第2章
第20話 王子の宣戦布告
「私は、天野照彦のことが好き」
峰岸からの、『告白』を受けて。
「は、はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
俺が叫ぶより一瞬先んじて、誰かが叫んだ。
俺の心の声が漏れたのかと錯覚しかけたけど……今の声。
六華、だよな……?
聞かれちゃってたのか……や、だからって何もマズいことなんてないだろ……!
俺の答えは、決まってるんだから……!
「峰岸、俺は……」
「ストップ」
峰岸の指が、そっと俺の唇に触れる。
そんな仕草が様になるとこが、まさに『王子』……!
「初恋、なんだ」
「え?」
そんな『王子』の唇から思わぬ単語が紡がれた気がして、俺の口からまた間抜けな声が漏れ出た。
「人生で初めての恋、という意味だよ」
「い、いや初恋という概念を存じ上げてないわけじゃなくて……」
流石に峰岸もそれはわかって言ってるらしく、クスリとイタズラっぽく笑う。
「初恋だと気付いた直後に終了だなんて、残酷だと思わない?」
それから、俺の目を真っ直ぐ見たまま小首を傾げた。
「ま、まぁ……いや、どうなんだろうね……?」
俺の立場だと、絶妙にコメントしづらいんだが……。
……ただ、今の言葉で確信は抱けた。
峰岸は、俺の『答え』を察している。
「だから、しばらく猶予をくれないかな?」
いくら、『猶予』があったとて。
時間の経過が俺の気持ちを変えることなんてないって、断言出来る。
会わなかった三年間でさえ、俺の想いは変わらず……ずっと、六華のことが好きだったんだから。
「その間に」
峰岸は、未だ俺の唇に当てたままだった指をそっと離し……自分の唇に当てて、どこか妖艶に微笑んだ。
「本気で、
んんっ……!
断言は出来る……!
俺の、六華への想いは変わらない……!
それは間違いない……!
が、それはそれとして破壊力が……!
い、いや、これはほら、アレだから……!
芸能人にときめくみたいなもんだから……!
「それじゃ、今日のところは失礼するよ」
ウインク一つ。
言うだけ言って、峰岸は颯爽と教室を出ていく。
シンと静まり返った教室中の視線を一斉に浴びながらも、少しの動揺も照れも見られない。
なんつーか、マジで嵐のように場を荒らすだけ荒らして去っていったな……。
♥ ♥ ♥
峰岸さんが?
テルくんを……好き?
あれだけハッキリと峰岸さんが告げてたのに、私の頭は未だその事実を信じられないでいた。
それとも……信じたくないって、思ってるのかな。
だって峰岸さんみたいな超絶美人で格好いい人がライバルになっちゃったら、私なんて……。
「や、月本さん」
「わひょっ!?」
廊下で悶々としてたところに当の峰岸さんがやってきて、思わず奇声を上げてしまった。
「ふふっ、幽霊でも見たかのリアクションだね」
「あ、う、その……」
確かに、流石に失礼だったかも……とは思うものの、上手く言葉が出てくれない。
まさしく青天の霹靂と言えた、峰岸さんの告白。
私は……どんな顔で峰岸さんと向き合えばいいの?
私が聞いてたことも知ってたのか、峰岸さんは今までと同じ自然体に見えるけど……。
「……ごめんね、月本さん」
かと思えば、言葉通り申し訳なそうな表情になる峰岸さん。
「私は、貴女にも嘘をついていたことになる」
確かに、峰岸さんはハッキリと私に言っていた。
私と天野の間にあるのは決して恋愛感情なんかじゃないよ、って。
とはいえ……。
「や、まぁそれはその……聞いている限り、峰岸さん本人も気付いてなかったみたいだし……」
実際、別にそこを責めるつもりはない。
本人さえ気付いてなかった感情だったっていうなら、それはもう仕方ないとしか言えないもんね。
「優しいね」
峰岸さんは、クスリと笑う。
「この泥棒猫が、とか罵ってくれてもいいんだよ?」
「えーと……それ以前に、まだ心の整理がついていないというか……」
まさしく今、私自身が峰岸さんに抱いている感情が何なのかわからない。
嫉妬? 怒り? 敵対心? 諦め?
ただ一つ言えるとすれば、私は今『混乱』状態にあるってことだけ。
「月本さんには、当然権利がある」
そんな私を諭すように、峰岸さんは気持ちゆっくりとした口調でそんなことを言う。
「告白、されたんだよね? 天野から」
「う、うん……」
まだ、返事は出来てないけど……。
というか、今回の一件でますますどうすればいいのかわからなくなったと言うか……。
にしても峰岸さん、まさか全部見抜いてるってこと……?
私が告白されたことも……その返事を、まだ伝えられていないことまで……。
「安心して良いよ。天野が恋愛感情を抱いている相手は、月本さんただ一人だから」
あの……峰岸さんからのこの言葉を、私はどういう感情を受け止めればいいんでしょう……。
「
挑発するような物言いながら、彼女の目に宿るのは……複雑な感情ではあっても、私への悪感情はないような気がした。
「だから、君の最適解は今すぐ天野のところに行って告白に対してYESを返すことだね」
きっと、峰岸さんのこの言葉は本心からのものだと思う。
「私は、ルール違反はしない。他の人の恋人を奪ったりはしないよ。誓って、断言する」
私への、
「つまり」
ほんの少しだけ細まった峰岸さんの目に、どこか剣呑な色が宿った……ような、気がした。
「月本さんが本気を出した瞬間に、私の初恋は終了さ」
「っ……」
私がテルくんと正式な恋人になった瞬間、峰岸さんはテルくんのことを諦める。
その言葉にも、嘘はないんだろうって思う。
私の行動が、峰岸さんの恋を終わらせる。
「……こんな風に言うと、動きづらくなるでしょ?」
小さく、峰岸さんは苦笑した。
「私は、ルール違反はしないけど……ルールに抵触しない、多少ダーティなプレイを厭うこともしない」
だけど、私を真っ直ぐ射抜く目には少しも揺らぎはない。
「私は、小四でミニバスのチームに入って初めてバスケを経験したんだけど」
テルくんにフられてから、三年。
「初心者の……それこそバスケを始めて一日目の時から、どんな格上が相手だろうと負けると思って勝負したことはない。ただの一度もね」
結局私が持ち得なかった……揺るがない強さを、この人は持っている。
「バスケ以外で……バスケ以上に」
こんな状況なのに……私には、峰岸さんがとても眩しく見えた。
「負けたいないものが出来るなんて、今まで想像もしてなかった」
たぶん峰岸さんは、私が目指した……うぅん。
私の想像なんて及ばないくらい、私の理想形の極地。
「私は、あらゆる手段を用いるつもりでいるよ」
最後に、挑発的に笑って。
「月本さんは……どうする?」
峰岸さんは、私たちの教室の方へと戻っていった。
「……六華」
「あっひょぉ!?」
峰岸さんと入れ替わるみたいに──というか、そのタイミングを窺ってたんだと思う──テルくんに話し掛けれて、またも奇声が漏れ出る。
「急用を思い出したので失礼しゃーす!!」
私はテルくんの顔を見ることさえ出来ずに、とりあえずダッシュで逃げ去るのでした。
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