第24話 幼馴染の宣戦布告

 例の一件以来、峰岸が昼休みにウチの教室を訪れる頻度は上がった。

 というか、ほとんど毎日のことになっている。


 クラスの女子が、なぜか俺にお礼を言ってくるレベルである。

 どんなレベルだ。


「でさ、あの時の監督の判断はやっぱり間違いだったと思うんだよね」


「だなー、下手に守りに入らず攻めきってたら勝ってたよなー」


 本日は、何気ない雑談の中から中学時代の試合の振り返りに発展していた。


「なんつーか、お前らって凄い気が合ってる感じがするよな」


「まぁ、そう……かな?」


 鈴木の言葉に、曖昧に頷く。


 合うか合わないかで言えば、間違い合う。

 けれど、改めて考えると少し不思議ではある。


「性格は、割りと正反対なのにな」


「そう?」


 首を捻る峰岸に、自覚はなさそうだけど。


 結局のところ根のネガティブさが変わらない俺にとって、真っ直ぐ前を向く峯岸の姿は眩しく映るんだ。



   ♥   ♥   ♥



「へぅ……」


 いつも通りテルくんの教室を覗き見ていたら、謎の声が漏れた。


 いや、なんか……ヘコんできた……。


 私は、変われたつもりでいた。

 烏滸がましくも、テルくんに釣り合う女になれたと思っていた。


 本当に……烏滸がましかった。


 今のテルくんに釣り合うのは、きっと峰岸さんのような人。

 真っ直ぐで、コミュ力お化けで、格好良くて、なのに可愛らしくもあって。


 私からは……とっても、眩しく見える。


 石ころをどうにか磨き上げた私みたいな偽物じゃなくて、きっとあれこそが本物だから。


 それに……峰岸さんには、テルくんと三年間共に部活で過ごしたっていう強い絆がある。


 対して、私は?


 テルくんは、小学生の頃の私も今の私もどっちも好きだって言ってくれたけど。

 実のところ、再会後にテルくんに見せていた私はどちらかでさえない・・・・・・・・・


 昔のままの私じゃなくて。

 磨き上げたつもりの、今の私でもなくて。


 テルくんに見せていたのは、演じていた私。

 そんな、空虚な時間を共有しただけ。


 実質、私にあるのは小学生時代の思い出だけなんじゃないの?

 テルくんを過去で縛って、未来に進む峰岸さんの邪魔をしているだけなんじゃないの?


 そんな考えが、グルグルと頭の中を巡る。


 とはいえ、私が勝つ・・のは至極簡単。


 峰岸さんの言った通り、私がテルくんにお返事すればそれで終わり。


 だけど……それで、本当にいいの?

 テルくんだって、困るんじゃないの?


 私の、この気持ちは……捨てることなんて、出来ないけど。


 もう、表に出すべきじゃないんじゃないの?


 嗚呼、本当に私は駄目だなぁ……峰岸さんだったら、こんな風に考えている暇があればテルくんにアプローチの一つでもするんだろうに。


 私が、峰岸さんに勝てるところなんて……。


 なんて……。


 ……いや。


 一つだけ、あった。


 峰岸さんにも、負けないもの。



   ♥   ♥   ♥



「おや月本さん、こんなところで奇遇だね」


 人気のない階段の踊り場で壁に背を預けていた私に、峰岸さんが冗談めかして話し掛けてくる。


「なんてね」


 そして、フッとどこか楽しそうに笑った。


「私に、御用みたいだね」


「うん」


 私は、素直に頷く。


 お昼を食べ終わった後、峰岸さんがいつもここを通ること知ってここで待ってたんだから。


「こういう雰囲気……大抵は私への『告白』なんだけど、月本さんもその口かな?」


「うん」


「……うん?」


 明らかな冗談にもう一度頷くと、峰岸さんはコテンと首を傾けた。


「これは、私から峰岸さんへの告白だよ」


 だけど、本当にそうなんだから仕方ない。


「私は、やっぱり峰岸さんに嫉妬してる。それはきっと……テルくんからの告白に答えて、テルくんと付き合うことになってもきっと変わらない。テルくんは本当は峰岸さんのことを好きになってるのに……私に告白しちゃったから付き合ってくれてるのかな、なんて嫌なこともたぶん考えちゃう」


「彼がそんな奴じゃないことは、誰よりも月本さんが知っていると思ってたけど?」


「うん。それでも、考えちゃうと思うの」


「ふむ……なるほど、その罪悪感の告白というわけかな?」


「ここまでは、そう」


 次の言葉を口にするには流石に緊張して、すぅはぁと深呼吸を挟む。


 そして。


「ここからは……宣戦布告、だよ」


 真っ直ぐ峰岸さんの目を見ながら、ちゃんと言うことが出来た。


「ちょうどいい機会だと、捉えることにしたの」


 不敵な笑みを意識して浮かべてみるけど、これはちゃんと出来てるかわからない。


「疑惑を晴らすのなんて……自信を得る方法なんて、簡単だよね」


 あくまでも方法論が簡単なだけで、難易度はルナティックだけど。


「正面から競って、勝てばいい」


 それが、私の出した結論だった。


「ごめんね、待たせちゃって」


 それは、峰岸さんの真意に気付いたからでもある。


「私がちゃんと前を向くまで……本気・・、まだ出してないよね?」


「ふふっ、嬉しいなぁ」


 ここまで黙って私の話を聞いてくれていた峰岸さんは、言葉通り嬉しそうにはにかんだ。


「月本さんが私のことを、そこまで理解してくれてて」


 皮肉にもと言うべきか、峰岸さんとテルくんをコソコソと嗅ぎ回っていたからこそ高まった理解度である。


「ねぇ月本さん。私たち、親友になれると思わない?」


「思うよ。だってお互い、男の好みが良いんだもん」


「ふっ、ははっ!」


 私の冗談に、峰岸さんは噴き出した。


「良いこと言うねぇ。ていうか月本さん、ちょっと変わった?」


「どうだろう……でも、気付いたから」


「気付いた?」


 小さく首を捻る峰岸さん。


「私が峰岸さんに勝てるところなんて、一つもないと思ってたけど……一つだけ、あることに気付いたの」


「うん? 胸の大きさかな?」


「……おぉ、確かにそれもあった」


 これは思い至らず。


「だけど、これは相手の好みによるので一概に勝ちとも言えないような」


「安心してよ、天野はあれでおっぱい星人だから」


「……その情報を峰岸さんが知っているという事実に、嫉妬の炎がメラメラと燃え上がるのを感じる六華ちゃんであった」


「あははっ。思ってた以上に面白い人なんだねぇ、月本さんって」


「最近ちょっと、キャラが混じってきてるような気はしなくもないかな」


 ここしばらく、頻繁に六華ちゃん会議を開催してるからかな?


「まぁ、おっぱいの話はともかくとして」


 置いといて、のジェスチャーで話を戻す。


「これだけは、峰岸さんにも勝ってるって自信を持って言えるの」


 胸に手を当て……いや、物理的にここが勝ってるって話じゃなくて。


「テルくんのことを好きっていう、この気持ちは」


 これが、ホントのホントの宣戦布告。


「ふふっ」


 特に驚いた様子もなく、峰岸さんは微笑む。


「私より月本さんの方が勝っているところなんて、いくらでも思いつくけれど」


 次の言葉は、なんとなく予測出来た。


「生憎、私もそこ・・だけは負けないと思っているんだ」


 やっぱり……峰岸さんだって、そう思ってることはわかってた。


 結局のところ、これはどっちのそれ・・が上回るかの勝負なんじゃないかな。


「それじゃ、改めて……」


 峰岸さんが手を差し出すのと私が手を差し出したのは、ほとんど同時だった。


「勝負だよ、月本さん」


「勝負だよ、峰岸さん」


 そして、これもほとんど同時に言いながら固い握手を交わす。


 あの日の、峰岸さんからの問いかけに。


 ──月本さんは……どうする?


 ようやく、答えることが出来たんじゃないかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る