第6話 幼馴染のデート計画

 入学後、初めての休日。


 新生活も始まったばかりで、疲れが溜まってる。

 今日は、惰眠を貪った後で自主トレでもしつつゆっくりと六華の件とかバスケ部の件とか考えよう……と、思ってたんだけど。


 ──ピンポーン……ピンポーン。


「ふぁいはーい……」


 インターホンの音に叩き起こされ、俺は朝からあくび混じりに玄関へと向かっていた。


 つーか、なんで誰も出ないんだよ……あぁ、そういや今日は俺以外全員朝から出かけるっつってたっけか……どうせ郵便とかだろうし、さっさと受け取って二度寝すっか……。


「はーい、お待たせしまし……」


「おっはようございまーっす!」


 ドアを開けた瞬間浴びせられたハイテンションに、眠気がちょっと吹き飛んだ。


 そして。


「……六華!?」


 相手がよく見知った顔であることを確認した瞬間、残りの眠気も全部吹き飛ぶ。


「はいはいっ! 貴方の六華ちゃんですっ! 主食は愛で主菜と副菜も愛! さぁ、テルくんの愛情をたっぷり与えて六華ちゃんを大きく育てましょう!」


 目の隣に横ピースを持っていくポーズと共に、バチコンとウインクを送ってくる六華。


「何やってんの……? つーか、朝からテンション高ぇな……」


「あっはー! テルくんの方は随分とテンション低いですねぇ! もしかして、やれやれ系主人公でも気取ってるんですか? やれやれ……俺は愛しの六華を視姦した、とか内心でモノローグ入れちゃってる感じですかー?」


「やれやれ系主人公をなんだと思ってんだ……それじゃただのムッツリ気味の変態だろ。ほんで、テンションが低いのは単に寝起きだからだよ……」


「あっ……ごめんなさい、もしかして起こしちゃいました……?」


 頭を掻きながら答えると、途端に六華気遣わしげな表情となった。


「……いや、まぁ、ちょうど起きたところだったから」


 急にしおらしくされるとそれはそれでやりづらく、軽く視線を外しながら答える。


「ふふっ、そうでしたか」


 なぜ、妙に嬉しそうに笑うのだろうか。


「それより、何か用だったか……?」


「用がなければ、来ちゃいけませんか?」


 と、わざとらしく上目遣いで見つめてくる六華。


 再会したばっかの時ならともかく、今のこいつがこういう感じ・・・・・・なのはもうわかっている。


「で、何か用だったか?」


「もう、つれないですねー。ま、そういうところも魅力だと思ってますけどっ」


 重ねて尋ねると、六華は唇を尖らせた後にニパッと笑う。


 今のこいつが、こういう感じるなのはわかって……いても、寝起きでゆったり動いていた心臓が急に働き者へと変貌していくのを止めることは出来なかった。


「それはそうと、用はですね。もちろん、ありますよ? つまりは、そう!」


 そこで、一拍空けて。


「デートに行きましょう!」


 六華は、そう言い放ったのだった。



   ♠   ♠   ♠



 行く行かないで一悶着あったものの、結局俺の本日の予定が空白であることが見抜かれ──というか、あらかじめ母さんから情報が筒抜けだったらしい──半ば強引に『デート』に連れ出されることになった。


 まぁ、それは良い。

 『デート』という言い方はともかくとして、再会した幼馴染との……そう、峰岸風に言うなら『旧交を温める』機会はあった方が良いとは思っていたから。


 とはいえ……。


「テルくーん! すみません、お待たせしちゃいましたっ!」


「いや、俺も今来たところだからそれはいいんだけどさ。なんでわざわざ、外で待ち合わせなんだ? 一緒にウチを出れば良かった話だろ?」


 その点は、解せなかった。


 なぜ、わざわざウチに来たにも拘らず一旦解散した上で駅前で待ち合わせしての合流なのか。


「もう、テルくんは女心ってやつがわかってませんねぇ」


 と、六華は呆れたような表情で人差し指を立てる。


「デートと言えば、待ち合わせ! ジョーシキ、ってやつですよ!」


「そう……なのか?」


 実際、よくわからなかった。


「ま、そんなことより行きましょう! 時間は有限! せっかくのデートなんですから、一秒たりとも無駄にするわけにはいきませんよっ!」


「あっ……」


 六華が流れるような動作で俺の手を取るもんだから、思わず声が漏れる。


 小さい頃は、何の戸惑いもなく俺の方から握っていた手。


 それを躊躇するようになったのは、いつの頃からだったろう。

 六華を、異性として意識し始めたのは。


 今だって、その柔らかい手の感触が伝わってくるだけで緊張して少し身体が固くなる。


 心臓がどんどん高鳴っていくのを自覚する。


「今日は楽しみましょうね、テルくん!」


 一方の六華は、緊張も戸惑いも感じさせず。


「私が、しっかりとエスコートしてあげますからっ!」


 むしろ、手慣れた雰囲気に見えた。


 実際……デートに、慣れているんだろうか。


 考えてみれば、六華みたいな可愛い女の子を周囲が放っておくわけはないし……デートに誘われたことも、一回や二回のことじゃないだろう。

 お試し的な感じで何回か受けたことがあったりしても全く不思議ではない。


 そう思うと、また胸にモヤッとした感情が生まれてしまった。



   ♠   ♠   ♠



 とにもかくにも、そうして始まった『デート』だったけれど。


「デートといえば、まずは映画ですよねっ!」


「どれを観るのか、もう決めてるのか?」


「はい、もっちろん! ほら、こちら! 日本ではまだあまり有名ではない監督ですが、映画好きの配信者の皆さんがこぞってオススメしている方の最新作です!」


「あぁこれ、俺も気になってやつだけど……いいのか?」


「? いいのか、とは?」


「六華、ホラー苦手じゃなかったっけ?」


「……えっ!?」


「まさか、ホラーだって気付いてなかったのか……?」


「ふ、ふふん! この私を誰だと心得ているのです!? 月本六華Vwe.2は、そんな弱点とっくに克服済みですよ! ホラー映画なんて余裕です、よゆー!」


 そんな感じで、六華にグイグイと背中を押される形で入館することになったわけだけど。



   ♠   ♠   ♠



「なかなか、悪くない映画でしたねっ! 子役の子も、可愛かったですし!」


「そうだな、特に霊に襲われるシーンの演技なんか迫真で……」


「ちょっとテルくん、どうして急に怖い話をしだすんですかっ!?」


「怖い映画の話をしてるからだよ……」


 出る頃には、六華は涙目になってちょっとプルプル震えていた。


「とにかく! 次は、カフェでランチといきましょう! とっておきのお店ですよ!」


 そんな表情を改めて、再び張り切った調子で向かったカフェでは。


「一時間待ち、ですか……!?」


「いかがなされますか?」


「あっ、はい、えーと、待ちま、いやでも一時間、すみません、あっ、うーん……」


「六華、一旦落ち着こうか。今日、どうしてもここで食べたい感じ?」


「あっ、いえ、どうしてもという程では……」


「そっか。すみません、それじゃまたの機会に」


「はい、またのお越しをお待ちしております」


 営業スマイルに見送られ、今回は俺が六華の背をそっと押す形で店を後にする。


 六華は越してきたばっかりだし、他に知っている店もほとんどないだろう。

 ということで、結局俺のオススメの店に行くことにした。



   ♠   ♠   ♠



「いやぁ、美味しいパンケーキでしたぁ!」


 俺の知っている中では激レアに当たる、女の子でも満足度が高そうな店をチョイスしたけど正解だったみたいだ。


「食欲を満たした後は、知識欲を満たすお時間ですよね! というわけで、次は美術館へとレッツゴーです!」


 ちょっとシュンとしていた六華も、元気を取り戻していた。


 ……この時点までは。


「……本日、休館?」


 目的の美術館、そのピッタリと閉じられた扉の手前に設置された立て看板を見る六華の頬はヒクついている。


「ま、まぁ、そういうこともありますよねっ!」


 そう言いながらも、顔に浮かぶ笑みはぎこちない。


「それじゃあ、この後はぁ!」


 と、明るく言って。


「………………どうしましょうね」


 一気にテンションが降下した。


「あのさ、六華……もしかして」


 結構前から薄々感じていたことを、尋ねてみることにする。


「こういう……デートとかって、慣れてなかったりする?」


 すると、ギクリと六華の頬が強張った。


「………………すか」


「え……?」


 ポツリと何か呟いたようだけど、聞き取れずに聞き返す。


「慣れてるわけないじゃないですかぁっ!」


 今度は、やけっぱちって感じの叫びだった。


「だって、デートなんて実際やったことあるわけないですし! だから頑張って一生懸命に調べたのに、全然思った通りにいかないし! いいですよもう、知ったかぶってドヤ顔晒してた女をあざ笑ってください! どうです、机上の空論ガールとでも呼んでは! さぁ皆さんご一緒に! エビバディセイッ! 机上の空論ガールぅ!」


 というか、完全にやけっぱちになっている。


「はぁ……テルくんも、幻滅したでしょう……?」


 かと思えば、今度は自嘲の笑みを浮かべた。


 テンションの上下激しいな……。


「……いや、逆だよ」


 そんな六華を見ていると……少し、申し訳なくも思うけど。


「むしろ、安心したっていうかさ」


 それが、偽らわざる本心だった。


「……恋愛偏差値最底辺の私に完勝出来て、ですか?」


「違うわ」


 ていうか、どんだけ卑屈になってるんだ……。


「そうじゃなくて……六華も俺と一緒なんだって、わかったからさ」


 ジト目を向けてくる六華に、苦笑を返す。


「一緒、とは……?」


「俺も、デートなんて初めてだから」


「……そうなんです?」


 六華は、パチクリと目を瞬かせた。


「テルくんは、なんというかこう……デートなんてもう慣れきって新鮮味の欠片も感じないぜはっはー、的な感じかと思ってました」


「なんでだよ……」


 六華は俺のことを何だと思ってるんだろう……。


「だから、正直に言うと……もし六華にスムーズにエスコートされてたら、ちょっと微妙な気持ちになってたと思う。なんか、六華が遠い存在に思えちゃう感じでさ」


 俺の吐露に、六華は拗ねたように唇を尖らせた。


「私は、バッチリとエスコートしてデキる女だと思われたかったですけど……」


 そんな思惑があったのか……。


「なんつーか、その……こんなこと、俺が言えたことじゃないのかもしれないけど」


 今だけは、過去の所業は棚に上げさせてもらおう。


「俺と六華って、そういうんじゃなくないか?」


 漠然とした言葉ではあったけれど。


「そう……かも、しれませんね」


 六華には、伝わってくれたようだ。


「別に、背伸びする必要なんてなくてさ。お互い、等身大な感じでいこうぜ」


 本当に……俺に、こんなことを言う資格があるのかはわからないけれど。


「だから、今度は俺から誘うよ」


 六華に向けて、手を差し出す。


「改めて……俺と、デートしてくれないか?」


 俺の言葉に、六華はキョトンとした顔となった。


 だけど、それも一瞬のこと。


「……はい、喜んでっ!」


 微笑んで、俺の手を取ってくれた。


「今度は、俺が案内するよ、六華、越してきたばっかでまだこの辺のことそんなに詳しくないだろ?」


「あー……はい、そうですね」


 ここまでの反省を踏まえているのか、苦笑気味ながら頷く。


「だから、遠慮せずに行きたいところがあったら言ってくれよな。俺の前で、何も取り繕う必要なんてないんだからさ」


 ヒク、となぜか少しだけ六華の口元が痙攣するように動いた。


「……そうですね」


 口を引き結んで、六華はもう一度頷く。


 そして、再び開いた唇から出てきた言葉は──

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