第9話 幼馴染に対する想い②

 昼休み。


「あれ? 天野んとこのカーチャン、なんか趣味変わった?」


 俺が机の上に弁当の包みを置いたのを見て、鈴木が少し意外そうに片眉を上げた。


 入学以来、鈴木とはずっと一緒に昼を食べている。いつもは無地か幾何学模様の包みなのに、今日は謎のゆるキャラ。

 まぁ疑問も湧こうってものかもしれない。


「かもな」


 六華のことを説明するのも面倒で、俺はそう返すだけに留めた。


 と、そこで。


「キャッ、またいらっしゃったわ」


「何度見ても顔が良い……」


「眼福だね……!」


 女子の一部から、黄色い歓声が上げる。


 このパターン……間違いなく『奴』だろう。


「やっ、私もご一緒していいかな?」


 果たして、俺たちの前に弁当箱の包みを置いたのは『王子』こと峰岸紗霧だった。


「別にいいけど……」


 断る理由もないので、頷いて返す。


 チラリと目を向けると、鈴木も軽く頷いた。


「なんでわざわざ、一組まで来たんだ……? 峰岸なら、ランチをご一緒したい友人には事欠かないっつーか引っ張りだこだろ?」


「まぁね」


 ここで否定しないし実際事実なのが、峰岸紗霧という女である。


「というかキミ、わかっていて聞いているでしょ?」


 峰岸は隣の席から椅子を引っ張ってきながら、ピッとこちらを指差してきた。


 いちいち仕草が絵になる奴……。


「天野と話すために決まってるじゃない」


 まぁ、そうだろうなと思ってはいた。


「おいおい王子ー、俺の存在は無視かよー」


「ははっ、鈴木とも話したいとは思っていたよ」


「露骨なあしらい感! でも王子にやられるとなんか許しちゃう!」


 そんな、茶化した鈴木とのやり取りの後。


「さて天野、大事な話があるんだけど」


 ともすれば俺を口説いているかのようにも聞こえる発言に女子の一部がこっちを見ながらヒソヒソ何かを話しているけど、間違いなくそんな艶っぽい話じゃないと断言出来る。


「キミ、なんで全然部活来ないのさ? もうとっくに練習は始まってるよ?」


 果たして、峰岸の話は予想通りのもの。

 結局俺は一度もバスケ部に顔を出していないので、そろそろ来る頃だろうとは思ってた。


「なんでって、そりゃ……入部してないからでは?」


 そういうことを聞いているわけじゃないとはもちろんわかっていたけど、本当の理由が話しづらいこともあってとりあえず冗談めかして返してみる。


「は!? まだ入部もしてなかったの!?」


 したら、なんか思ったよか大きく反応された。


「まだ、っていうか……」


「顧問の先生がわからないなら、私が一緒に職員室まで行ってあげようか? あっ、入部届を失くしたとか? 安心しなよ、それも先生に言えば……」


「いや、そういうわけじゃないから! ていうか顔が近ぇよ!?」


 前のめりになってグイグイ顔を近づけてくる峰岸に、思わず悲鳴に近い声が出る。


 この顔で至近距離は反則だって……!

 入部より先に親衛隊に入ることを決意しそうになったわ!


 こいつ、自分の面の良さにイマイチ無自覚なんだよな……!


「おっと、失礼」


 峰岸も一応この状況のマズさには気付いてくれたらしく、姿勢を正した。


「だけど本当に、どうしたの? 入部が遅くなるほどチームメイトの覚えも悪くなってしまうっていうのはキミだってわかってるでしょ?」


「まーそうなんだけどさ……」


 にしても、なんで俺が入部するって前提で話してくるんだろうねこの人は……。


「今はちょっと、他にやることがあるっつーか……その件を片付けないと、どっちも中途半端になりそうで嫌なんだよ」


 全てを語っているわけじゃないけど、偽らざる本心だ。


「……そう」


 納得してくれたのかは不明だけど、峰岸はハッキリと頷いた。


「キミが言うのなら、そうなんだろうね。なら私は、キミがその『やること』とやらを見事果たすまで待つことにするよ」


 そして、小さく肩をすくめる。


「時に天野、随分と可愛らしいお弁当の包みだね?」


 これで今の話は終わりだとばかりに、峰岸は俺の包みを指差した。


 こういうとこ、ホントにイケメンだよなぁ……。


「まぁな」


 適当に頷きつつ、包みと弁当箱の蓋を開ける。


「……なんか、お前らってさぁ」


 と、しばらく黙っていた鈴木が口を開いた。


「傍から見てるとホント……いや、なんでもない」


『?』


 鈴木は何やらゴニョゴニョと言った後に首を横に振って、俺と峰岸は何のことやらわからず疑問符を浮かべる。


「ところで天野さー、なんか急に食の好みが変わったりした?」


 と、鈴木は俺の弁当の方を見ながら露骨に話を逸らした。


「いや、別に……?」


 そう返しながら手元に目を落とすと、俺も鈴木が何を言っているのか理解した。


 鶏の唐揚げ、卵焼き、エビフライ、ほうれん草の炒めもの、ハンバーグ。


 ガッツリ系のおかずを中心に組み立てられた、ザ・男子高校生って感じのメニューだと言えた。

 二段目には、ご飯もギッシリ詰まっている。


「……元々、こういうのが好きなんだよ」


 そう、そこには俺の好物がこれでもかと並んでいた。


 小学生の頃から、この辺りの好みは変わっていない。


「そうなの……? あの、言いづらかったら言わなくてもいいんだけどさ……もしかしてお前、カーチャンとあんま仲良くなかったりする?」


 鈴木が、ちょっと声を潜めてそんなことを言ってくる。


 今までの弁当にこういうガッツリ系のおかずがほとんど入ってなかったのを知っているからだろう。

 普段は、野菜中心のヘルシー系のメニューだから。


「仲は普通だよ。普段の弁当は、俺から頼んでカロリーオフ仕様にしてもらってるんだ」


「へぇ? なんでまたそんな?」


「俺、昔すげぇ太ってたからさ。ダイエットのためにカロリー制限してたんだよ」


「そうなん?」


 鈴木は意外そうに片眉を上げる。


「そうなんだよ。な、峰岸」


 水を向けると、峰岸は一瞬ジッと俺の目を見つめた。


 いいのか? ってことだろう。


 俺は軽く頷いて返す。


「うん、そうだね。中一の頃の写真を見たらビックリすると思うよ」


 俺の了承を確認し、峰岸はそう言って頬んだ。


「マジ? 見てぇ~」


「天野、見せてもいい?」


「いいけど……あるのか?」


 中一の頃の写真なんて、俺すら持ってるか怪しいぞ……?


「えーと……」


 峰岸はスマホを取り出し、スッスッと操作する。


「ほら、これ」


 そして、画面を俺たちの方へと向けた。


 そこには、確かに中一の時の俺の姿が収められていた。


 割と急激に体型が変わっていったから、時期の特定はしやすいんだよな……まぁ、それはいいんだけど……。


「……これが? マジで、天野?」


「紛うことなき俺だけど、峰岸はなんでこんな写真持ってんだよ……」


 目を丸くする鈴木に答えながら、ツッコミを入れる。


 学生服姿だから、部活の時に撮ったもんでもないみたいだし……。


「覚えてない? 中一の二学期、キミに写真を撮らせてってお願いしたの」


「……あー、あったっけそんなことも」


 たぶん、あれが峰岸との初会話だったんじゃないかな。

 当時から既に『王子』のオーラを纏ってた峰岸に話しかけられて、めちゃくちゃテンパった記憶が蘇ってくる。


 しかも、写真を撮らせてときたもんだ。

 これはもう、俺の写真をみんなに回して馬鹿にするためなんだなって思ったよね。


 断ったらそれこそ何言われるかわかったもんじゃないから撮らせたけどさ。

 だけど、結局峰岸には俺は笑い者にする様子なんてなくて……。


「つーか、結局どういう意図で撮ったんだよこれ」


「ふふっ、記念撮影」


 なぜか嬉しそうに微笑む峰岸。


「何のだ……」


 今に始まったことじゃないけど、王族の考えは庶民には理解出来んな……。


「あの時点でもう、私はキミの成長を半ば確信していたからね。実は、部内でも最も早くキミに着目した者として自負しているんだよ?」


「マジかよ王子、これがこうなるってわかってたのか?」


 写真と俺を交互に指して、鈴木は驚愕の表情を浮かべている。


 いや、マジだったら俺もビックリだわ。


「ははっ、流石に物理的にここまで伸びるとまでは思ってなかったけどね」


「そうなん? だったら、どういうこと?」


「いつかこの人ならレギュラーの座を射止めるだろうな、ってね。だから成長途中の姿を今のうちに残しておこうと思ったんだ。ふふっ、まさしくこういう時のために」


「……マジ?」


 疑問と驚きの声は、俺のものだ。


「一年の二学期っつったら、まだようやくボールをまともに扱えるようになった程度で……シュートの成功率なんて悲惨なもんだったろ?」


「だからこそさ」


 峰岸は、芝居がかった調子で肩をすくめる。


「一学期の頃はボールの扱いさえままならなかったキミが、二学期になる頃にはまともに扱えるようになっていた。凄い成長じゃないか」


「めちゃくちゃ低いレベルでのな……」


「それでも、成長は成長だよ」


「いや、ていうか天野さ、マジにそんなド下手だったん……? てことはもしかして、ミニバス経験もなかったとか……?」


「あぁ、それどころかバスケ自体ほとんどやったことなかったよ」


「お、おぅ……そこから東中のレギュラーになるまでに至ったのか……それ自体凄いけど、そのことを予言してたとか王子慧眼すぎん?」


「でしょ? これは私のちょっとした自慢なんだ」


 謙遜するでもなく、峰岸は言葉通り自慢げに笑う。


「一学期の頃の天野は、ひたすら一人で黙々と練習してたよね」


「部内に友達もいなかったからな……」


「部内に?」


 笑顔のままツッコミを入れてくる峰岸。


「いや、部外にもいなかったけどさ……」


「それも意外だな? 天野、どっちかっつーと社交的な感じじゃん? あっ、でもそっか。そういや中一の時にこっちに引っ越してきたんだっけ? それならまぁしゃーないか」


 確かに、それも一因ではあるかもしれない。


 だけど、本質では全くない。


「つーか、友達の作り方がわからなかったんだよな……」


「ほーん? 小学生でもぼっちだったってこと?」


「いや、小学生の頃はむしろ友達多かった方だと思うよ」


「? じゃあなんで?」


「それは……」


 小学生の頃の俺を、捨て去った・・・・・から。

 色んな意味で……な。


 とはいえ、流石にそれを口にするのは憚られる。


「でも、二学期からは徐々に周りに人も増えていったよね。バスケ部を中心にさ」


 俺の内心を察してくれたらしい、峰岸が少し話を変えた。


「まー……同じチームでそれなりの時間を過ごしゃ、流石にな」


 でも、ありのままの自分が受け入れられたようでなんだか嬉しかったのを思っている。


 これでもいいんだ・・・・・・・・って、さ。


「かくして今の天野に繋がる、というわけさ」


 峰岸が、最後なんかいい感じにまとめた。


「ちなみに、今のキミならそういうメニューの方がいいと思うよ」


 と、俺の弁当箱を指す。


「もうダイエットも必要ないでしょ?」


「だなぁ……」


 実際今はもう適正体重まで落ちてるんで別にヘルシー系メニューを続ける必要もないんだけど、母さんは流れで同じようなメニューを作ってくれてるし、俺もそういうメニューが嫌いなわけでもないんでなんとなく何も言っていないって感じだ。


 確かに、そろそろ母さんにも言っとこうかな……。


「というか、これからはむしろカロリー多めのメニューにすべきだろうね。部活を始めると、どうしても……おっと、失礼」


 部活のことに話が及びかけたところで、峰岸は自らその話題を止めた。

 待つと言った以上、部活のことは口にしないってことなんだろう。


 ホント、律儀なお方だ……。


「にしてもそれ……おかず、全部手作りだよね? 中学の頃から思っていたけれど、キミのお母さんは本当に料理が達者なんだねぇ」


「……まぁ、な」


 実際、母さんは料理上手ではある。

 けど、流石に毎日の弁当にこんな手間をかけたりはしない。


 一方で、この弁当の本当の作成者がなぜそんな手間をかけてくれたのかといえば……。


「愛情がたっぷり詰まっている、という感じがするよ」


 そういう……こと、なんだろうなぁ。

 わざわざ早起きしてせっせとこれを作ってくれている六華の姿を想像すると、なんだか泣きそうな気分にすらなってくる。


「なぁ、峰岸は……」


 思わず、尋ねそうになってしまった。


 こんな俺のことを、軽蔑するか? って。


 部活のことを後回しにして、やってることはといえば女の子と放課後に遊んでいるだけ。

 しかも、俺はその女の子の気持ちを一度踏みにじっていて……今また、これだけのことをしてもらいながら態度を保留し続けている。


 ははっ……改めて並べると、マジでクソ男だね。


「私が、どうかした?」


 言葉を途中で切った俺に、峰岸が首を捻る。


「……肉と魚だと、どっちが好きだっけ?」


 さっき思い浮かんだ質問を実際口にしたところで峰岸を困らせるだけなのはわかりきっているので、そんな適当な質問を投げる。


「それついては、肉だと断言するよ」


「ははっ、肉食系女子だな」


「やっぱり、肉を食べないと力が出ないからね」


「わかるわー、俺もカーチャンには『とりあえず肉!』って言ってるもん」


 鈴木も交えて、そこからは普通に雑談が続いた。



   ♠   ♠   ♠



 昼休みも、そろそろ終わろうかという頃。


「っと、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」


 鈴木がそう言って教室を出ていった。


「それじゃ、私もそろそろ失礼しようかな」


 次いで、峰岸も立ち上がる。


「あぁそうだ、言い忘れていたことがあるんだけど」


「ん……?」


 かと思えば、その場に留まったまま俺の目をジッと見てきた。


「私は基本的にキミの選択を尊重するつもりだし、いつだってキミの味方でありたいと思っているからね。たとえ、どんなキミだろうと」


「っ……!」


 それはまるで、さっき俺が飲み込んだ質問への答えみたいで。


「さ、すが……『王子』は伊達じゃねぇな」


 向こうからすれば俺の様子がなんかおかしいから、ちょっと励ましとくか……くらいの気持ちなのかもしれないけど。


 ほんの少しだけ、救われた気分になったのは事実だ。


「……危うく惚れそうになったわ」


「ははっ、それは出来れば勘弁願いたいところかな。私はキミとの、今のこの関係が気に入っているんだからさ」


「安心してくれ、実は俺は結構一途でな。昔っから、好きな相手はたった一人だ」


「それは重畳」


 峰岸になら、こんな風にあっさり言えるのになぁ……。


 なぜ、六華には言えないのか。


 決まっている。


 昔のことが、ずっと引っかかっているから。

 俺に、そんなことを言う資格はあるのかって。


 とはいえ、いい加減前に進まなきゃ……だよなぁ。


 ただ、その方法がわからない。

 六華に今更謝罪するのもなんか違う気がするし……うーん。


「ま、キミのやりたいようにやればいいと思うよ」


 またも俺の内心を見透かしたような発言を残して、今度こそ峰岸は去っていった。


「俺のやりたいように……ねぇ」


 自分がどうしたいのかさえわかってない馬鹿だからこそ苦労してんだよなぁ……。

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