしてそんなことを尋ねてくる。


「………………ないこともない」


 今度の返答には、さっき以上に間が空いてしまった。


「……えっ、あるんだ」


 これは六華も意外だったのか、キョトンとした顔となる。


「それってそれって、つまり……ふえぇぇ……どうしよう、なんだか興奮してきちゃいました……! これが、新しい扉というやつですか……!?」


 なんか、妙な扉が開きそうになってない……?


「それより、六華の方こそどうなんだよ?」


 幼馴染を引き戻すためにも、今度は俺の方から質問する。


「はぇ? どう、とは?」


 コテン、と六華は首を傾けた。


「昔っからモテてたけど、今はもっとモテてるだろ?」


「……? 少なくとも昔は、モテてなどいませんでしたが」


「……あー」


 思い出した。


 六華に惚れる奴ってのはいわゆる陰キャ系が多くて、自分なんかが釣り合うわけないって告白とかしない奴がほとんどだったんだよな……もちろん、俺も含めて。


「まぁ、昔のことは置いといて」


 両手で、『置いといて』のジェスチャー。


「今は凄いモテるだろ?」


 この見た目と明るい性格だ、昔より幅広い層にモテていることだろう。


 それに中学生ともなれば小学生とはメンタリティも変わってくるし、中学の頃なんかめちゃくちゃ告白を受けてただろうことは想像に難くなかった。


「……いやっはー、バレちゃいましたかー! まぁそうですね! 月本六華Ver.2は、Ver.1とは比べものにならないモテっぷりで困っちゃうくらいですよ!」


 なぜか妙な間が空いた気がするが、六華はフフンとドヤ顔で胸を張る。


 ……うん。

 自分で振っといてなんだけど、すげぇ胸にモヤモヤが……わかってたことなのに、なんかこう具体的に想像しちまうとなぁ……。


「……まぁでも、私の話はいいじゃないですか」


「んあ? なんで?」


 正直に言えば俺の方もこの話はもうやめたい気分ではあったんだけど、六華の方から言い出す理由が見当たらず首を捻る。


「……だって」


 なぜか拗ねたように、六華は唇を尖らせた。


「こんな話したって、テルくんが嫉妬してくれるわけでもないですし」


「いや、めちゃくちゃ嫉妬しとるわ」


 ……あっ、やべ。

 思わず考えたことをそのまま声に出してしまった。


「……えっ?」


 六華は、軽く目を見開いて俺の顔を凝視する。


「えっ、あっ……」


 それから、顔を俯かせて。


「ん、ふふぅ……そうですかぁ」


 少しして上がってきた顔には、この上なくニンマリとした笑みが浮かべられていた。


「いやぁ、そうですかぁ。テルくん、嫉妬しちゃいますかぁ」


「……悪いかよ」


「いえいえ、なぁんにも悪くありませんよぉ! むしろ私としては、大変嬉しく思ってる所存です! にゅふふ、まさかテルくんが、そうですかぁ。にゅふふぅ」


 時折笑い声を漏らすレベルで、六華はニマニマと笑う。


「幼馴染ゆえの独占欲ってやつですかぁ? いやぁ、困っちゃいますねぇ」


 違うよ。

 この嫉妬は、六華のそれと同じ種類だよ。


 そう伝えられなかったのは、事ある毎に自分の中で囁いてくる声があるから。


 お前にそんなことを言う資格はないだろう? って。


 今更、何を言ってるんだって。


 本当に……その通り、だよなぁ。

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